NO131-NO140

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NO.131 分析教室5回 続HPLCカラムの再生方法


「もったいない」や「資源節約」がこの国でよく言われている割に、実験室では使える物が簡単に捨てられています。相変わらずこの国では、知識に基づく科学的方法でなく「塵も積もれば山」程度の感覚の精神主義で資源節約を進めています。自治体によって、ゴミの分別回収は様々で、厳しい所はめちゃめちゃ細かな分別です。町内会の役員や公務員が見張っていて、幼稚園でまでこれはプラスチックだから資源と教育されているから、きっとしっかりリサイクルされるかと思っていると、回収先では公務員が「サーマルリサイクル」と言って「燃やして熱としてリサイクルしてます。」と、だまされた感じがします。相変わらずこの国では公務員は物より精神が大事と考えている様です。

昔まだテレビが高かった頃、親戚の中には、壊れるからと、子供にチャンネルを触れせないおじさんが居ました。カラーテレビの登場初期はチャンネルはリモコンどころか回転接点式だったので、接触が悪く成ると選局でノイズが出ます。その前に樹脂製のつまみがガタついてきます。まして子どもが画像調整を触ったら怒鳴られます。きっとそのおじさんは自分で画像調整スイッチを触って調整が出来ず電気店を呼んだトラウマがあるのでしょう。今でも実験室で「壊すな」と言うおじさんがいます。昔は、壊すと分解は同じ意味でした。とりあえず機械は分解してみて理解したものです。

HPLCのカラムが劣化すると検出器から出る成分ピークがつぶれたり、二つに分かれたりします。劣化した事はこの様にモニター画面から分かりますが、劣化の程度によって、洗浄で回復するか、カラムの交換が必要かに差があります。色々洗浄を試みて回復すれば良いのですが、ダメなら買い替えです。ベテランが使っていたら、使用時間や使っている移動相や測定したサンプルや、流速や圧力でそろそろ寿命かなと分かりますが、初心者が下手な使い方をすると数時間でカラムが詰まることもあります。

この時、簡単にカラムの劣化を見る方法は、カラムのナットを外して中の充填剤を直接見ることですが、私の経験では最近は「壊すな」の影響で若い子は分解しません。建て前では省資源ですが、上司も「さっさと買い替えろ」です。HPLCカラムの洗浄方法や、上手な使い方はメーカーのHPにたくさん書かれていますし、読まれています。しかしそれらは通常の使用方法の範囲です。今の世の中はさらに省資源の筈です。再生可能なカラムを捨てたくありません。資生堂(化粧品メーカーですがHPLCカラムでも有名)は使用済みカラムの金属ケースの再使用を始めました。まだ再生でなくリユースです。 一度だけこんなHPを見たことがあります。 「使えなくなったHPLCカラムを送ってください。使用済みカラム3本を再生品2本と手数料とに交換します。」 これは130回の再生方法と同じ筈です。ぜひ、実験に携わる方にやってもらいたいのでHPLCカラムの再生方法をもう少し説明を続けます。

今のこの国では、みんながやることが正しく、マイナーなことは正しくないと言う風潮です。このままでは若い子が分析機器の調子が悪いので分解したりすると周りから「壊すなよ」と言われる世の中に成ってしまいます。

HPLCカラムの劣化は、ピークの波型が悪くなる、リテンションタイムがずれる、カラム圧が上がる等です。

【1】 ピーク波型がシャープで無くなるのは充填剤の劣化ですが、ピーク先端が二つに分かれる等は、カラム入口に隙間ができたからです。

【2】 移動相などの条件が変わらないのにリテンションタイムがずれるのは、水100%使用禁止の条件を守らなかったから充填剤の表面に空気が貯まった訳ですから、有機相を混ぜた移動相で洗浄すれば回復します。

【3】 カラム圧の上昇は充填剤の劣化です。徐々に圧が上がり、使用可能圧を超えれば寿命です。ただし急激な上昇は入口のフィルタの詰まりですから洗浄か交換で回復します。

HPLCを使っていて、夜間運転などで移動相が空に成り、次の日青ざめている初心者がいますが、カラムは以外と丈夫で、しばらく移動相を流せば回復します。デガッサーで脱気していてもODSの担体表面は空気が残っています。脱気はカラムではなくポンプのチエックバルブに気泡が貯まり、流量が不安定に成らない為です。なお、空運転防止は流量のMINを0ゼロ)以外にして置けば良い事に気付かない初心者がよく居ます。

実は 【2】は使い方が下手、【1】と【3】はガードカラムを付ければ解決です。それでもガードカラムは寿命の割に高価です。そんな方にはガードカラムを自分で再充填する方法をお勧めします。長いカラムの充填剤の詰め替えに比べ、ガードカラムは短いので、古くなったカラムの出口側の充填剤を、劣化したガードカラムに詰めれば1本の劣化カラムからガードカラムを4〜5本再生できます。

HPLCカラムが劣化した時、経験的にカラムを逆につなぐと、ある程度回復します。その時注意する事があります。カラムが詰まった場合、カラム入口のフィルターの目詰まりがあります。これは逆につないで移動相を流せば、逆洗で洗い出せます。この時洗浄された汚れが検出器を汚さない様に、逆洗中は検出器を流路から外して下さい。 検出器は背圧と言って検出器を出た移動相をまだ配管を通して、すぐに圧力が下がらない様にしてあります。 河川の河口に砂が貯まる理屈で、流路の終わりに在る検出器には細かな粒子などの汚れが貯まり易いのです。イオンクロマトの場合はサプレッサーも外して下さい。特に島津のサプレッサーは中にイオン交換樹脂が入っているので詰まり易いから注意です。 しばらく逆につないで移動相を流したカラムを、元の方向に繋ぎ換え圧力が下がっていればフィルタの汚れは取れた筈です。逆につないだままでも使用は出来ます。但しカラムの特性が変わりますから戻した方が良いです。両方向に使っていると、入口も出口も汚れて来ます。

カラムの充填剤は使っていると徐々に汚れが付いて、最初白かった充填剤が黄色く成って来ます。こうなるとピークの分離が悪く成ります。前回はこうした劣化した充填剤を取り除いて、使用済みカラムの出口側のまだ劣化していない充填剤を詰め直そうと言うものでした。実は劣化したカラムを逆につなぎ換えただけで、入口側の充填剤が汚れていないものに変わり、分離性能が良くなります。但し、この方法は注意しないと、逆につないで使っていると突然カラムがクラッシュします。

フィルターや充填剤の汚染では、ピークの形状はブロードに成り、分離が悪く成ります。ところがカラムは使っていると圧力が次第に高く成り、耐圧限度近くで長く使っていると、充填剤が壊れてきて、入口側に1mm程度の空間が出来てきます。こうした隙間ができるとピークは先端が割れてきます。こうした充填剤の劣化はカラムの入口側のナットを開けば確認できます。ナットを一度開けると、元に戻す時どうしてもわずかに入り口の充填剤に隙間が出来てしまうので、メーカーはユーザーがやらないように取り説で書いています。

こうして入口に隙間が出来たカラムを逆につなぐと、隙間が出口側に移り、分離やピーク形状はいったん解消します。ところが出口側に空間が出来てしまうので、移動相を流し充填剤に圧力をかけていると、この空間が上流からの圧で突然つぶれ、それまで密に詰まっていた充填剤に隙間ができるので注意してください。

こんな時は、古くなったカラムの出口側の充填剤をほんの少し隙間に詰めれば解決です。1本の使えなくなったカラムから数十回は再生できます。ガードカラムを使っている時は、ガードカラムの入口側の充填剤に隙間ができ、ピーク先端が割れる原因になります。この時もガードカラムを交換しなくても、隙間に充填剤を詰めれば解消します。【分類:化学】

[ 2016/06/28 ] 『黒姫高原理科教室』NO.131 分析教室5回 続HPLCカラムの再生方法

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NO.132.氷 室の日


もうすぐ7月1日です。金沢ではこの日を氷室の日といって、饅頭を食べる習慣です。氷室とは冬に積もった雪を夏まで貯蓄する為に、地面に穴を掘って屋根で囲って作った室(むろ)です。氷室小屋では、大量の雪を、おがくずで断熱しておくと徐々に雪が溶け、その時の融解熱で残った雪を冷やしながら減っていきます。江戸時代、この氷室で徐々に溶けて、小さな氷に成ったのを江戸に献上していました。庶民は雪の代わりに氷室饅頭で暑気払いです。職場では上司が買って来て、これから暑く成るが氷室饅頭を食べて頑張れと言う公務員に続く習慣です。この教室でも雪の話をします。

冬の教室でも、黒姫高原の森の木の根元にできる根開きについて取り上げ、雪の溶け方を考えました。結論として、積雪は温かい地面と、冷えた空気の境目にある断熱材でした。積雪は断熱材として、とても優れた性質と構造です。比熱の大きな水と空の混ざった断熱性に優れたうえ、ザラメ雪の構造は溶けた液体の水が隙間を伝って地面に落ち、積雪が溶けない構造を保つ断熱材です。又、水に食塩などを混ぜると、氷に成る温度(凝固点が下がる性質)があるのですが、この凝固点降下の性質が、融雪剤として働いたり、寒剤として働く一見不思議な挙動でした。

今年の冬は、春が早く来たので、スキー場は早くから閉鎖でした。年明けのスキー場では積雪が数センチで地面が出かかっていました。こんな時は気温が低くても対策は無く、閉鎖です。数年前の暖冬では、ゲレンデの雪がシャーベット状に成り、軟雪で滑れません。こんな時は、スキー場ではスノーセメントと言う物を撒く様です。スキー場によっては、「本日は軟雪でスノーセメント使用の為、追加料金です。」と、リフト乗り場で徴収する様です。またエッジの切れを良くする為に撒くこともある様です。成分は肥料に使う硫安、硫酸アンモニウムです。食塩や塩化カルシウムなどの融雪剤を撒いても効果はある筈ですが、植物への害を考え高価な硫安です。スノーセメントが使えるのは、積雪量が十分あって、表面がシャーベット状に成った時に積雪の表面を固めるので、積雪が無く成った時は使えません。ただしスノーガンの人工降雪との組み合わせはある様です。

水の入った容器と、砂糖水の入った容器を同じ様に冷やすと、砂糖の入った方は0℃では凍りません。この時溶けている濃度が高い方が凍る温度は下がりますが、同じ重さでも、溶かす化合物によって変わります。砂糖は溶けても砂糖の分子のままですが、食塩ならナトリウムと塩化物イオンに分かれ、2倍の濃度です。融雪剤に安い食塩でなく塩化カルシウムを使うのは、塩化カルシウムが2個の塩化物イオンと1個のカルシウムイオンから出来ているからです。ビーカーの中身を冷やして凍る温度を測る実験では、水に溶かした成分の濃度で凝固点が変わるというデータだけですが、現場では雪を溶かす融雪剤に成ったり、氷を更に冷やす寒剤に成ったりします。一見正反対ですが、よく観察すれば理解出来ます。

液体の水や溶けた雪で濡れた道路に塩化カルシウムを撒くと、夜間の凍結が防げます。塩化カルシウムはすぐに道路の表面の水に溶けます。夜間大気が冷え気温が0℃以下になっても道路の表面の塩化カルシウムが溶けた液体の水は凍りません。ただしビーカーの実験で凍った温度以下に気温が下がれば凍ります。この温度は食塩より塩化カルシウムの方が低いので、あまり気温の下がらない地域では安い食塩を使います。

一方、砕いた氷と食塩を混ぜると、0℃だった氷の温度が下がり、アイスクリームの凍る温度までに成ります。氷が溶ける時、溶解熱といって周りから熱を吸収します。溶けた水は大量に混ぜた食塩を溶かし、凝固点降下ですぐには凍りません。凍るとせっかく冷やした熱を逆に放出してしまいます。食塩が溶ける時にも溶解熱として温度が下がりますが、氷の溶ける時の吸熱ほどではありません。こうして寒剤を砕いた氷又は雪に加えると氷が十分あり、水分で寒剤が薄まるまでは冷えています。

塩化カルシウムを液体の水に撒いて、凍らない様にする凍結防止剤も、凍った雪面に撒いて雪を溶かす融雪剤も、熱源は大気です。塩化カルシウムは凍る温度を下げているだけです。一方、寒剤の場合は熱源は氷です。道路では冷気や暖気は風によって次から次へと供給されます。寒剤の場合はバケツやタッパー等の閉鎖された中での挙動で、熱のやり取りは氷の溶けるまでの短い時間では周りの空間ではありません。温度を下げる為の熱源は氷しかありません。

さて、スノーセメントはどちらでしょう。融雪剤を雪面に撒くと溶け、スノーセメントでは氷が固まるのを逆に感じる方もいると思います。でも同じなのです。寒剤と同じ理屈です。硫安を撒いたザラメ雪は、食塩を砕いた氷に混ぜたのと同じ状態です。溶けかかっているのは氷の表面で、まだ氷は十分残っています。この表面の液体の水に硫安が溶け、寒剤として働きます。硫安が溶けた水分はザラメ雪の隙間を伝って地面に落ちます。残った雪は水分が抜け締まります。スノーセメントは決して溶けかかった氷を凍らせる訳ではありません。逆に氷がたくさんある時、一部を早く溶かしてその融解熱で残った氷を冷やすのです。ですからスノーセメントはザラメ雪の積雪量がある程度ある時しか使えません。

硫酸アンモニウムの結晶は水に溶ける時吸熱するので、溶けた溶液は冷たく成ります。これを利用した保冷剤もあります。試薬によっては水に溶ける時、硫酸や水酸化ナトリウムの様に発熱する物と、吸熱する物があります。硫安は吸熱量が多いのですが、凝固点降下も同時に起きるので、硫安を水に大量に溶かしても溶液が冷えて凍ることは通常起きません。又、結晶によって温度により溶ける量、溶解度が異なります。食塩は温度によって溶ける量があまり変わりませんが、冷水では溶け難い塩類もあります。

 以前の雪の溶け方でも、ブログによっては様々な説が書かれていましたが、多くが現場の観察無しでの想像で、おかしなものも多かった様です。融雪剤と寒剤についても、色々な説が登場しています。スノーセメントについても溶解熱、凝固点降下とか学校で習った知識で色々推測されていますが、現場の観察が抜けています。現場をよく観察していたら、春に成って道路わきに残った雪の山の地面に接した部分から、溶けた水が流れているのを見たり、雪に埋まった植物は元気で、植木鉢に植え外気に当たった植物は根が凍って枯れたとか、そんな経験から積雪は断熱材、地面は大気より暖かいと分かります。

化学実験では、凝固点降下の実験は、ビーカーに入れた液を冷凍庫に入れ、途中の観察はせず、次の日に凍ったか否かを見てもデータは出ます。化学反応が進むには一定時間がかかります。AとBを混ぜて反応させると、一定時間後にはすべてCに変わっています。これを平衡に達すると言いますが、この時途中経過を観察していないと、もしかして途中でいったんDと言う中間体が出来ていたかもしれません。昔ファーブルが地面に腹ばいに成って昆虫を眺めていたように、実験をジーっと観察している若い子に、「ぼけーっと突っ立って暇か?」と上司は言ってはいけません。【分類:雪】

[ 2016/06/28 ] 『黒姫高原理科教室』 NO.132  氷室の日

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NO.133 分析教室6回 中和滴定と自動滴定


最近あまり流行らない実験に、滴定があります。中和滴定は基礎化学で酸と塩基の反応で必ずやります。しかし、以前は水道水の硬度を測るのにキレート滴定でEDTA溶液を使って水道水を滴定して求めましたが、20年ほど前からは水道の水質基準でも硬度は機器分析でカルシウムとマグネシウムの濃度を測り足し算します。

今でも、実験室ではビュレットを使った滴定は水道法やJISの工場排水試験方法から主たる方法では無く成りましたが、残ってはいます。又、自動滴定装置もあります。この自動滴定装置の正しい使い方が解っていなかったり、こぼれた液が塩を吹いていて、どう見ても使い方が下手な実験室が多い様です。

理科系の場合、滴定の実験は高校化学でまず中和滴定を初めてやると思います。ご存じない方の為に、滴定とは溶液中の成分の濃度を測る方法です。中和滴定では、酸の濃度を測ります。道具としてはビュレットという物を使います。目盛の付いたガラスの筒で、先端は1滴づつ中の溶液を落とせるコックに成っています。フラスコに濃度を測りたい塩酸を容積を測って入れておきます。ビュレットの筒の中には濃度の解っている水酸化ナトリウムの溶液を入れます。フラスコにはアルカリ性に成ると赤く成るフェノールフタレインの試薬を1滴予め入れて置きます。今は酸性なので無色です。ビュレットをスタンドで固定し、フラスコに1滴づつ、コックを開いて水酸化ナトリウムの溶液を滴下します。この時コック操作と反対の手でフラスコを振り混ぜています。フェノールフタレインの赤い色が消えずに残る様に成ったら、ちょうど中和したので、その時までに加えたビュレットの目盛から中和に必要な水酸化ナトリウムの体積を読み取ります。中和点では酸とアルカリの溶液の容積と濃度をかけた積は同じなので、計算で塩酸の濃度が出ます。

ベテランの高校の理科教師はこの時、両手を使って一方でビュレットのコックを回し、もう一方でフラスコを回し続け自慢するはずです。また、ビュレットの先端から1滴づつ落とす水滴が結構大きいので、1滴の雫になってビュレットの先端から落ちる前の時に、まだ大きく成らず落ちない雫を直接ビーカーに触れさせ、「こうやって1滴の半分を落とせば細かな数字が出る」と言います。ビュレットに似た道具にピペットがあります。やはりガラスの筒で、一定の体積の溶液を試薬ビンから移す道具です。ピペットは試薬ビンの中身を汚染しない様に、取り出した後、移す先のビーカー等の液には触れてはいけません。ビュレットでは、滴定と言う名前の様に、液を滴状に落下させます。しかし半滴を落とす為、ビュレットの先端を滴定する相手の液につけてもかまいません。たまにピペット操作と勘違いして先端を液につけると怒る教師がいました。

職場では自動滴定装置を使います。若い子にこの装置を組み立てさせると、ビュレットのノズルの先端を滴定する液につけないように離して固定することをよく見かけます。高校の実験では試薬が水滴に成って確実に落下しているのを確認させる為、わざわざ滴下しますが、落下中に水滴の表面から蒸発もするので、ビュレットの先端は空中ではなく滴定する液につけるべきです。せっかく1滴の半分を測る方法まで教えているのに、ピペットの先端を液につけると怒られると言う印象が勝っている様です。これは自動滴定でなく、手分析と言って、手でコックを操作するビュレットでも同じです。若い子に高校の化学で教わった方法は実用の精度では使えません、ビュレットの先端は液につけて、コックを片手で操作は無理、フラスコはマグネチックスターラーで回して、両手でコックを操作して回せば、半滴どころか1/10滴でもできます。ベテラン高校教師には悪いが、若い子には目から鱗です。この方法で行う滴定は、自動滴定と同じやり方なので精度も同じです。現場の自動滴定の装置は、実はメンテナンスが重要で、多くの場合本来の機器の精度が出せていません。余所の実験室を見せてもらった時は、自動滴定の装置があれば、ビュレットの中に気泡が無いかをチエックします。あれば、この気泡に気が付いてた?どうやって取り除く?の質問です。

水道水質基準と検査方法の改正で硬度の測定方法がキレート滴定から原子吸光光度法にずいぶん前に変わりました。これを手分析から機器分析に変わって精度が良く成ったと思っている検査員が以外と多いのです。でも滴定はたいへん精度の高い測定方法で、今でも試薬の元になる標準液の標定は滴定しかありません。原子吸光光度法やICP発光は感度は高いのですが、標準液の濃度を4桁求めることは不可能です。

最初に中和滴定での中和点はフエノールフタレインが赤く成るところと言いました。実際に滴定の実験をやった方は解るでしょうが、ちょうど中和点で滴下する液を止めるのは慣れないと難しく、つい多めに入れてしまいます。慣れれば実に簡単で、中和点に近づくと気配がしますが、初心者にはどれだけ加えたら良いか、1mlか、10mlくらいか未知試料なので解らず不安です。硬度の測定でも同じです。硬度と言ったら昔からEDTAを使ったキレート滴定でした。EDTAという試薬はpHを調整して、妨害成分をマスキング剤を加えておけば、カルシウムとマグネシウムとだけ結合します。カルシウムとマグネシウムとちょうど結合し終わって余ったEDTAと反応して色が変わる指示薬を入れておけば中和滴定同様にビュレットさえあればマグネシウムとカルシウムの濃度の和である硬度は簡単に測れます。水道の軟水、硬水を示す硬度とはこうした定義でした。ところが実験と言ったらパソコンで機器を操作することしかできない不器用ばかりに成って、水道法はついに歴史ある滴定を廃止です。それを安いビュレットから高価な機器分析に変わって精度が上がったと思っている初心者が多いのです。精度には感度と有効桁数があります。ダイオキシンなどの微量成分は感度が高いことが必要です。水中の発がん性物質の測定ではたいへん薄い濃度まで感度があることが必要なので高価な測定機器が要ります。水中の重金属の検査も、水道水質基準の改正のたび、感度が要求され滴定からフレーム原子吸光、フレームレス、ICP発光、ICP-MSと機器の価格も上がってきました。しかし機器分析の有効数字は2桁程度です。水道水中の重金属濃度は0.001mg/lとかで表わされ、0.00123mg/lなんて記載はあり得ません。一方、水道水の硬度は10から100程度の範囲で、カルシウムの濃度では例えば12.3mg/lという値です。硬度の元になるカルシウムは水中に大量に含まれ、これを測るのには感度はそれほど必要ではありません。機器分析で硬度を測定するには逆に水道水を1/100倍とかに希釈しないと測定可能な濃度に成りません。そして機器分析で測ると12mg/lとしか結果を表わせませんが、キレート滴定ではビュレットの目盛の読みが12.3mlなら12.3mg/lと正確に求められます。ビュレットの目盛は物差しの目盛りと同じですから、0.1まで読むのは簡単です

この為、標準試薬の濃度などは滴定を使って今でも値を決めています。ビュレットを使うのは同じですが、重量ビュレットというものを使うことがあります。通常のビュレットでは、手分析でも、自動ビュレットでもどれだけ液を加えたかは容積で測ります。容積の目盛は結局長さの単位と同じです。物差しの精度です。ビュレットの目盛を読む代わりに減った液の量をビュレットごと天秤で重さを測り、減った重さで求める方法があります。天秤で中に入った試薬ごと重さを測れる様な構造のものが重量ビュレットです。天秤の場合、物差しでは4桁までが限度でしたが、もうひと桁下まで測れます。しかしビュレットの先端には蒸発防止のキャップが付いていますが、水分の蒸発の誤差が結構あって、測っている最中に天秤の値が減っていくのが分かる程です。重量ビュレットの精度は上手にメンテナンスした自動ビュレットにかないません。ビュレットの中に気泡があるなど問題外ですが、室温の変化で気泡は発生します。またプランジャーに傷があると、そこから空気が漏れ気泡に成ります。出来た気泡は注射器で吸い込んで除きます。HPLCのオートサンプラー同様にプランジャーを上下するアクチューターのグリスが減っていると遊びが出来て容積に誤差が出ます。真剣に自動ビュレットで測れば有効数字4桁も可能ですが、F1レース前のメカニック並みに測定前に1時間はメンテが毎回必要です。

自動ビュレットのメンテナンスは結構時間がかかるので、標準試薬の標定では別の滴定方法を使います。電量滴定です。カールフィッシャーでは通常行われている方法で、濃度のあらかじめ分かっている試薬をビュレットに入れる代わりに、電気分解でその場で滴定セルの中で試薬を作ります。滴定に使った試薬の量は電気分解なので、電力で表わせます。電力W(ワット)は6桁以上の精度で測れます。【分類:化学】

[ 2016/07/07 ] 『黒姫高原理科教室』 NO.133 分析教室6回 中和滴定と自動滴定

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NO.134 分析教室7回 ICP発光分析 高周波って何


最近 エネルギーの節約とかで、パソコンの画面の明るさを落としたり、スマホの設定を変えるなどで、私はこんなに省エネしてますと聞くことがありますが、これってただバッテリの充電期間を延ばすのが目的?携帯電話の電波の出力は0.1W程度、さらに受信環境に合わせ、たいへん細かく出力の調整をしている筈。一方私のやっているアマチュア無線は2メータなら50W。すごい電力を使っている様に節電名人からは思われるでしょう。でも50W使うのは送信の時だけ、受信の時はFMラジオと同じ消費電力。アマチュア無線は電話と違って、送信と受信は同時に出来ませんから。それにアマチュア無線なら送信機の電力だけで電波を飛ばし、アンテナ次第で日本中と交信出来ます。発動発電機があれば世界中でたった2人になっても交信できます。一方スマホの電波はせいぜい近くの中継器まで。ひと組の通話が成立する為に、その間にプロバイダーやサーバーにどれほど電力が要るでしょう。50Wだけで誰にも頼らず交信できるのは凄いです。

アンテナと言う言葉が出ましたが、もともとアンテナとは昆虫の触角の意味です。だから電波のアンテナに使われても、アンテナショップとか、受信のイメージが大きいです。ところでアンテナを触ると感電しますと言うと驚きませんか。普段見かけるアンテナは受信専用なので電流は微弱です。感電しません。でも放送局のアンテナと言ったらどうですか。僕の車のルーフにもアマチュア無線のアンテナが付いています。これは気をつけないと送信時に感電します。アンテナとは、電波を高周波電流に変えたり、逆に高周波電流を空中に電波として出す器具と言う定義です。送信時にはアンテナの金属の両端にはかなりの電圧がかかっています。

話しは変わりますが、化学で炎色反応を習います。ガスバーナーの炎の中に、たとえば食塩水を吹き込むと炎が黄色くなります。これは食塩水中のナトリウムが黄色く光ったのです。金属は高温にすると元素固有の色(波長)で光ります。ガスコンロに味噌汁が吹きこぼれた時も、塩分のナトリウムの為に炎が黄色く光ります。銅イオンでは青緑です。電気のコンセントがスパークした時の青い色は銅の発光です。カリウムの炎色反応は紫です。木の葉を燃やした焚火は、植物はカリウムを含むので炎が紫になります。花火に色が付くのは、いろいろな金属の化合物を火薬で高温にして発光させているからです。受験化学ではストロンチウムが赤、バリウムが緑とか暗記したかもしれません。水に溶けている金属イオンもこの原理で測定できます。どんな金属が溶けているか知りたい排水などの水溶液をスプレーで高温の色の無い炎に入れ観察すれば、発光した光の色(波長)と強さから金属の種類と濃度が分かります。こうした分析方法を発光分析と呼んでいます。

サンプルを霧状にして高温の炎に入れ発光させる方法では、まだ温度が低く、炎色反応の実検でガスバーナー程度の性能で測定できる対象が限られています。ICP発光分光分析(略してICP発光)装置では炎ではなく、電気的にプラズマという6000℃以上の高温のガスを発生させてそこにサンプルを入れて測りたい元素を発光させるので、たいへん感度が高くなっています。この装置も、今では機械さえ購入すれば後はパソコン画面で、実験の下手な検査員でも操作できる様に成りましたが、ICP発光の普及したてはプラズマの点火が大変でした。現在ICP発光の取り説、教科書ではプラズマについてはあまり触れず、発生させる電源部はブラックボックスで実験者は触れません。

オームの法則を学校で習います。電流 電圧 抵抗の関係です。回路に流れる電流は抵抗分の電圧、アイイコールアール分のイー I=E/R と言うやつです。暗記した方もいるでしょう。でもこの法則は、乾電池と豆電球では使えても、家庭に流れているラジオやテレビを流れる交流電流では通用しないことがあります。スピーカーやテレビのアンテナ線の規格で、インピーダンスという言葉を使っています。テレビのアンテナ線なら75Ωです。インピーダンスの単位は抵抗と同じでΩ(オーム)です。オームの法則は聞いたことがあっても、インピーダンスは学校で出てこなかったかもしれません。

ICP発光では、サンプルを加熱するため、アルゴンガス(ヘリウムと同じく、周期表の右端のゼロ族の不活性ガスです、ヘリウムは希少ですが、アルゴンは空気に窒素、酸素に次いで3番目に多く含まれています)を高周波電流で高温のプラズマにします。高周波を通す銅のコイルの中にアルゴンガスを流します。アルゴンガスは電気を流さないので、最初は高圧電流の放電を起こして電子をアルゴン分子に当てて電荷を持たせます。いったんアルゴンに電荷が生じたら、高周波コイルの周りに発生している磁界から、電磁誘導でガスの中に電流が流れます。この電流がジュール熱を発生してさらにアルゴンをイオン化してさらに電流が流れます。こうしてアルゴンガスが高周波電流からエネルギーをもらって高温のプラズマに成ります。

周波数の高い電流を高周波と呼んでいます。100Vの家庭用電源は周波数50または60Hzです。高周波と呼ばれるのはこの100000倍ほど高い周波数です。厳密に幾つ以上と決まってはいなくて、もっと低い周波数でも高周波と呼ばれています。高周波の分かりやすい定義は、放送局で出す電波の周波数です。放送局では、ラジオやテレビの音声や画像をこの高周波の波の上に載せて電波にします。この電波を送るための高周波電流を作ることを発信といい、ICPのプラズマも発信回路で作ります。高周波の回路では、オームの法則が成り立たないので、抵抗の代わりにインピーダンスを使って計算します。発信回路では電圧、電流、インピーダンスを一定に保ちます。

アルゴンガスは電気を流さないので、点火前のインピーダンスは数100以上です。いったんプラズマが点火するとインピーダンスは一気に下がります。アマチュア無線では高周波回路のインピーダンスは50Ωになっています。ICP発光の高周波回路も同じだと思います。回路全体のインピーダンスが50Ωになるよう、プラズマのインピーダンスの極端な変化を可変コンデンサーを調整して安定させます。可変コンデンサーは、ラジオのチューニングでも使っています。2組の金属板を回転させ、重なった部分の面積を変えて、インピーダンスを調整します。ICP発光では原理は同じですが、真空バリコンという機器を使っています。ラジオのチューニングを指で回す代わりに、真空バリコンの軸をモーターで回し、チューニングします。最近のICP発光はこのチューニング回路が完全自動化でイグニッションスイッチさえ入れれば、後は何も操作しなくてよいどころか、プラズマの電源部分はブラックボックスで触れなくなっています。

当時使っていた島津ICPS-7000という装置では、このチューニングがなかなか自動では安定せず、手動で調整していました。ICPS-7000の自家製取り説と言うものをHPで見かけたことがあり、似たような操作をやっているので、みなさん苦労していたようです。

電波と同じように、交流電流も波長と周波数の関係があります。アマチュア無線でよく使う144MHzのバンドは波長が約2メートルなので、よく2(ツー)メータと呼んでいます。ラジオではFMの電波に相当します。BSなどのテレビの波長はもっと短く数センチです。一方60Hzの交流電源の波長はとんでもなく長いです。高周波を回路の電源基板に流すと、電流の波長の長さが、プリント基板のサイズ程度に成ってきます。プリント基板の銅線の中を流れる電流が、波としての性質が現れてきます。60Hzの交流では波長は数キロメーターの長さで数センチ単位の電気回路には無視できますが、高周波では波長が基板サイズに成ってきます。電線の中を電流が波として伝わるので、電線の端っこでは波が跳ね返ってきたりします。電線が急に曲がっていると曲がれないことも。インピーダンスが合わない回路でも、電流の波が反射して戻ってきたりします。テレビのアンテナの同軸ケーブルでは75Ωとか書いてあるのはインピーダンスを同じにするためです。アマチュア無線のアンテナは50ΩですからBSには使えません。島津ICPS-7000では、プラズマ点灯時にプラズマのインピーダンスの変化を、真空バリコンをモーターで回して一定になるよう調整していますが、なかなか安定しません。最初アルゴンガスは電気を流さないのでインピーダンスは最大です。プラズマが点火するとインピーダンスは一気に下がります。それを真空バリコンを回してインピーダンスを一定にするのですが、サーボモーターが回る音がしますが安定せずプラズマが消えます。そこで装置の右側の電源部のパネルを開け、2個ある電力メータをみながら、反射波が無くなるよう真空バリコンを手動で回します。

当時、島津のサービスマンの方も、ICP発光だけは他の分析機器とは別のチームが当たっていました。高周波電流に詳しい、ラジオ屋さんとか無線屋さんです。実はこうした高周波電流にめちゃめちゃ強い人たちがいます。アマチュア無線の先輩方です。アマチュア無線家には、会話好きで交信を楽しむタイプと、機械好きで自分で無線機を作って楽しむタイプがいるようですが、アンテナについてはみなさん詳しいです。無線機よりアンテナの性能で電波の飛びかたが違ってきます。実はそういう私も島津ICPS-7000に手こずった御蔭で、高周波が多少理解できて、アマチュア無線を始めました。当時のICPS-7000の取り説には高周波回路の説明が載っていました。最近のICP発光、ICP-MSにはありません。アマチュア無線も今では絶滅危惧種です。このままでは電波の周波数帯をスマホに取られてしまいます。スマホは通信でなく娯楽です。アマチュア無線はただの通信ではなく、無線通信実験です。

なおICPはICP発光もICP-MSも電波法の高周波使用機器ですから、他の検査機器と違って届け出やアースが必要です。プラズマの点火はパソコンの画面のタッチ1回になりましたがこの点は変わりません。高周波と言うと電波のことと錯覚している方がいますが、電波法にはちゃんと高周波電流と書いてあります。高周波電流を使う機器は電波を出すアンテナの役をするので、迷惑電波防止の義務があります。アース線も、家電製品のような細いものではなく、3mm近い太い電線です。【分類:化学】

[ 2016/07/07 ] 『黒姫高原理科教室』 NO.134 分析教室7回 ICP発光分析 高周波って何

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NO.135 分析教室8回 TOC計とNDIR


TOCとは、全有機炭素のことで、水中の有機物の総量です。従来のBOD,CODがビーカー等を使った実験だったのに対してTOCは最初からTOC計にサンプル水を入れるだけで自動で測ります。BOD,CODに変わって、水質汚染を測るのにTOCが使われる方向に進んでいます。BOD,CODは主に河川や湖沼、海水などの環境水質の測定に使われています。これに似たものに過マンガン酸カリ消費量という検査が水道水で使われていました。実はCODのJIS K0102での名称は「100℃における過マンガン酸カリウム消費量」で、水道の過マンガン酸カリウム消費量と似ています。水道の方は、CODの省略方法です。似た方法ですが、COD,BODは環境汚染を、汚染物が水中の酸素を消費してしまい生物が住めない環境に成ることの指標となるのに対して、水道の過マンガン酸カリ消費量は水中の有機物の量の指標として使っています。水道の敵は細菌汚染でしたから、細菌検査の代わりに有機物の量で調べたのでした。

水道の水質基準の見直しで、この過マンガン酸カリ消費量もTOCに変わりました。厚生労働省の報告では、細菌汚染ではなく水中の有機物の汚染の指標としてはTOCの方が良いからと言う理由で、検査を手分析から自動化するのが目的では無いと成っています。

と言うことで、検査室には排水用、水道水用、厚生労働省は水道水の検査に使う機器を排水の検査と共用しないよう指示していますので、さらに超純水の水質モニター用も在り、いつの間にかTOC計の数が増えました。TOC計には湿式法と燃焼法があり、私が使ったのは燃焼法です。燃焼法では水中の有機物を燃やして二酸化炭素に変えその濃度を測ります。

地球の大気中の二酸化炭素濃度が徐々に増えていると言います。世界各地で、例えばハワイの島の山頂とか、太平洋の観測船の上で何十年とデータを取っていると、二酸化炭素濃度が上がっているのが分かる様です。こんな時、二酸化炭素の測定方法には、当然無人の観測所も在り、機器による自動測定ですが、メンテナンスの要らない丈夫な装置で、しかも何十年と同じ装置で観測を続けないと、測定方法が変わる事による誤差が出ます。ここで使われているのが、非分散赤外二酸化炭素濃度計(NDIR)です。大変うまい原理の機械です。二酸化炭素ガスは温室効果ガスと言って、太陽光線の中の赤外線を吸収して温度が上がる性質があり、そこが問題と成っています。地球温暖化の原因ガスです。そのため二酸化炭素の発生を制御するためにも大気中の二酸化炭素の濃度を正確に測る必要があります。二酸化炭素の濃度が高く成ると、そこを通過する赤外線が余計に吸収されるので、通過した赤外線の量の減り具合を測れば、通過した空気中の二酸化炭素濃度が分かるはずです。ところが温室効果ガスは二酸化炭素だけではありません。化学で赤外吸収を学んだ方は分かるでしょうが、酸素や窒素などの1元素から出来た気体は赤外線を吸収しませんが、アンモニアや二酸化窒素など二酸化炭素以外の2元素から出来た気体も赤外線を吸収します。そのため、二酸化炭素だけの濃度を測る装置は、二酸化炭素だけに働く検出器が必要で、赤外線をプリズムを使って分散させる大がかりな装置になります。

NDIRは非分散と名の付くようにプリズムを使わないで簡単にこれを解決した装置です。二酸化炭素だけを選択するためには、検出器に何と二酸化炭素を使ったのです。検出器として密閉容器に二酸化炭素を詰めておくと、赤外線が当たると熱を吸収して膨張、圧力が上がります。もしこの時検出器に当たる赤外線が、先に二酸化炭素の含まれた空気を通過してくると、一部の赤外線が吸収され弱くなっているので、検出器の圧力上昇は弱くなります。この検出器の圧力を測れば、その差で通過してきた空気中の二酸化炭素濃度が測れるのです。二酸化炭素の吸収する赤外線の波長は決まっているので、途中の空気に二酸化炭素以外の温室効果ガスが含まれていても、吸収波長が違うので、検出器内の二酸化炭素には影響しません。二酸化炭素による赤外線の吸収量を、二酸化炭素自身で測ることで装置が簡単な構造に成りました。このNDIR測定器を使って、地球規模で何十年と測った結果、二酸化炭素濃度が確実に上がって来ていると成ったのです。NDIR測定器は30センチ程のセルと言う測定する空気を流す筒の両端に、赤外線を出す電熱線と、二酸化炭素を詰めた検出器からできています。

燃焼法式のTOC計は、事務机に置けるほどの大きさで、中に試料を燃やす電気炉と、出来た二酸化炭素を測る検出器が入っています。この検出器がNDIRをそのまま使っています。最初に使ったのは、島津TOC-5000でした。その後マイナーチエンジでTOC-5000Aに変わりました。その後TOC-V さらにTOC-Lと使うことに成りました。さらに余所の検査機関が買い換えた機器もパーツ取り用にもらい受け、御蔭で島津のTOC計には詳しく成りました。

TOC計を長く使っていると、検出器が汚れてきます。すると検出器のゼロ合わせがきかなく成って来ます。TOC-5000ではNDIRはダブルセルです。二酸化炭素濃度を測りたい気体を流すセルが2本あります。長さ30センチ程度、内径2センチほどのステンレスの筒です。1本のほうに測りたい気体を流し、もう1本は綺麗な空気を密封してあります。この2本の赤外線の吸収の差を測り二酸化炭素の濃度を求めます。使っているとセル内部が汚れて来るのでゼロ点がずれてきます。そのため測定前に、片方のセルの端に在るスリットを動かし2本のセルから出る赤外線の量を調節して同じにします。セルをいっぱいに動かしてもゼロ合わせが出来なく成れば、セルが汚れてしまって赤外線が二酸化炭素が無くてもセルの内壁で吸収されもう使えません。

普通はここでメーカーに修理に出すか、セルの交換です。セルと言うのはステンレスの筒で、内面を金メッキして赤外線を吸収しない様にしてあります。汚れた気体を長く流していると、この金メッキの表面は汚れて来るので、分解して洗ってやれば回復するのです。当時のTOC-5000やTOC-5000Aはこの洗浄をやった御蔭で10年以上現役でした。綺麗に洗浄したセルの金メッキはピンク色をしています。

同じような事をやっているHPを見たことがあります。南極観測隊の隊員のHPです。南極でも大気中の二酸化炭素の測定は重要です。南極に向かう途中の船上で、荷物に海水がかかり、NDIRのセルが海水に浸かってしまったのです。こうした時、研究者は結構何でも自分でやれる方が多いようで、セルを洗浄して金メッキをきれいに戻したと言う記載がありました。

TOC-VになるとNDIRのセルは1本になり、スリットでのゼロ合わせは無くなりました。電気的なゼロ合わせがきかなく成ったら寿命です。

 頭の固い方は、TOC計はTOCしか測れないと思っている様ですが、もともと炭酸ガス濃度計なので、元の使い方だって出来ます。分析化学で、炭酸塩の濃度を測る方法は重量法など幾つかありますが、感度が悪いです。TOC計ではサンプルを電気炉で燃焼させて試料中の全炭素濃度を求め、別にサンプルにリン酸を加え炭酸塩を分解して無機炭素を求めます。この両方の値を引き算して有機炭素の量を出しています。この後半の流路だけを使えば炭酸塩の濃度を測る装置に成ります。少し装置を改造すれば、容易に炭酸塩検出器に出来るので、やっていました。これも後で炭酸塩の測定方法として特許に成っているのを見かけましたが、最初から装置に炭酸塩測定モードをつけておけば島津さんもよかったのに。

TOC計で忘れては成らないのがサービスマンのMさんです。メーカーの工場からたまに来る技術者の方には、触っただけで、振動や音で自分の作った測定器の調子が分かると言う職人が居て、日立や島津のそんな方に出会いましたが、サービスマンは測定装置がパソコン制御に成り、ソフトウエアに詳しい若い子に変わってきました。それが結構不器用。でもたまに職人さんが居ます。私が初めてガスクロマトを使ったのは20代の頃、金大の研究所です。その時修理に来たサービスマンは目の前で壊れたFID検出器を、ガスバーナーを貸してと言って目の前でロウ付けで修理しました。島津の代理店のTさんです。Tさんとは職場が変わっても退職まで仕事で付き合いです。初めてTOC計を買った時に据え付けに来たのは島津のサービスマンのMさんです。それから何十年、今の職場で買ったTOC-Lの据え付けに来たのもMさんでした。この間、若いサービスマンが何人か来ましたが、みんな不器用で彼らが帰った後で、自分で調整し直したりしました。Mさんと久しぶりに会って、Mさんはもともと工場で機械を作る方でしたがサービスマンに転身です、最近はまともにTOC計を修理できるのは3人しかいませんと言う。その中の一人はやはりTさんでした。もう一人僕を入れて4人にしてほしかったです。【分類:化学】

[ 2016/07/07 ] 『黒姫高原理科教室』 NO.135 分析教室8回 TOC計とNDIR

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NO.136 薪割り、薪の乾燥


このブログもNO.1を書いたのはちょうど1年前の7月でした。1年経った今の7月は国の選挙が終わりました。前の職場の在った金沢には、アカシアという町名があります。正確には金沢市に隣接する内灘町にあります。カタカナの植物名の町名は珍しいです。内灘町は内灘砂丘にできた住宅地で、防砂林としてニセアカシアが古くから植えられていました。ニセアカシアは繁殖力の強い植物で、ここ黒姫高原でも春になると各所で白い花を見かけます。明治に強い生命力を理由に防砂林、防風林として海外から持ち込まれたニセアカシアは今では強すぎる繁殖力で、有害外来植物のリストになっていて、内灘の砂丘でも今では新しい防砂林は黒松に変わりつつあります。しかし多くのニセアカシアの森は黒松ではなく宅地に変わっています。

今の憲法改悪の選挙後とよく似た時代、1960年に安保条約が自然延長された時、アカシアの雨の歌の合唱が多くの人に広がりました。当時の流行歌、アカシアの雨の歌のイメージが安保を通してしまった挫折感と共鳴したのです。この歌に出てくるアカシアの雨とは、春になると一斉に白い花を大量に咲かせる景色の事で、実際の雨ではなく、桜の様に雨で花弁を一斉に落とす景色とは違うと思います。内灘のアカシアの防砂林では今でも春に一斉に白い花が咲き、ミツバチがアカシア蜜をとりに来ます。

アカシアの雨の歌のイメージとは違い、本来のニセアカシアの生命力は強いのです。ニセアカシアの名前では都合が悪いので歌ではニセが消えています。ニセアカシアの仲間にはネムノキがあります。こちらも金沢から黒姫まで高速を走ると道路沿いにたくさん見かける今の時期濃いピンクの花を咲かせる木です。ネムノキを小さくしたのが同じ仲間のオジギソウです。本来のアカシアはミモザアカシアです。ミモザはパリの代名詞の春に黄色い花を咲かせる愛の象徴です。いずれもマメ科の植物で葉のサイズや花の色が違うだけで、よく似ています。

1960年にアカシアの雨の歌の合唱が日本で流行る数年前にもアカシアが時代に登場しました。1953年に朝鮮戦争が隣国で起きると、日本はその兵站基地になりました。砲弾の試し打ちをするためにいろいろの条件から内灘砂丘が選ばれました。内灘砂丘は金沢と日本海の間に海岸に沿ってあります。金沢市から海岸まで北鉄の線路が伸び、海水浴場にもなっています。日本海に沿った長い砂丘に沿って砲弾の試し打ちをするのです。敗戦から復興する時代に、朝鮮戦争特需で景気がよくなるのを喜ぶグループと、また戦争に巻き込まれたくはないと言う人たちに分かれました。東京などから金沢に反対運動に駆けつけました。砲弾の試射のなかで、ニセアカシアの森で反対運動が起きました。成田闘争とは違って、内灘では金沢の労働組合も反対運動をしました。当時はまだ社会党が強く、国会議員も戦争側と反対側に分かれ戦ったようです。

今でも砲弾の発射地点と着弾地点に観測用の厚いコンクリートの建物が、残っています。発射場所の建物は海水浴場の中にあり、若い人は何の廃墟か知りません。着弾地点の方は今では権現森の中に隠れています。小説にも登場し、歴史遺産です。内灘町は記念館を作り、こうした内灘闘争を風化させないようにしているようです。しかしニセアカシアの防砂林は宅地開発で減ってしまい、それでも洒落た町名に残っています。

最近、実験室の話しが続いたので、専門外の方には退屈でしょうから今回は黒姫高原での話題です。今年森林組合から買った3トンの楢の丸太がまだ割り終わっていませんのでしばらくは薪割りです。早く終えたいとか、無駄な力を使いたくない、炭酸ガス排出量なんて言っていたら、薪ストーブより灯油ストーブの方が安いです。でも薪を自分で割って、乾燥のために積んでおき、次の冬に燃やす、灰は土に戻す、そんな暮らしにあこがれていたから、薪割りは良い運動です。

丸太をチエーンソーで玉切りする行程、最初は、刃の幅が太く、おがくずが大量に出て、木材が無駄になると思いましたが、チエーンソー以外に個人で、丸太を切る効率的な方法は他にありません。おがくずも利用方法があります。チエーンソーも使っているうちに、刃の交換だけでなく、使うたびに刃先を研いだり、たまにはデプスを削ることが分かってきました。刃の切れ味が落ちると、ついつい力を入れて押しつけるようになりますが、触れただけで切れる最初の状態を保つには、しょっちゅうやすりで研ぐ必要があります。板のこの刃を目立てやすりで研ぐのと同じです。やすりの角度が悪いとかえって切れなくなります。

薪割りは、最近は電動や動力くさびを使うことが多いようです。近所から聞こえてくる薪割りの音が変わってきています。でも,うちは今だに斧です。狙いを定めて、一息に丸太の玉を半分に割るのが、山小屋暮らしの憧れでした。この頃は一気に二つに割ると、薪が横に飛んで行って、拾わねばならないので、数回斧を振り込んで裂け目を幾つか入れておき、最後の一撃で一度に6個の破片にする方が効率が良いと分かりました。今の山小屋を前の住人から引き継いだ時、古タイヤが転がっていたのは、薪割りで薪が飛ばないために、タイヤの輪の中で割ったのかもしれません。

割った薪は、軒先に積んで乾燥です。割りたては多少、雨がかかっても良いので、軒下で風に当てます。年を越した薪は雨の当たらないベランダの下に積みます。薪の乾燥方法はこうした方法、多少雨に当たってもシートはせず、風に当てた方が早いようです。ブログを見ると、薪の乾燥方法について書いたものがたくさんあります。みなさん、こうした方法、多少雨に当たっても風で乾かす、と言った木材の自然乾燥の方法と同じようです。木材の乾燥方法について、多くのブログでみなさん、薪には自由水と結合水があるという表現をしています。自由水はすぐ抜けるが、結合水は抜けにくく、時には木材を濡らした方が早く結合水が抜けると書いたものもあります。木材の乾燥について考えてみます。

薪ストーブに使う楢などの広葉樹は英語でハードウッドと言うように硬いです。玉切りした丸太の年輪を見て、中心から放射状に割れ目が入るように斧を当てるとパリンと割れます。チエーンソーで玉切りした丸太も放置しておくと、1週間ほどで細いヒビが1本入ってきます。これが入った丸太は一発で斧で割れます。この時丸太が湿っていた方が割れやすいような気もします。枝の付いていた跡が年輪で分かります。枝の年輪と幹の年輪がつながっていない物は、斧で割れますが、幹が二つに分かれた様に成った年輪がつながった部分があります。この部分は硬くて斧では割れません。こうした玉木は後回しです。後で再トライ、地面側になっていた面の年輪を読んで、うまく斧を当てると割れることがあります。それでも割れなければ、薪割り用の台にする。積み上げて乾かしていた薪が乾いたかは冬に燃やせば分かります。広葉樹はなかなか乾きません。今年割った薪は来年用、今年の冬は昨年割った薪を燃やします。玉切りの丸太を、年輪がきれいだから丸太の椅子に使おうと割らずに取っておくと、夏を超えると大きなひび割れができます。広葉樹は自然乾燥で収縮します。一方、針葉樹は乾燥が早いです。杉板などはホームセンターでは乾燥もせず湿ったまま売っています。それでも買って加工しているうちに乾燥します。針葉樹と広葉樹では乾燥速度に違いがあるようです。

前のブログで、針葉樹と広葉樹の幹の構造の違いを考えました。冬でも葉の落ちない針葉樹の幹は、仮導管という水を通す組織があり、上下だけでなく横方向にもつながった細かな管が幹全体にあり、水切れを起こさず、木の先端まで水を運びます。一方進化の進んだ広葉樹は太い導管が一本で根から葉までつながっていて針葉樹より大量の水を運び、よく茂った葉から蒸散します。この太い導管が水切れを起こすと、蒸散作用は止まってしまうので、冬には葉を落とし休眠します。また導管は幹の外側だけで、中心部は古い細胞組織の木材繊維だけで導管はありません。広葉樹の年輪は、外側にしか水を通す管がありませんが、針葉樹は年輪全体に管が通っています。

動物の細胞と植物の細胞の違いは、動物細胞では細胞の外側を細胞膜が覆っているのに対して、植物細胞では細胞膜の外側をさらに細胞壁が覆っていることです。動物細胞にも植物細胞にもある細胞膜は、細胞全体を覆った膜で、中の水分を閉じ込めているだけではなく、特定のイオンだけを通したりします。動物の細胞を蒸留水に漬けると、浸透圧の差で外側の水は細胞内の濃度を薄めようとどんどん細胞内に移動し、ついには細胞が膨らみパンクします。浸透圧ショックといって、この方法で動物細胞を実験で壊すことがあります。一方植物細胞は硬い細胞壁で膜の外を覆っているので丈夫です。細胞壁はセルロースでできた硬い殻です。木材の幹ではこの細胞壁が繊維組織を作っています。薪の乾燥についてのブログではよく広葉樹では自由水が抜けても、結合水がなかなか抜けないので乾燥に時間がかかると説明したものがあります。自由水とは導管や仮導管の中を移動する水と、結合水は細胞の成分になっている水分と考えた方が分かりやすいです。

針葉樹では、幹の根から樹冠までの、幹の中心部も外側も細かな仮導管が網のようにつながっていて、薪にカットした時、木部組織の水分はこの仮導管を通って蒸発します。このため針葉樹の杉やヒノキは乾燥しやすく、均一に水分が抜けるので狂いが生じにくいのです。一方広葉樹は、太い導管内の水はすぐに抜けます。ところが導管は幹の周りだけで、心材とよぶ中心に近い部分は導管がありません。そのため木材組織の中の水分はなかなか抜けないのです。また乾燥の早い部分と遅い部分の差があるので、乾燥途中で年輪と直角方向にヒビが入ったり反ります。そのため広葉樹のマキは雨ざらしにして風に当て、導管の中の水を抜かないほうが繊維組織の中の水分を蒸発させるのが早いと言うのです。極端な場合、水に漬けたままで乾燥させると言うのもあります。

名古屋に白鳥国際会議場という建物が名古屋港から少し離れた市内に有ります。私のブログでは名古屋は木曾の森林を管理する悪代官や、木曽川の水利権の持ち主です。この白鳥国際会議場の土地は元々水面でした。木曽川から、堀川と言う運河につながり、名古屋港の手前で広い白鳥貯木場になります。貯木場とは丸太を浮かべておく大きな池です。

昔は木曾の檜などの木材は筏を組んで木曽川で流して下流の名古屋まで運びました。筏が木曽川に沿って走る中央線の貨物列車の木材車に替わっても、下流では重い丸太は水に浮かべておいた方が移動に便利です。洋材も名古屋港で船から降ろされたあと海水に浮かべておいた方が取り扱いが楽です。水に浮かべておくのは、重い丸太の移動が浮力で重機が要らないだけでなく、急に乾燥してひび割れ防止もあります。伊勢湾台風と言う有名な台風が名古屋を襲った時、雨台風でしたので、氾濫した水が名古屋市内を覆いました。貯木場からも大量の丸太が市内に流出して被害が出ました。これを機会に、林業の衰退、木材は輸入が中心などの理由もあり、名古屋港に貯木場が作られ、白鳥貯木場はその後国際会議場になりました。

現在では東京の深川や名古屋港など貯木場は海水です。貯木場の目的は筏の時代から、重い丸太は水に浮かべたほうが軽いからです。さらに乾燥防止。ブログで海水に木材をつけると浸透圧で水分が抜け、乾燥が進むと書かれたものがありました。大根の塩漬けや、魚の干物は、植物や動物の細胞膜が塩分の濃い水に漬けると浸透圧で脱水される原理を利用しています。ところが樹木では、針葉樹も広葉樹も木材繊維は細胞膜のある生きた細胞ではなく、細胞壁の繊維組織だけが残ったものです。細胞壁は水の分子のサイズに比べた十分大きな繊維からできています。浸透圧の発生する膜は浸透膜と言ってセロファン等です。プラスチック膜は水を通さないし、紙や布などのセルロース膜は固形物をろ過するだけです。伊勢神宮では木曾の檜を水に漬けて乾燥させると言います。先人たちは木材の運搬、保存に水や海水を利用してきましたが、浮力や、塩分濃度での防腐作用、酸素を断って菌の繁殖を防ぐなどの理由で、ところがブログ時代になって、口ばっかの人たちが唯一知っている知識でこじつけ解釈をしているのを見かけます。

生のマキの乾燥方法に似たものに濡らした電話帳の乾燥があります。分厚い電話帳を風呂に漬けて中まで濡らしたものを乾燥させます。急いで扇風機に当て乾かしても中の乾燥はできません。急ぐとしわしわになるだけです。温度を上げ相対湿度を下げて乾かすのが木材の人工乾燥です。急に乾燥させ本がしわしわにならないためにはいったん水以外の液体、アルコール類のような水にも油にも溶ける液体に漬け、本の中の水を乾燥しやすい液体に置き換えてから乾燥させる方法もあります。【分類:植物】

[ 2016/07/18 ] 『黒姫高原理科教室』 NO.136 薪割り、薪の乾燥

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NO.137 分液ロートとペペロンチーノ


黒姫高原の地質は表面の黒ボク土の厚い層の下に、大量の褐鉄鉱の地層があります。その為この地層を通って来た地下水には鉄分が多く含まれています。池や湿地、水路の底に褐色の鉄錆色の酸化鉄が沈澱しています。またこの鉄分を栄養にした鉄バクテリアが繁殖しています。増えた鉄バクテリアが水面に浮いて、光を反射した様子が油を水面に落とした油膜にそっくりで間違うことがあります。近くの水芭蕉の池の水面も油膜状の光沢です。誰かが油の不法投棄をしたのでも、原油が湧いているのでもなく、これも鉄バクテリアの繁殖です。

水質汚濁防止法の排水基準や環境基準の分析項目にヘキサン抽出物質と言う項目があります。ヘキサン抽出物質とはJIS K0102の工場排水試験方法で決められています。環境水中の汚染物質の中の油分を測る方法です。昔から水と油の関係という油です。水は水に溶け、油は油に溶けるが、水と油は混ざらない。ここで言う油分とは、水面に浮いている油膜などの濃度の事です。油とは、グリスやサラダオイルのようなオイル以外に、溶剤と呼ばれる物があります。ガソリンもこの仲間です。ここで言う油とは水に溶けない液体の総称です。

油は油に溶けると言うことで、油分の含まれている水に溶剤を加えて振ってやると油分は水より溶剤に溶け易いので、水に含まれていた油分は溶剤に溶けます。この時、ヘキサンと言う溶剤を使います。ガソリンと似た溶剤で80℃で蒸発します。溶剤はオイルと違って温度を上げると蒸発するので、加熱して溶剤だけを除きます。後には容器に油分だけが残るのでその重さを天秤で測れば、最初の水に溶けていた油分の量が分かります。これがヘキサン抽出物質の測定方法です。

昔は化学物質の命名法が国際ルールに従っていなかったのでノルマルヘキサンと呼んでいました。ヘキサンと言う化合物には、分子がまっすぐなヘキサンと、丸い形をしたシクロヘキサンがあります。昔はまっすぐな方をノルマルヘキサン、丸い方をシクロヘキサンと呼んでいました。化学の命名法は簡単な方が良いので、片方をシクロヘキサンと呼んだら、もう一方はただのヘキサンで区別が付くので、国際的な命名法はヘキサンです。、今でも国際ルールについていけない法令ではノルマルヘキサンの名称が残っています。業界、公務員のおじさんたちの頭もついていけないのか、難しい名称の方が権威があるのかで古い名称でいまだに呼ぶ人が多いです。やたら漢字を使う法律と同じです。

ヘキサン抽出物質の濃度を測りたいサンプルも、水と溶剤のヘキサンを混ぜて振り混ぜる道具が分液ロートです。丸い形のガラス容器で、上と下に液体を出し入れするフタ付きの口とコックが付いていて、この上下の部分を両手で握り振り混ぜます。空の分液ロートにサンプルの水を1リットル入れ、続いてヘキサンを50ml入れます。ヘキサンの方が水より軽いので水の上にヘキサンが乗っています。これを両手でつかんで振り混ぜるといったん水とヘキサンが混ざり乳液状になりますが、分液ロートを台に載せて待つと液が分離して最初の状態、水の上にヘキサンが層になります。この時、水に含まれていた油分はヘキサンの方に溶けて移っています。あとは分液ロートの下のコックを開いて下層の水を捨て、残ったヘキサンを取り分け蒸発させて残った油分の重さを測ります。

この実験をやっていると、汚染した排水のヘキサン抽出物質を測定している時に、いつもならすぐに2層に分かれるものが、いつまでたっても水とヘキサンが混ざった乳液状のまま分離しないことがあります。水と油を結びつける石鹸のような成分が排水に含まれていると、これがヘキサンを細かな粒子にして水の中に分散させる働きをします。この状態を乳化とかエマルジョンと呼んでいます。料理ではこうした乳化をさせるため、思いっきり攪拌しますが、化学の教科書では乳化させると分離し難くなるので、あまり思いっきり混ぜてはいけないと書いてあります。一方では油分をヘキサンに抽出する為しっかり混ぜるように書いてあります。そういえばバーテンダーのカクテルを作る動作、シェイカーを振るときも、液体はよく混ぜるが氷は溶かさないような振り方と難しい説明があります。まあ、力任せにはやるなと言うことです。実験室ではいったん乳化させてしまったらどうするかと言うと、先輩に聞けです。そうすると、分液ロートの外からお湯をかけろとか硫酸やアルコールを乳化した液に垂らしてみろとかいう秘伝を教えてもらえます。うまくいけばエマルジョンがスーッと消えていきます。うまくいかなければ次の日の朝来てもそのままです。

この時、エマルジョンをよく観察すると、下の方は水がそのまま残っていて、上の方も透明なヘキサンの液体が残っていて、中間が濁った乳液状になっています。さらに詳しく見ると、細かな粒子状の乳液は、粒子の外側の層は下の水層とつながっていて、乳液とヘキサンの層の間には境界線があるので、この細かな粒子は外側が水、中の液体はヘキサンであることが分かります。ここにアルコールを1滴垂らすと、粒子の中のヘキサンがお互いにくっつき始め粒子が消えていくのが分かります。

これってフレンチドレッシングそっくりではありませんか。サラダのドレッシングの基本のサラダオイルと酢だけを混ぜて作るフレンチドレッシングです。分量の酢とオイルを合わせてボールでミキシングしてもすぐ分離してしまいます。市販のフレンチドレッシングは店頭でも乳化しています。もちろん市販品は酢とオイルだけでなく乳化剤が入っているからです。水と油を混ぜるには石鹸などの界面活性剤を使い乳化させますが、食品用の界面活性剤が乳化剤です。石鹸などの界面活性剤の働きは、水に溶けない油性や、煤などの汚れを水に分散させることです。界面活性剤の分子は細長い形をしていて、両端がそれぞれ水とくっつきやすい側、油と結合しやすい側になっています。水に溶けない汚れの粒子を界面活性剤の油にくっつきやすい側で覆いボール状にします。界面活性剤の反対側は水とくっつきやすいので、このボールは水にうまく分散します。汚れの代わりに油滴を分散させることもできます。

家庭で作るフレンチドレッシングのレシピを見ると、塩コショウ以外にマスタードを入れています。実験室で、きれいな排水ではヘキサン抽出物質はエマルジョンができませんが、工場排水などいろいろな成分が入ったサンプルではエマルジョンができやすいです。何かの成分が乳化剤の役目をしています。ドレッシングでは塩でもコショウでもなく、マスタードです。水にも油にも溶ける性質の成分が水と油をつなぐ乳化剤の役目をしています。酢の代わりに使う生レモンを絞った時にもいろいろな成分が一緒に出ていると思います。実験室と逆にエマルジョンが消えない方が良い食べ物が他にもあります。マヨネーズです。

マヨネーズは卵黄と酢とオイルからできているのはご存じでも、家庭で作る方は少ないでしょう。でもマヨネーズってかなり高カロリーなのはご存じ。と言うことは成分のほとんどはオイルってこと。それでも油っぽくなく口当たりの良いのはオイルの周りを酢で覆った乳液なのでさっぱりしているから。これも消えないエマルジョンです。

マヨネーズを作ってみればエマルジョンのことが良くわかります。マヨネーズの作り方には加える量でなく順番が重要。間違えると出来そこないの油っぽい失敗作です。いったん失敗した作品は後で酢やオイルを足しても直らないのもエマルジョンの性質。クッキングブックではないので塩コショウなどのレシピは書きませんが、ヨネーズを作る時はボールに最初に卵黄と酢を入れ攪拌します。この時の酢の量って卵黄1個に大さじ1杯程度でずいぶん少ないのです。ここにサラダオイルまたはオリーブオイルを少しずつ攪拌しながら垂らしていきます。どれくらいの量かというと酢の量に対してすごくたくさん。卵黄が繋ぎになって、酢の液体の中にオイルが細かい粒子となって分散していきます。酢の中にオイルが入って乳化した状態です。卵黄で色のついたエマルジョンはオイルを加えるとどんどん増えていきます。あまりオイルを入れ過ぎると乳化せずオイルが分離しないかと言う心配はなく、最初の1個の卵黄とひとサジの酢で1カップ以上オイルが入ります。これを作ればマヨネーズのカロリーの高い理由が分かるはずです。酢の成分はほとんどが水です。酢そのものの濃度は数%程度です。この酢の液体の中にびっしり細かなオイルの粒子が詰まっています。オイルの粒子の隙間を酢が満たしているわけなので、酢の量に比べオイルの量が大変多いのです。こうした水の中にオイルの粒子が分散している乳化状態をオイルインウオーターと呼んでいます。マヨネーズや牛乳など、オイルインウオーターのエマルジョンは外側が水でオイルは内側なので、油っぽく無く口当たりが良いのです。

バター、マーガリンは逆です。水っぽいバターは褒め言葉ではありません。 バターにも水分は含まれています。でも水っぽくないのはバターはオイルの中に水が分散したウオーターインオイルのエマルジョンだからです。乳化の仕方は加える順を間違えると逆のエマルジョンができてしまいます。加える順を逆にした、油に酢を加えて作ったマヨネーズは、油っぽいウオーターインオイルのエマルジョンに成ってしまいます。いったん逆のエマルジョンができると、あとで酢を足しても戻りません。マヨネーズ作りで失敗した時は、市販のマヨネーズを少し加え混ぜ直すと、これが種になってエマルジョンを逆にすることができることがあります。

料理は化学と思っていますので、さらに料理の話を続けます。パスタの中でペペロンチーノが、材料はパスタとニンニクとオリーブオイル(あと塩と鷹のつめ)だけのシンプルだけど一番料理人の腕の見せどころと言われています。うまく作れたら自慢です。黒姫の山荘でもたまに頼まれて作ります。パスタを食塩を入れたお湯で硬めに茹でます。ゆで時間は後でフライパンで加熱する時間もゆで時間に入れておかないと麺がゆで過ぎになります。フライパンではニンニクのスライスと鷹の爪をオリーブオイルで加熱して、香りをオイルに出します。ニンニクをローストするためでなく香りの抽出が目的なので、ゆで時間と同じくらい時間をかけ、割りと低温で加熱です。ここに茹でたパスタを鍋から移します。この状態ではオリーブオイルに麺が浸かっていますので食べると油っぽいのです。ここへ茹で汁をいれ、素早く麺と一緒に混ぜるのです。マヨネーズと逆でオイルに油を加える順になりますが、うまく混ぜるとオイルインウオーターになります。この場合乳化剤は茹で汁の成分、でんぷんです。マヨネーズと同じなのでオリーブオイルの量に対して茹で汁はそれほど加えません。麺と一緒に混ぜれば、意外とうまく乳化します。マヨネーズ同様オイルの外側を水が覆っているので油っこくありません。

水と油を混ぜた時、乳化を進めるものが乳化剤、界面活性剤です。一方実験でエマルジョンにアルコールを垂らして乳化を消したように、界面活性剤の逆の働きをする消泡剤があります。食品の成分には乳化剤になるものも、消泡剤になる成分もあるはずです。ペペロンチーノはもしかしてシンプルだから難しいのではなく、以外とシンプルな成分なので、混ぜれば簡単にエマルジョンができ、やってみたらだれでも原理さえ分かっていたらおいしく出来るのかもしれません。ソバの茹で汁同様、パスタの茹で汁も捨てられません。【分類:化学】

[ 2016/08/02 ] 『黒姫高原理科教室』 NO.137 分液ロートとペペロンチーノ

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NO.138 野尻湖花火大会


黒姫高原の山荘からは、以前は黒姫山と反対側の東の方向を見下ろすと、野尻湖が見えたようです。いわさきちひろさんの山荘も、以前はご近所に在って、野尻湖を見下ろす景色を気にいっていたようです。今は樹木が茂って見えなくなってしまいました。コスモス園のあたりの黒姫山の山腹からは、黒姫山のすそ野の傾斜が野尻湖まで続き、その向こうに斑尾山がある景色が眺められます。

毎年恒例の野尻湖花火大会の前の週に、野尻湖の湖岸をドライブで一周しました。東側の斑尾山側の湖岸は、いつも眺めている北西側の湖岸とは対照的な地形でした。野尻湖がどのようにして出来たかは、ナウマン象博物館の展示や、ネット上に説明があり、黒姫山の噴火や斑尾山の噴火によって川がせきとめられてできたようです。地質変化は実際の地形を眺めると以外と分かるものです。断層や地形によっては、その場に居るよりグーグルマップで全体を眺めた方が分かりやすいこともありますが、地学の基本は現地の観察です。

いつも黒姫高原から景色を眺めおろしている野尻湖は、黒姫山の裾の黒姫高原が北東に続きその先にあります。長く伸びた黒姫高原の先端は野尻湖と北側の関川の間につながっています。地形図で見た時には、溶岩流が川を堰き止めたとすると黒姫山山頂から野尻湖まで距離があり、ここまで溶岩流が届くかと思いますが、黒姫山から野尻湖方向を眺めると、緩やかな傾斜が野尻湖まで続いていて、可能性はあります。黒姫山の噴火の火山灰が積もって川をせき止めたことも考えられます。しかし火山灰でなく溶岩流や土石流が堰き止めたのなら、長く伸びた黒姫高原が出来たのを大変イメージしやすいです。

黒姫山の方から眺めると、黒姫高原は野尻湖の北側の新潟県境界に流れる関川との間まで、長く伸びています。今の野尻湖のあたりには、昔は東南側の斑尾山から北に向かって関川に流れていた川があったのです。ところがこれを黒姫山の噴火が堰き止めてしまいました。堰きとめられた川の水が今の野尻湖を作ったのです。黒姫高原の表面は厚い火山灰で出来ているので、溶岩流でなく火山灰の堆積が堰きとめたのかもしれません。そのため今まで斑尾山一帯に降った雨水が直接北に流れて、関川に注いでいた川の流れが変わりました。この野尻湖に向かって大変緩やかに傾斜した地形の黒姫高原に沿って二つの水の流れが出来ています。ひとつは戸隠山から黒姫山と飯綱山の間を通って黒姫高原の南側を流れる流れです。戸隠山や、黒姫山の南斜面、飯綱山の北斜面の水は黒姫山登山口や古池のある、飯綱山と黒姫山の間の峠を通り、今の信濃町の道の駅の黒姫山側の横を通って水生植物園を流れ、高速の下をくぐって東に流れています。この水の流れは川ではなく、伝九朗用水と呼ばれています。大変緩やかな傾斜ですが地図で見ると等高線にそって、野尻湖の北西の湖岸までつながっています。これが黒姫山側から野尻湖に入る水の流れです。

堰き止められる前の川は、今の野尻湖のある位置からまっすぐ北に延びて関川につながっていたでしょうが、堰き止められたため、野尻湖の水は北側の関川に注ぐため、緩やかな傾斜を探して、等高線沿いに、つき出てきた黒姫高原の北側の境目を通っていったん西に大きく迂回してから今度は線路に沿って(線路が後からできたのですが)東北に向かい流れ、関川に注いでいます。野尻湖の北西の平坦な土地では、道の駅辺りからコンクリートのナウマン象の所までの18号線に沿って東西方向の水の水路が南北に平行に流れ、北側の水路は野尻湖から出た水、南側は野尻湖にそそぐ水が逆向きに流れると言う少し不思議な様子に成っています。わずかな高低差に沿って等高線の上を水路が流れているからです。

昨年の花火大会の時には、野尻湖の水位が引いていましたが今年は湖岸まで水位がありました。野尻湖の水は春の雪解け時期には満水ですが、これは雪解け水が流れ込むからではなく、この時期に揚水発電所で関川の水をポンプアップするからです。その後野尻湖の水はまた関川に戻るのですが、この時農業用水と発電に使われ、冬には湖の水位はぐっと下がり、湖岸から水面までの間の湖底が現れます。この時期があるので、ナウマン象の化石の発掘が野尻湖の湖底で出来るのです。今年は発電や農業用水の利用を控えたようで、花火大会の時期になっても満水が続いています。

このように野尻湖の北西側は平坦な地形で、集落や遊覧船乗り場も在り、揚水発電の取水口や以前使われていた長野市の上水道の取水口などの施設があります。いつもはここまでしか来ないのですが、今回はこの東側の斑尾山側まで進み、初めて野尻湖周回道路をドライブしました。遊覧船乗り場から北側の湖岸に沿って進むと、しばらくはペンションやボートハウスが続きます。湖の北西のあたりまで来ると、分かれ道です。まっすぐ進むとタングラムや斑尾スキー場の標識があります。そちらに進まず、湖岸に沿って南に曲がり進みます。このあたりまでが広い道幅です。都会からボートをけん引して来るのはこのあたりまでです。ここから周回道路はいったん湖面から離れ登り坂になります。(ここまでの湖面付近は平坦で、湖の中まで平坦が続いています。)けん引してきたボートを台車ごと湖に入れることができるので、車でモーターボートをけん引してきた都会人の集まる場所です。ところが弁天島の東側の湖面からは違ってきます。水面から急に傾斜地で、湖岸がありません。野尻湖の湖岸は西の黒姫側と、東の斑尾山側とでは地形が全く異なっています。弁天島はその境の湖面に浮かんでいます。

斑尾側の周回道路はカーブの連続です。道の両側は樹木が茂り、曲がり角では先が見通せません。対向車が来ないか心配です。気づいても道幅が狭くて、すれ違いがうまく出来るか少し不安です。湖面は道路の下の方です。道路と湖面の間に樹木が多く、湖面は見えません。これだけカーブが多いのは、切り立った尾根筋が湖面に何か所も入っているからです。野尻湖の案内に、野尻湖には岬が40以上あると書いてあるのはこの事です。湖岸の大きな湾曲が何か所かあり、形が芙蓉の葉のようだと言いますが、その大きな湾曲にさらに小さな岬状の、リアス地形のような尾根と谷が湖面に接しています。そこに作った道路なので、カーブだけでなく、アップダウンもあります。ドライブしていると、黒姫高原では見かけない岩盤が露出した場所が道路の山側に何か所かあります。もうこれは、この地形が、斑尾山の噴火の溶岩流で出来た地形だと分かります。

黒姫山側の地形が火山灰の積もった地形に対して、斑尾山側は溶岩流の作った尾根と谷に、堰きとめられた川の水が貯まった地形です。湖に浮かんだ弁天島は生えている樹木を消してしまえば、それほど標高はありません。資料には昔は今の遊覧船乗り場のあたりから、橋でつながっていたとあります。確かに岸から100メートル程度で、十分今でも手漕ぎのボートで行けそうです。水深も無さそうで、もしかしたらこの島は、斑尾山からの溶岩流ではなく、噴火で飛んできた大きな岩石かもしれません。いずれにしても野尻湖の北岸と東岸は、斑尾山の噴火で出来た切り立った地形です。切り立った湖岸はボートが着けない様子です。ここに来るには周回道路しかありません。黒姫山側にはたくさんペンションやボートハウスがありましたが、こちら側には、静かな樹木の中に別荘や高級ホテルが隠れて建っていて、周回道路からは出入りする道しか分かりません。

湖の東側で周回道路はしばらく行くと一度だけ湖岸まで降りてきます。斑尾山側では湖岸に道路が接しているのはここだけです。川と言うには小さい用水路がここで湖岸に流れ込んでいます。斑尾山からの沢に沿って地形が谷に成っていて、小さな集落ができています。野尻湖は長野県にあり、電線は中部電力の管内ですが野尻湖の水利権は新潟側です。ここの水路にも、関川の揚水発電所同様東北電力の立ち入り禁止の立札です。そしてここでも、モーターボートを車でけん引してきて台車ごと湖に降ろせるスペースが作られています。この場所から野尻湖の湖面を眺めると、一番向こうの対岸が遊覧船乗り場ですが、左右に岬が幾つも湖に付き出ていて、あたりは奥深い山の湖の景色で、黒姫側とは正反対です。関西の人には、琵琶湖の湖北の景色のような静けさだと言えば伝わるでしょう。ここを過ぎると周回道路はまた山の中に登っていきます。まだ斑尾山の溶岩でできた地形で、岩盤がところどころ道路の山側に露出しています。あいかわらず対向車のすれ違いが心配です。先ほどから、周回道路がカーブして岬の先端部分になった場所には、休憩場所が出来ています。以前は見晴らしが良かったかもしれませんが、今では樹木に隠れて湖面は見えません。

湖岸の南側からは、また黒姫山のふもとに戻ります。国際村を通って、再び出発地点に戻ってきました。対向車はほとんどいなくて良かったです。かわりに陸上のランの練習中の大学の運動部と大勢すれ違いました。

以前から気になっていた、野尻湖のできかたがドライブのおかげで分かったような気がします。翌週の花火大会のことを書くつもりが脱線です。今年の花火大会は、ドライブをした花火の前の週に寄った湖岸のコーヒー店で、まだ予約席がありますよと勧められ、おかげでゆっくり見物です。花火の打ち上げ時刻の少し前になると、弁天島の入江から停泊していた台船を2台、モーターボートが引いてきます。弁天島に普段見えていた大きな船のような物体はこれだったのです。弁天島の桟橋と台船あわせて3か所から打ち上げが始まりました。

花火のきれいな色は化学の炎色反応の原理だと前に書きました。炎色反応とは、受験化学によく登場する原理で、金属を含む化合物を、ガスバーナーなどの無色の炎で加熱すると、金属ごとに固有の色で光ることです。金属原子は高温に加熱すると、エネルギーを吸収した状態にいったん成り、そのあと溜まったエネルギーを光として外に出します。この時の光の波長は元素によって固有です。光には目に見えない紫外線や赤外線もあります。元素の周期表の左端にあるアルカリ金属やアルカリ土類などの金属は、人が色を感じる可視光線を出します。ナトリウムは黄色、カリウムは紫というように固有のスペクトルなので炎色反応と呼んでいます。受験問題で炎色反応は何に利用されているかという質問があったりすると、花火、と答えるようですが、分析化学で微量の金属の濃度を測る測定機器にもこの原理は使われています。ICPなどと呼んでいる発光分析です。発光分析では元素を加熱する方法が、アセチレンバーナー、電気加熱、プラズマ加熱と進み加熱温度が上がって分析精度も上がっています。

花火もまた火薬で金属を含む化合物を加熱して元素固有の色を発光させています。赤色の光はストロンチウムというように、炎色反応の原理は昔から変わっていませんが、火薬の種類が変わってきています。昔は歴史で習った黒色火薬で硝酸塩を使っていましたが、今使われている火薬ではより高温で反応するので花火の色は鮮やかになっているはずです。

炎色反応の問題で、鉄の炎色反応は何色という質問があります。鉄などの仲間は、可視光線でなく紫外線を出すので、炎色反応はしないが答えです。金属の鉄をグラインダーで削った時に出る火花を知っている人は、線香花火にも鉄粉が入れてあって、あの独特のコスモスや柳の葉のような火花は、鉄が黄色い炎色反応をしていると考えることがあるようです、炎色反応とは、元素ごとに固有の波長で発光することです。化学では線スペクトルといいます。鉄が酸化して高温になり光るのは、物質が高温で光る現象です。これはどの金属でも起きて、光も白熱電灯のような特定の波長ではない連続スペクトルで、炎色反応ではありません。打ち上げ花火でも、鉄やアルミニウムの粉を入れて、巨大な線香花火のようにパチパチと光らせたものが今年の人気のようでした。【分類:野尻湖】

[ 2016/08/05 ] 『黒姫高原理科教室』 NO.138 野尻湖花火大会

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NO.139 霧ヶ峰と三田3式改グライダー


今頃の夏の季節の黒姫山には晴れた午前中は雲がかかって山頂が隠れています。夕方になると山の裾野の黒姫高原付近の高さに雲が降りてきます。富士山など表日本の山では、山頂に傘がかかると次の日は雨とかいった民間伝承があるようですが、黒姫山の雲と天候の関係は何かあるのでしょうか。

冬の黒姫山は、両隣の妙高山、飯綱山と並んで、晴れた日には雲の無い青い空です。雪の日には空一面曇って山の姿は見えません。この季節は山の天候はすべて日本海側から吹いてくる季節風で決まります。季節風の強さは、夕方になって童話館の横の高原に立って、黒姫山、妙高山の方向を眺めたとき、二つの山の間の谷を西の日本海側からこちらに向かって雲が這い上がってくる速さをみると分かります。山と山の間の低い部分を雲が通り抜けて来て、横に長い三角形の雲が出来ています。

夏の季節風は南の太平洋側から吹くはずですが、山の天気は分かりません。夏には黒姫山の付近の風の方向はいろいろな方向から来ています。空気中に含まれる水分の量は空気の温度によって飽和量が決まっています。飽和濃度を超えた水分は、液体の水に変わります。ヤカンに水を入れ加熱した時、ヤカンの口から出る白い湯気は水蒸気ではありません。水蒸気と呼ぶ時は、気体の水を言います。空気と混ざった水蒸気は空気同様に透明です。これが結露して液体の水になったものが湯気です。ヤカンの口から噴き出す白い湯気とヤカンの口の間の1センチほどの透明な部分が水蒸気です。ですから蒸気機関車から出るのは、ボイラーで作った水蒸気でピストンを動かしたあと、冷えて出来た大量の湯気です。空の雲も空中の水蒸気が飽和して結露してできた細かな水滴、湯気や氷の粒です。水蒸気は光を通すので透明ですが、水や氷の細かな粒は光がぶつかると散乱させて白く見えます。

冬の夕方、黒姫高原一帯は霧によく包まれます。空中の水蒸気の量が飽和濃度に対してどれだけの割合かを示したのが湿度です。黒姫高原は日本海からの水蒸気でいつも湿度が高いです。空気中の水蒸気の飽和濃度は気温が下がると低くなります。昼の間、飽和濃度以下だった湿度が、日が沈むと地面や地面付近の大気は放射冷却で温度が下がります。すると気温が下がったため、飽和濃度を超えた余計な水蒸気は結露して霧が発生します。

山に登ると、高度があがるにつれ気温が下がります。おおよそ100メートルで1℃下がります。黒姫高原は高度800メートルなので、ふもとが32℃でも25℃程になるはずです。小学生なら単純に太陽に近くなるので逆に熱くなるはずではと疑問を持ちます。ふもとと山との違いは気圧です。山の上ではふもとより地球の中心から離れるので、重力も少なくなりますが、これは実験で確かめられるようなわずかな値なので影響はありません。一方気圧は空気の層の厚さによるので、山の上ではふもとの数分に1に減ります。

空気などの気体では、加熱膨張と断熱膨張の二つの膨張があります。加熱膨張は気体を容器に入れて加熱すると、密閉された容器の中の気体は温度が上がるにつれて圧力も上がってきます。一方断熱膨張の方は、気体を注射器の中に入れておき、ピストンを急に押して加圧すると中の空気の温度が上がります。反対にピストンを引いて中の容積を大きくすると、空気は膨張して冷たくなります。この時は熱を加えているわけではなく、また短い操作の時間では周りから温められたり、冷やされることはありませんので、断熱という言葉を使っています。この実験の時、空気と一緒に少し水分を加えておくと、ピストンを引っ張って空気を膨張させた時、一瞬注射器のシリンダーの中が白く曇ります。霧が出来たのです。雲の出来方はこれと同じです。

水蒸気を含んだ風が山にぶつかると、空気は山の傾斜に沿って登っていきます。この空気は山の斜面を上昇するにつれ、気圧がさがり、断熱膨張によって気温も下がります。空気の温度が水蒸気の飽和濃度を超えると飽和した水蒸気は結露して雲ができます。

冬の日本海を北の大陸から吹いてきた冷たい季節風は、暖流で温かい日本海から発生した水蒸気をたっぷり含んでいます。それが日本海側の山にぶつかり、斜面を上昇する時にこの断熱膨張が起きます。まるで濡れぞうきんを山の角でしごくようにして大量の水分が雪雲になって日本海側の大雪になるのです。北陸でも、能登半島や加賀の海岸線地区は山が無く、季節風が通過していくのであまり雪は降らず、山沿い地域で大雪です。

夏場は冬ほど季節風は吹きません。それでも風が黒姫山に向かってどの方向から吹いても、山に当たった風は斜面を上昇していきます。斜面に沿って上昇した空気は膨張して温度が下がり、ちょうど頂上付近で水蒸気の飽和濃度に達して雲ができます。夏場は黒姫山、妙高山、飯綱山の頂はいつも湿った夏の季節風がぶつかって雲で覆われています。冬の晴れた日は、高速で黒姫高原にやってくると、冬山の景色が近づくのが上信越自動車道に入るとすぐ見えて楽しみですが、山頂に雲がかかっていて、今日も隠れているというのが夏の風景です。

季節風が山にぶつかると勢いよく斜面を上昇し、山頂付近に雲ができます。上昇気流が山をかけ上がって水分が雲になって乾いた空気は、今度は下降気流となって、山の斜面を下っていきます。これが乾いた空気、空っ風とか○○降ろしと地域で呼ばれる風です。

湿った空気はほんの少し温度が下がると結露して雲や霧ができます。冬の上信越自動車道では、夕方になったり、曇ったりして日射が無くなると道路の温度が下がり、道路を覆った空気も冷えます。もともと湿度の高いこのあたりの空気はすぐに飽和濃度になって、霧が発生で50キロ走行です。

黒姫山の麓で、里の方から山に向かって道路を走ると、高度700メートルあたりで景色が一変します。畑作の里の景色から、森の景色に変わるのです。運転していると今まで日照で明るかったのが、里と森の境界を通過すると、そこから先は木漏れ日の明るさです。これは黒姫高原の森の樹木のせいだけではなく、森のあたりはいつも霧がかかっているせいです。遠くから黒姫山を眺めると、黒姫高原のある高度のあたりの森は夕方になるとそこだけ霧に包まれています。低い山にかかる雲なのでガスと呼んだ方がいいかもしれません。季節風が吹かなくても、山の付近の空気はわずかの風で山の斜面に当たると斜面を上昇します。風が無くても、昼間に温まって軽くなった空気は斜面に沿って上昇します。100メートル上がれば1℃温度が下がり、湿度の高い空気は霧が発生します。黒姫高原の高度がちょうど飽和濃度になるのです。霧のおかげで森の木が生長します。黒姫高原は畑をするには日照不足ですが、森のシダや樹木には絶好なようです。冒頭、黒姫山の雲は夕方になると山頂から麓に降りてくると書きましたが、山頂の夏雲と、麓の霧は別に発生したもので、降りてくるのではありませんでした。

上昇気流ができるのは山の斜面を風が上がるだけでなく、平坦な土地でも起きます。日射で温まり軽くなった地面付近の空気の塊がその場で上昇することがあります。大きな上昇気流の先端にはやはり雲ができます。低気圧もない晴れた日に平野の真ん中にぽっかりと雲です。そういった上昇気流の発生している場所では、よく猛禽類の鳥が輪を描いて飛んでいます。こうした気流を熱上昇気流、グライダーに乗る人は単にサーマルと呼んでいます。

ここ数年、毎年夏休みには、霧ヶ峰高原にドライブが恒例になっています。ふもとの諏訪湖湖岸に並んだ美術館と組み合わせです。高速で諏訪湖まで行くと、諏訪湖周辺の美術館は後にして、山の天気の変わらないうちにまず霧ヶ峰です。上諏訪から県道を登り高度を上げていきます。この道はずいぶん前にも通ったことがあります。まだJRと呼んでいなかった頃の中央線を下諏訪で降りると、駅前から出る大きなザックを持った登山客でいっぱいのバスがありました。登山で荷物の大きい時は別料金を取られました。そのバスとおなじ道路を登っていきます。諏訪湖のあたりはすでに黒姫高原と同じ標高700メートルあるので、そこからさらに登った霧ヶ峰は標高1600メートル、1000メートルを超えると、途中で植物帯も白樺に変わり、さらに草原帯です。霧ヶ峰高原は平坦な地形で、そこにさらに標高1900メートルの車山があります。アマチュア無線家は良くご存じでしょうが、車山の頂上にハンディ無線機を持っていくと、高度が高いだけでなく、周りに電波を遮る山が無いので、ハンディ機のアンテナでも、とんでもなく遠くからの電波が飛んできます。気象庁が富士山頂レーダーを止めて、車山に気象レーダーを設置したのも遮るものが無い地形のせいでしょう。同じレーダーでも、佐渡の山頂のガメラレーダーは嫌な感じですけど。

山で迷った時、迷わなくても地図上の今いる位置を確認する時に、方位磁石と並んで高度計が役に立ちます。アネロイド高度計と言って、気圧を測って高度に換算します。気圧計と同じです。高度があがると気圧が下がるからです。電波を使った高度計と違って、低気圧が来ると気圧が下がるので、気圧補正と言って高度の分かっている場所で高度の表示を地図上の高度に合わせる補正をしないとずれた値を示します。飛行機の高度計は電波を使っていますが、グライダーではこの気圧計を持って飛ぶと、水平飛行では高度も気圧もほとんど変わりませんが、サーマルと呼ぶ熱上昇気流にさしかかると、気圧計が下がります(気圧の値が下がり、高度値は上がる)。上昇気流を見つけたのです。鳥のように上昇気流に沿って旋回して高度を上げ、鳥のように羽ばたかないでも飛んでいられるのです。県道を登って強清水(こわしみず)まで来て見上げると、トンビのように旋回してサーマルに乗っているグライダーが見えます。

諏訪湖から県道を登っていくと車山を経て白樺湖に至るまでの道路の北側に霧ヶ峰の大湿原の平坦な地形が広がっています。登山家の言う霧ヶ峰はこちらですが、ここにはもうひとつ霧ヶ峰スキー場があります。道路を挟んで反対の諏訪湖との間に伸びた台地です。この台地の諏訪湖と反対側の道路に向かった北斜面が霧ヶ峰スキー場です。諏訪盆地から山に向かっての気流がグライダーを飛ばすにもってこいの気象条件なのです。東西に長い台地の東から西に向かってグライダーが離陸というか、上昇するのですが、ちょうどこのあたりには観光バスが停まって買い物をするドライブインや、乗馬コースがあって、観光客が多いところです。グライダーがいつ離陸するかと見物しています。

霧ヶ峰スキー場の強清水からリフトで上がった辺りが細長い台地の西側です。ここから1000メートル程の長いワイヤーを台地の反対まで伸ばして、グライダーの機首に繋ぎます。ウインチという巻き上げ機でワイヤーを曳くと、ちょうど凧を上げるようにして、グライダーは急上昇していきます。夏のリフトの止まったゲレンデを歩いて登るとグライダーの格納庫があります。荷台に巻きあげ用のウインチを載せたトラックがもう少し向こうに居るはずです。グライダーは上昇し終わるとワイヤーを留めていたフックを解除し、役目を終わったワイヤーは空から降ってきます。もちろん滑走路は危険なので立ち入り禁止です。このウインチを操作する人のことをウインチマンと呼んでいます。野球のキャッチャーのような信頼感がありそうです。

強清水の丘の上の格納庫には、今使っているグライダーだけでなく、霧ヶ峰グライダー発祥以来の歴史的グライダーも天井からつるしてありました。今はグライダーの性能が良くなり、普段の練習や体験飛行も二人乗りの高性能グライダーを使っていますが、昔の機体は、今から見るとあまり飛びそうもない機体に思えます。当時は最初から性能の良い機体に乗らず、最初はプライマリー、続いてセコンダリー、単独飛行出来るとソアラーという順だったようです。プライマリーは文字どうり初級機。今の鳥人間の番組に登場する機体よりもっと簡単な構造です。今は子供が作らなくなった、竹と和紙で作る模型飛行機に近いです。翼の作りは、木の桁に翼の断面をした小骨をたくさん横に取付け、その上に布を貼ったもの、透けて見える木製の骨格が背骨と小骨でできたカレイの骨のようです。胴体は木の柱だけ。車輪もなく、柱の下の板がソリがわり。鳥人間の機体はアルミや発泡スチロールで軽いけど、木製のプライマリーは見るからに重そう。昔子供が作った模型飛行機の動力はゴム紐でしたが、これもものすごく太いゴム紐で引っ張ります。当然数十メートル程度しか飛びません。当時は、地面を離れるだけでも練習だったようです。もちろん一人乗り、というか柱の上にまたがる。

セコンダリーは二人乗り。ウインチで引っ張り、凧のように上昇した後、滑空して降りてきます。やはり木と布でできています。これこそ鳥人間の機体そっくり。ただ今はアルミやカーボン樹脂の大変軽くて丈夫な材料がありますが、木で作ったのでこれも重そう。グライダーの翼は軽くて丈夫でなければなりません。さらに揚力を生み出し、空気抵抗の少ないための翼型という断面が必要です。そのため、人が初めて飛行したライト兄弟の頃から木の桁を二本渡し、そこに翼断面の形の小骨を横にたくさん取り付けて翼の骨格を作り、表面に軽い布を貼る構造は変わっていません。材料が木製から丈夫で軽いアルミ合金に変わった今の航空機でも、鳥人間の機体でも同じです。セコンダリーの翼も同じように木製の骨格に布張り。プライマリーでは浮き上がるのがやっとなので、翼は翼自身を支える強度があればよかったけど、もう少し高く飛ぶセコンダリーでは翼の強度は機体と乗っている2人の体重を支えるのはもちろん、多少の突風にも耐えないといけません。鳥人間では、ジャンプ台から離れた途端、機体の重さを支えられず翼が折れるシーンがよくありました。木製で十分な強度を持たせると重くなってしまうようです。胴体は骨組みだけ。ヒトの乗る部分だけ風よけに覆いがあるのはこれも鳥人間と同じです。

霧ヶ峰の発祥当時は、ここまで練習をして来てやっとソアラーという高性能機に乗れたのですが、今では観光客の体験飛行から複座ソアラーです。格納庫は天井から昔の機体を吊るしてあり、見学ができるようになっています。興味深く見学していると、グライダークラブの方が話しかけてきました。グライダーの練習場は、地方の空港を借りたり、大きな河川の河原を使うことが多く、またメンバーも大学のグライダー部などが多いのですが、長野市の千曲川河川敷にもあります、ここ霧ヶ峰は伝統ある諏訪市の社会人のクラブのようです。

若いころ見かけたグライダーの練習では、たいてい国産の機体を使っていましたが、霧ヶ峰では全部ヨーロッパ製のスマートな機体です。木製の主翼、鋼管を溶接した胴体に布張りの国産機に比べ、細くてなめらかな胴体、長い主翼と軽くて性能が良さそうです。当時のグライダーは三田式という機体が主流でした。三田とは早稲田の三田です。いろいろ改良され、三田式3改というタイプを多くの学生グライダー部が使っていました。国産の三田式は飛んでいないのですかと聞くと、意外な答えがクラブの方から返ってきました。「三田は飛べなくなりました」そのあとの話です。

三田式のグライダーはヨーロッパ製のスマートな機体に比べ、多少ごついスタイルです。主翼は木製の骨格に布張りで伝統的な構造。胴体は軽くするため、鋼管を溶接して骨組みを作り、翼同様布張りです。二人乗りの座席の下は、鉄パイプの骨組みの間は布だけ。穴を開けると地上が見えます。グライダーの翼は滑空性能を良くするため、海面を羽ばたかず長く飛ぶアホウドリの翼のように細長いのです。グライダーは移動の際は分解してトレーラーに積んで道路を運びます。翼を付け根から外して分解しますが、外した片方の翼の長さが、胴体より長く、運ぶのには長いトレーラーが要ります。グライダーの胴体は空気抵抗を減らすため、細く、座席はかなり倒した状態です。ところが三田式の胴体は太くて短く、後ろの座席に乗った人は前の座席の人の後頭部に覆いかぶさるほど近いです。普通根元から外して左右2枚に分ける主翼は、3分割で分解した時、短く収まります。胴体を左右に貫く中央翼部分の左右に、それぞれの翼端部分をつなぐのです。おかげでリヤカーを長くしたような台車に載せて、乗用車でけん引して公道を移動できます。

ところで二人乗りのグライダーって教官は前か後ろどちら?一人で乗る時は前後ろどちら?ちょっと賢い人なら、飛行機って重心のバランスが重要だから、二人乗りの場合、後ろの座席がちょうど重心位置にあって、後ろの座席は乗っても乗らなくても重心が変わらないようにできているのではと想像するかもしれません。実は座席は両方とも重心より前にあって、一人乗りの時は砂袋を乗せているのです。だから乗る前に体重測定をします。教官は当然後ろ座席からにらんでいます。

若い頃、三田式グライダーを飛ばすのを見ていました。リヤカーのようなトレーラーから降ろして組み立てです。ヨーロッパ製の機体が、長い左右の主翼を胴体に差し込むように取り付けるのに対して、三田式は独特です。実は飛行機の主翼って、左右の翼を胴体に直接取り付けているのではないのです。そんな構造では強度が持ちません。外から見えないが、胴体の中を貫通した中央翼と言うのがあるのです。その中央翼に左右の翼をつないで、左右がつながった主翼になっています。三田式はこの構造に忠実に胴体にまず中央翼を取り付けます。操縦席の後ろの部分に胴体の上から載せて4個のナットで止めます。その中央翼の左右の端に左右の翼をそれぞれ2個のボルトで繋ぎます。これが結構重そうに作業していました。木製の主翼は強度を持たせるため、どうしても重くなったようです。

三田3式改のグライダーは、組み立てが重いとか言われていても、国産機で地上の牽引がしやすいので全国の学生グライダークラブで問題なく使われていました。ところが、ある大学で木製の主翼の強度計算を改めてやっり、実際の機体で強度試験をしたところ、日本の航空基準を満たしていないことが分かり、飛行禁止になってしまいました。

グライダーの盛んなヨーロッパ製のグライダーは、ずいぶん前から木製ではありません。あのスマートな構造はプラスチック製です。正確にはFRP製。ご存知の方は分かりますね。水道関係でも、受水槽のタンクは上に人が乗っても壊れないFRPファイバーグラス強化プラスチックです。ガラス繊維と樹脂を重ねて貼った構造です。ヨーロッパでは飛行機は工場で金属製、グライダーは町工場で職人が手作りです。ヨーロッパではずいぶん前から、飛行機とグライダーは別の構造と別れていたのが、日本では、ゼロ戦を作った戦争中から金属の代用に木製航空機を作っていましたが、軽いか、安いか、高価な工作機械が要らないからか、はっきりした根拠もないまま木製にこだわっていました。一方合理主義と職人仕事の伝統があるヨーロッパでは、FRP製に早くから切り替え、今ではガラス繊維から炭素繊維にかわりCFRP製。そういえば、アメリカにも職人がいないのかアメリカ製のグライダーって少ないです。

風力発電の風車のプロペラの構造、作り方って、グライダーの主翼や胴体の作り方と同じです。FRPの構造は、骨格は有りません。繊維で強化した樹脂の外側の殻だけで中は空っぽです。それで十分な強度です。大型の飛行機には無理ですがグライダーのサイズなら十分な強度。ヨーロッパ製のグライダーは軽すぎるからって、翼の中に水を何100kgって入れるくらいです。

優秀と言われたゼロ戦って軽くするのに骨格の金属板にいっぱい穴をあけ軽量化の努力をしたそうです。日本人は物造りがうまいと言われているようですが、発想を変えるのは苦手の様です。三田式グライダーが消え、ヨーロッパ製が飛んでいるのは残念ながら当然のようです。【分類:地学】

[ 2016/08/08 ] 『黒姫高原理科教室』 NO.139 霧ヶ峰と三田3式改グライダー

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NO.140  続 薪割り


春に森林組合から買った丸太をおおよそ薪にして、軒下に積み上げることができたので、昨年割って乾燥してあった薪をベランダ下から小屋に移し、ベランダ下へ今年割った薪を移動させる作業に進んだ。今年の黒姫高原は、下界よりは涼しくクーラーは不要ですが、去年より暑くなっている。薪割りの季節は良かったが、薪の移動の今は大量の汗です。

化学は常に実験化学で、物理や数学のような理論科学とは異なり、仮説は実験で最後に確認です。薪割りについても、薪の割り方、木材の乾燥について考えてきたが、薪を割るタイミングについて、ブログで意見が分かれているので実験で確認をしてみたい。丸太をチエンソーで薪の長さにカットした玉切りを、斧で割り薪にするのですが、いつもこの時乾燥させない生木のまますぐに斧で割ります。ブログでは、この玉切りを良く乾燥させたほうが割り易いというものを見かけます。生木は斧で割りにくく、良く乾燥した玉切りはパリッと割れると書いたものが在ります。普段は早く薪にして風に当て乾燥させたいので、まだみずみずしい生木のまま割っていますが、パリッと割れて快感です。それを乾燥した方が割れ易いというのは本当かな?です。一方、山暮らしに慣れた先輩たちのブログでは皆さん、ともかく早いうちに割って、薪の乾燥に時間をかけろです。

去年丸太をカットした玉切りや、去年購入した丸太のままのものなどが、去年は忙しくて放置され、ちょうど程よく乾燥して置いてあったので、ちょうど良い実験材料になりそうです。木材はどれも広葉樹で火持ちの良い楢材です。去年の丸太を玉切りしたもの、去年玉切りして放置し乾燥したもの、今年の丸太の玉切りを斧で割って比べてみます。

去年の玉切りの一部は、地面に直接置いてあって、コケ類や菌が繁殖して木質が分解しかかり、これは水分だけでなく、炭素も分解されていて熱量が減っているので問題外です。良く乾いた去年の玉切りを割ると、乾燥して少し軽くもなっているようですが、硬いのです。生木でも節の部分は硬くて、斧を当てても跳ね返ってきてしまいます。乾燥した木材は同じように斧が跳ね返る度合いが生木より多いようです。さらに差があります。生木では、斧を勢いよく命中させると、パ―ンと割れて、薪が横に飛んでいきます。ところが乾燥した玉切りでは、割れてもひび割れた破片の繊維が残って、パリンと割れません。手でつながった繊維を引っ張り引きちぎらないといけません。広葉樹の場合、乾燥した方が、木材としての強度が上がるようです。広葉樹は生木のうちに割った方が良いということです。広葉樹を加工する時は水分の多い方がよく、製品として家具や家の柱には乾燥した方が強度が高いということでしょう。版画板として広葉樹を彫る場合も、水分を含ませた方が加工し易いです。

広葉樹を年輪と直角に割る場合は、乾燥した方が木質が堅くなって割れにくくなるというのが実験結果です。理論でも、広葉樹は良く乾燥させ繊維に含まれている水分を減らした方が強度が上がるのです。良く乾燥させた方が割りやすいというブログは、どういう理由でしょう。広葉樹でなく、杉などの針葉樹では、生木でも、乾燥した木材でも、年輪の目がまっすぐで、年輪と直角に割れば簡単に割れます。

丸太をチエンソーで輪切りにする場合は、生木でも乾いた木でも同じように切れます。ところが、普通ののこぎりで地面に生えている樹木や、生木を切ると、おがくずがうまく出ず、のこぎりの刃にくっついてしまって、のこぎりを引けなくなります。工作に使う横引きのこで庭木を切ったりすると、こうした状況になり、生木は切りにくいと言うことになります。生木を切るのこぎりは、専用のものがあり、刃の目が粗くなっていて、目詰まりして食い込まないようになっています。

木工用の、のこぎりの刃には、アサリという仕掛けがあります。繊維を直角に切る横引きのこではこのアサリの角度が大きいです。アサリとは刃を少し交互に左右に曲げた角度です。これがあると、のこぎりが木を切り削る幅が胴の厚さより広がり、切り下げていった溝にのこぎりの胴が挟まって動きにくくなるのが防げます。乾いた木材ではこのおかげでのこぎり屑が隙間からうまく外に出されます。ところが生木ではアサリがあっても、削りくずが乾いた粉にならないので、刃先に詰まってのこが食い込んでしまいます。

のこぎりの刃は木材に縦に食い込んで切り裂くナイフの刃です。一方チエーンソーの刃は横向きです。幅3ミリの溝を掘っていくノミの刃です。おがくずは刃と次の刃の間に入りかき出されます。

もしかしたら、薪割りは良く乾かした方が割り易いです というブログは、工作で生木を切って苦労した経験からの想像でしょうか。去年割り残した玉切りは木質が締まってさらに硬くならないうちに割ります。それと薪の乾燥は、多少雨が当たっても乾燥が進んでいますが、地面に直接置くと苔が生えて木材の分解が進むので、一番下には枝のような細い丸太を横に渡し、台にして入れておきます。【分類:薪割り】

[ 2016/08/09 ] 『黒姫高原理科教室』 NO.140  続 薪割り

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