NO141-NO150

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NO.141 FRP製 受水槽


前々回の記事で、グライダーの主翼や胴体、風力発電のプロペラがFRPという樹脂で、できていることを書きましたが、FRPは僕が子供の頃から今で言うDIYで使われていました。特別な工具を使わなくても大きな構造物を作ることができ、強度もあります。モータボートや漁船の船体、野尻湖の手漕ぎボートもFRPです。大変ありふれた材料なのでFRP製品は身近にたくさんあります。【ご存じない方の為に・・・FRP:ファイバー(繊維)レインフォース(強化)プラスチックの作り方です。】

材料はガラス繊維と樹脂。ガラス繊維はすでに布状に編んだものを使います。樹脂は用途に合わせいろいろな樹脂。A液、B液を混ぜて使う接着剤と同じエポキシ樹脂をよく使います。作り方は雌型に和紙をのりで何層も重ねて貼って、固まったら型から外す張り子細工と同じです。ボートを作る時は、ボートの型でなく、ボートを雄型にして作った雌型の内側に、樹脂とガラス繊維の布を交互に重ねていきます。普通数ミリの厚さです。固まったら雌型から抜き取ります。エポキシ樹脂は接着剤です。雌型の表面に、ケーキを焼く時に型にバターを塗るように、剥離剤をあらかじめ塗って置かないと、固まってから外せません。こうしてプラスチックの成形しやすさ、軽さと、繊維による強度を併せ持つ製品ができます。

NO70の『簡易専用水道』で学校やビルでは水道水をいったん受水槽に貯め、改めて屋上などの高置水槽で加圧して使うシステムを簡易専用水道と呼ぶことを書きました。この水槽は、建築基準法で構造が決められています。古い時代には、受水槽や高置水槽はコンクリート製で、受水槽は地下に建物の基礎工事の際に、下水槽と一緒に作られました。高置水槽は建物と一体のコンクリート製。今でも古い公団アパートでは屋上に残っています。しかし、地下式では、水槽の横壁に亀裂が入り、隣の下水槽から汚水が入っても、水槽内部を空にして中に人が入って点検しないと分かりません。そこで地下式の受水槽は建築基準法で許可されなくなりました。

次に登場したのが地上に作る鉄製のタンクです。今でも、古い学校や公団住宅の受水槽に残っています。外部はもちろんのこと、水槽内部も水道水中の遊離残留塩素が気化して金属部分を錆させるので毎年清掃時に塗装が必要です。これを怠った水槽は鉄板がさびて劣化しているのをよく見かけます。またできた錆は水道水中に混入して赤水の原因になります。そのため受水槽の構造は、錆に強いFRP製がほとんどになりました。またFRP製の水槽は初期はモーターボートを作るように一体型でしたが、その後現場で組み立てるパネル型になりました。1メートル四方のパネルを組み合わせる構造が多く、設置場所での組み立てができ、屋上の水槽や狭い場所の設置が楽です。パネル型も、一体型も骨組みが無く、FRPの殻構造だけで十分な強度があり、水槽上部に人が乗っても大丈夫です。100トン以上の大型の水槽も作られています。FRPのパネルでタンク底面を含む6面を作るので、これを土台で支えれば完全に6面点検ができる構造になります。毎年1回水を抜き、内部に人が入ってブラシで掃除することになっています。清潔好きな国民性に合って、現在受水槽や屋上の水槽は多くがFRPパネル製です。プラスチック製では断熱性が無く、雪国では冬季に凍ってしまわないか心配ですが、受水槽、高置水槽は中の水を滞留させず、1日で中の水が入れ換わる容量に設計してあるので問題ありません。屋上の水槽が夏場、直射日光で温められ御湯になり水栓を開いて長く水を出しても冷たい水が出ないのは、建築基準法に反します。冬季も正しい設計なら凍りません。FRP製が良いのは国民性のようです。

アメリカ映画では、西部劇で農場の建物の横には風車のような風車でくみ上げる井戸があり、櫓の上に樽のような木製の水槽が乗っているのをよく見かけます。ところが時代が現在のニューヨークが舞台の映画でも木製の樽が登場します。密集したアパートの屋上でのシーンがあると、木の樽でできた水道の屋上タンクがたくさん映っています。冬に凍結するシカゴ、ニューヨークでは木製の方が狭い場所で組立しやすく、断熱性もよいからです。FRPの水槽では、亀裂があるとそこから漏水して、冬季にはその水が凍り膨張してタンクが破損するからと、漏水や亀裂は日本では水道法違反です。一方木製の水槽では逆に木材を通してわずかに水が蒸発してその気加熱で夏でもわずかに冷たくなると言われています。日本では木製は許可になりません。

このFRP製の水槽も問題が起きました。例の震災です。耐震性の強化で建築基準法が変わりました。FRP製の水槽は、水槽内の水の水圧を支えたり、水槽の上に乗るには十分な強度がありますが、大地震では水槽に入った何10トンもの水がまとまって左右に揺れると、大変な力が水槽の壁にかかります。タンクローリーでは、タンク内のガソリンが揺れないようにタンク内に隔壁をいくつかつけて横揺れを防いでいるので、車が揺れてもタンク内の液体は揺れません。ところが受水槽に隔壁を付けると、中の水の流れに滞留ができたり、点検用の上部のマンホールから内部全体を覗く邪魔になるのでできません。その為せっかくFRPだけでできていた水槽内部に、補強用のステンレス製の支柱を入れたり、水槽の外側に金属製の枠を付けて耐震性を上げる改造が必要になりました。さらに今までもしもの断水のためなどを考え、必要以上に容量の大きな水槽を作ったため、1日で水槽の水が入れ変わらず、気温で温まったぬるい水を飲むことになっていました。温いだけではなく、消毒用の残留塩素も滞留中に失われています。さらに学校では少子化で、今まであった生徒数が減り、従来の受水槽の容量では貯まり水を飲むことになります。これは学校保健法、学校環境衛生基準に違反です。予算を取ってでも、小さな水槽に交換しないといけません。さらに、従来 給水衛生協会など厚生労働省の外郭団体では災害時に断水になった時には受水槽に溜まった水が非常用の飲料水になると自慢していましたが、日本水道協会が受水槽に溜まった水は水質基準に適合した水道水とはみなせないと判断しました。大きすぎる受水槽は厄介者になりました。最近では水道の受水槽、高置水槽はFRP製から小型のステンレス製に変わりつつあります。

おいしい水道の話しから始めた教室ですが、この頃は脱線が多いようです。水道の話に戻ったついでに、しばらく専門的な話を続けさせてもらいます。水道業者様向けです。FRP製の水槽がステンレス製に変わる理由にもうひとつ、さび対策があります。古い鉄製の水槽がFRP製になった理由も錆対策でしたが、プラスチック製のFRPパネル製の水槽が錆対策って不思議に思われませんか。

受水槽の点検では、コンクリート製の地下タンクでも、鉄製やFRP製の地上タンクでも、屋上のタンクでも基本は水槽の上部にあるマンホール(点検ハッチ)を開け、上から内部を覗くことです。水槽の奥を見るため身をのりだします。この時、経験の浅い検査員は自分の胸ポケットに入れた物を落としたりします。もちろん水道法に不適合、水槽内に異物があってはいけない、ので大変なことになります。清掃業者様は中を空にしてから作業するので問題ありませんが、簡易専用水道の検査機関は水槽に水が貯まった状態で点検を行うのでたまに失態の可能性があります。

水槽の内部に溜まった水道水の量は変化しています。屋上のタンクは常に新鮮な水道水で満たされるよう空になる下の受水槽から一気にポンプ水を上げていっぱいにします。この繰り返しを1日に3回転ほどおこない常に新鮮な、温くない水が水栓から出るような設計に成って居るはずです。水道水が最初に入る受水槽は、水道料金が管の太さで決まるので、割と細い水道管でいつも流入しています。もちろん大量に使えば水位は下がり、満水になれば流入弁が閉じます。それでも満水時でも、水槽の内の上部にはまだ空間が残っています。FRP製の水槽は1メートル(1.5mや2mも有ります)四方のパネルの4辺をゴムのパッキンを挟んでボルトで固定して組立ます。水槽の底や側面はこのボルトが水槽の外側についていますが、水槽上部はボルトが水槽内部になるよう組立ます。水槽上部に出っ張りができ、点検をするために上がった慣れない保健所の方がつまずかないためではなく、水道法で 水槽上部には雨水などの貯まらない構造で有ること という理由です。ところがこの水槽上部のボルトが錆びやすいのです。水面下にも配管を固定するため金属のボルトが使ってありますが、水中にあるボルトより水面より上に固定してあるボルトの方が錆びやすいのです。このため優秀なメーカーでは水槽内部のボルトの頭を樹脂製のキャップを付けて金属が露出しないようにしています。

さらにFRP製の水槽はパネルを10トンタンクでは最低34枚組み合わせますが、パネルの4辺に入れたゴムのパッキンは実は全部つながっています。水槽の漏水は単純に水槽の内部から外部に向かってまっすぐ穴があいているものは少なく、外部から見て漏水があっても内部ではすぐ裏から漏れているのではなく、パッキンの隙間を伝って漏れているので、漏水個所を水が入ったまま探すのはほぼ不可能です。まだ有ります。FRP製の手漕ぎボートで、作ってからだいぶ年数が経ったのに乗ったとき、何か有りましたか?FRPは日光で劣化します。表面の樹脂が劣化しても、まだ何層も残っているので強度は問題ありませんが、ガラス繊維がむき出しになってきます。そのガラスの細い繊維が肌にささってチクチクしたはずです。また、ガラス繊維も樹脂も透明なので日光を透します。水槽に光が入ると藻が生えるのでFRP製の水槽は外面を塗装したり、保護カバーをつけて日光が通過しない対策が要ります。塗装の塗り替えをさぼった水槽では内部に藻が繁殖していることがあります。水道法では、点検の際に日の照った時に水槽の外側に掌をかざし、中から見て手が見えない事という基準になっています。あれやこれやでこの頃はFRPよりステンレス製に変わりつつあります。

さて水道水には残留塩素が含まれていますが、その水中より、水面の上部の空中にある金属製のボルトの方が錆びやすいのでしょうか。これについて前の職場に在職中に実験したことがありますので、振りかえってみます。ボルトが錆びやすいのは事実ですが、当時も今も、水道の専門業者様や公務員のHPでもこの理由が多説あり、怪しいものもあります。

水道水には残留塩素が含まれているので、味覚の鋭い方は味で分かります。残留塩素濃度は消毒効果があり、異臭を感じない最低の濃度0.1mg/lにできるだけ下げているのでは味覚の鋭くない方は異臭として感じないと思いますが、そんな方が水道水のカルキ臭をブログに書いているのは不思議です。水道水の溜まった水槽のマンホールを開けると、臭覚の鋭い検査員は水道水固有の臭いを感じます。水道水を飲んでいるのではないので、味ではなく臭い(匂いではない)です。この臭いが何かというのがボルトを錆させる理由に関係します。

ブログなどの説明で多いのが塩素ガス説です。こうしたブログ、HPを書いているのは水道関係者でしょうから、この説が正しいか否かは問題です。塩素説では水道水には塩素が含まれているので、塩素ガスが発生してこれが水槽内部の水面上部の空間に露出したボルトの金属を錆させると言うのです。残念ながら水道水に添加した残留塩素からできる塩素ガスの濃度では、空中で直接ボルトの表面を酸化する反応も、いったん露出したボルトの表面に付いた滴に塩素ガスが溶け、塩素水になっても酸化力はありません。

塩素ガス説もあります。残留塩素は水中で分解すると塩酸になります。塩酸を作る塩化水素はガスになります。水中に溜まった塩酸は一部気化して塩化水素ガスになって、これがボルトの表面に付いた水滴に溶け再び塩酸になります。この説なら塩酸はpHも酸性で金属を錆させることができます。しかしこの説では水槽上部の空間内部はリマス試験紙を赤くするくらい酸性の水滴が付着していることになります。水槽内の空間は結構、吐出水の飛沫がかかり洗われているので、酸性の水滴は無理です。それでは残留塩素そのものが金属を酸化させるのではという説はどうでしょう。残留塩素の正体の次亜塩素酸は金属を錆させることはできません。残留塩素、次亜塩素酸に常に使っている水槽の水中のボルトは錆びていません。このように多説ある水道水を入れた受水槽内部の空間のボルトが錆びやすい理由は、簡単に水道水の塩素のせいにできません。

水道水の残留塩素の味が分かる方は多いです。では水道水の臭いは?確かに水道水の検査方法では、水道水をフタ付きのガラス容器に入れ50℃に温めて良く振ってからフタを取り、臭いをかぐと固有の臭いがします。これが遊離残留塩素から発生する臭いです。プール水など、アンモニアなどの汚れがある水では遊離残留塩素はアンモニアと結合して、結合型残留塩素になります。結合型残留塩素も同じような方法で臭いをかぐと遊離型とは少し別の臭いがします。こちらの方が異臭の度合いが強いです。この臭いの方を水道ではカルキ臭と呼んでいます。昔は水道の塩素消毒に塩素ガスを溶かしていました。今はほとんど次亜塩素酸ナトリウムを溶かしています。次亜塩素酸そのものは無臭と言う人もいますが、70%の濃い次亜塩素酸の試薬を開けると塩臭がします。塩素ガスや、塩酸が気化した塩化水素ガスはもちろん臭いがあります。ただこれらは匂いでなく臭いです。刺激臭です。ヒトは匂いについて敏感でたくさんの匂いを区別できます。しかし臭いについてはただの刺激臭で、もしかしたらみんな同じかもしれません。あるいは水槽を開けた時は臭いではなく、細かな水滴が鼻に飛んできたのかもしれません。ボルトの錆と塩素臭の関係は行き詰ってしまいました。

空気中の金属がさびやすい現象は他にもあります。前住んでいた金沢の近くに、千里浜という場所があります。能登半島の付け根の海岸です。砂浜が堅く締まっていて、自動車で走れるようになっています。ただしここを走った後は車体の底を後で水道水でよく洗っておかないといけません。海岸に近い建物は飛んでくる塩分で金属部分が錆びやすいです。雨水では錆ないように亜鉛をメッキしたトタン板が赤くさびている漁師街の風景は定番です。これは化学でよく知られた濃淡電池の原理です。2種類の金属が接している部分に水滴が付いた場合です。水に電解質である塩分が溶けていと、二つの金属と塩分の溶けた水によって電池ができて二つの金属のうち溶けやすいほうの金属がとけていきます。海岸近くの建物の金属部分はこうして錆びていきます。

この濃淡電池の錆は、2種類の金属がつながった部分、配管で鉄管と銅のパイプの溶接部分などでなくても起きます。鉄板の表面にたまたまどこかから金属の小さな粒子が飛んできて付着してもそこに水滴が付けば電池になり、腐食が進みます。さらに本当にひとつの金属でも電池ができます。溝のある金属に水滴が付くと、水滴の厚い部分と薄い部分ができます。金属の表面の水の膜には、空気中の酸素が溶けてきます。水の膜の薄い部分では酸素がたくさん溶けますが、水滴が厚く着いた部分では酸素は奥の金属まで達しません。ここでは溶存酸素の濃度に濃度差ができ、電池ができます。ちょうどボルトの溝に溜まった水滴です。完全に水に浸かっていたら濃度差はできません。細かな水滴が付く受水槽内部の水面上部はまさにこれです。塩素ガスでも塩化水素ガスでも反応は起きます。さらに水道水にはいろいろな電解質が含まれています。

鉄道関係者は線路から流れる電流による電食を心配します。配管業者はステンレス配管に塩酸や食塩水を流すときは応力腐食を心配します。塗装屋さんは塗装前の錆落としをしっかりするのも、残った錆から濃淡電池ができないようにです。いずれも学校で習った通りです。一方水道の世界では、塩素水や強酸性水など怪しいものが多いです。硬水を飲んでいる地区の方が、ここは超軟水でおいしいですとブログに平気で書いています。水道屋さんは水道の配管用の鉄管の内部に錆こぶができる理由を分かっていますか?残留塩素のせいと思っていませんか。これも濃淡電池(と鉄バクテリア)のせいです。【分類:水道】

※ 黒姫高原理科教室ではまだまだ水道の話を脱線しながらしていきます。 ※

[ 2016/08/20 ] 『黒姫高原理科教室』NO.141 FRP製 受水槽

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NO.142 野尻湖、青木湖


この季節の黒姫高原は、標高の高い分だけ、里や都会よりは気温が低く、エアコンは昼でも要らないが、黒姫山を登っていく風が断熱膨張で温度を下げる時に相対湿度を上げるので、黒姫高原の湿度は高い。そこで乾いた風の吹く野尻湖の湖岸によく休みに行く。野尻湖の湖岸では、昼間は地面より水面の方が比熱が高く、温まりにくいので陸地の方が早く温まり、陸の空気は温まって上昇し、そこへ湖から空気が陸に向かって吹く。海岸の海風と同じだ。さらに野尻湖の周りは山で囲まれているので、山の斜面を登る山岳風も加わって、湖岸に立つと、天気図では風の無い日でも絶えず湖から山に向かって風が吹いている。まだ山にぶつかる前なので、湿度も高くない。

ということで、この風に当たりに湿度の高い黒姫高原から野尻湖の湖岸に出かけています。冬場に水位の下がった野尻湖は、雪解けの関川の水を下の発電所から揚水して春にはいったん満水に戻り、都会から来た釣りのボートでにぎわっていた。昨年の花火大会の時は桟橋から水際がかなり遠のいていたが、先月の終わりの花火大会の時には、水位はほとんど減っていなかった。それが今月に入ってからは夕涼みに行くたびに、水位が下がっているのが分かる。先日は満水時には湖岸のコンクリートの壁の地面の数センチ下まであった水面が下がり、湖底の砂地が数メートル現れるまで、水位が1メートル近く下がっていた。

以前からこの教室で取り上げたように、野尻湖は、長野市の水道の水源になっていたこともありますが、今は別の水源に変わり取水口が残っているだけです。長野県にありながら、野尻湖の水を使う水利権は新潟県側の農業用水組合と東北電力にあります。

黒姫山の噴火で堰きとめられてできた野尻湖は、流入する河川がほとんどありません。このことは地質学的な時間で見れば、野尻湖は、すり鉢状の深い湖ができ、流入する大きな河川が無いので砂や泥が貯まらず、澄んだ水のまま残ったのです。これは、長野県民として、景観や、釣り客がやってくる観光資源として喜ぶべきことです。ところが短い時間スケールでは野尻湖は人工の溜池です。流入河川が無いので、灌漑や発電に水を使うとすぐ空になってしまいます。そこで春に雪解け水を下流の関川から揚水発電でくみ上げ湖を満水にして、農業用水と発電で使い、翌年また揚水して使う天然の湖沼をため池としての利用です。このための水利権は農業用水と電力会社が交代で使います。6月から8月いっぱい3か月は田んぼに水を引くために農業用水の番です。9月から冬までは発電用水。今年は猛暑で用水に水を引くためどんどん野尻湖の水位が下がっています。野尻湖は長野県民の物でも、水利権が越後にあるので、このまま続けば、遊覧船も座礁して桟橋に着けず、釣りのボートも出せません。何より湖底が露出することは生態系への影響ありです。実は長野県には他にも湖の水位が人工現象で大きく変わるところがあります。水位が大きく変わる例として青木湖、変わらない例として諏訪湖を両極端として話しましょう。

初めて青木湖に行ったのは学生時代のキャンプでした。当時、国鉄の中央線で塩尻駅を経由して松本からは長野駅まで篠の井線を走る登山客愛用の急行列車がありました。松本駅から、少しローカルな大糸線に乗り換え、穂高、白馬に向かいます。大糸線はフォッサマグナに沿って北に向かいます。北アルプスの東側、安曇野盆地を抜け、白馬駅への間の両側に山に挟まれた断層に仁科3湖が南北につながってあり、一番北が青木湖です。当時キャンプしたのは一番南の木崎湖です。中央線方面に一番近い木崎湖が仁科3湖ではキャンプ場などにぎわっていました。奥の青木湖は、周りを山と森で囲まれた淵の深そうな湖です。横溝正史の映画の湖のシーンのロケにも使われたようです。一見、手つかずの自然の雰囲気です。

フォッサマグナに沿って糸魚川から南に姫川を遡ってのドライブは、景色のよいルートです。小谷から白馬駅まで大糸線と姫川に沿って南に向かって登ります。白馬駅を過ぎ、白馬の道の駅を過ぎると左右の山が狭くなり、国道わきに姫川の源流の湧水の出ている自然園があります。白馬の道の駅を通る時は、近所のペンションの主人の出している苗屋さんに寄るのが恒例です。水芭蕉の苗もここで買いました。自然園の湧水には梅花藻(バイカモ)が育っています。登りはここで終わり。ここを過ぎるとすぐ青木湖です。今度は緩やかに南に向かった傾斜です。仁科3湖は緩やかに傾斜した断層にあり、小さな川でつながっています。横を走る国道はわずかに坂道で、一番北の青木湖は一番南の木崎湖より標高で60メートル程高いように思います。木崎湖からは南に流れる河川が出ています。一見ここが日本海へ注ぐ姫川と、南に流れる川の分水嶺に思えますが、そうではありません。木崎湖から流れて南に進む川は安曇野のワサビ園あたりで方向転換して北に向かい長野市の方向へ進み日本海に注ぐ千曲川の支流です。千曲川の支流は、このように長野ではいったん南に流れる地域がいくつかあります。仁科3湖を過ぎ信濃大町まで来ると、やはりいったん南に流れ、安曇野で北に反転する高瀬川の鉄橋を渡ります。昭和電工の大きな工場が横にあります。

仁科3湖は小さな川でつながっていて、一番奥の標高の高い青木湖には、注ぎこむ川が見当たりません。しかし安曇野は、北アルプスからの地下水や伏流水の多い土地です。盆地の途中で急に川ができることも不思議ではありません。ということで森に囲まれた青木湖の底から湧いた水が順に3つの湖を満水にしてくるのが想像できます。木崎湖の周りは賑やかで周回道路もありますが、青木湖の周りは、もちろん湖岸まで田んぼがありますが、どちらかというと横溝正史の映画のような、手つかずの自然の雰囲気でした。ところが冬の青木湖は違うのです。水位がものすごく下がっています。大都会の水源の貯水池で、水不足で水位が何メートルも下がり、表土が露出している景色のような具合です。湖水はどこに行ったのでしょうか。

実は青木湖も天然の溜池なのです。答えのヒントはアルミニウム。小学校で、アルミニウムの精練にはたくさんの電力が必要で、豊富な水力発電の電力を使います。昭和電工と言うと、私たち分析化学では、昭和電工さんはshodexブランドのHPLCのカラムで有名ですが、大町工場は明治に水力発電でアルミニウムの精錬を初めてやった会社です。そのための電力をひと山向こうの高瀬川から水を引き発電したのち、いったん青木湖に水をため、さらに標高差を使ってもう一度発電に使います。今でも青木湖の湖岸には水力発電所があります。明治に国賛事業で始めた以来、青木湖の水利権を使って今でも発電を行っているようです。青木湖やその景観は土地の物でも、水利権はアルミの精練以来、余所にあるのです。青木湖の静かな景観からは、発電用の溜池とは想像できません。それで渇水期の冬は野尻湖同様に水位が下がってしまい、湖底が露出です。水力発電所と言うと、大規模なダムを連想しますが、むしろダムは無理やり水を集める施設、渇水になると水位が下がります。水の豊富な長野では、ダムを作らず、川の水を堰き止め、パイプで山を越えさせ、落差のエネルギーで発電する小さな発電所が各地にあり、山の中で目立たない存在です。

高速で長野道から中央道に移る岡谷Jを通過する時に、諏訪湖が天竜川となって始まる取水堰の上を高架橋で通ります。有名な釜口堰です。長野市方向から走るとこの高架橋の終わりが、東京方向と名古屋方向の分岐です。分岐に気を使っているので、すぐ下が天竜川の源流が諏訪湖から始まる場所だと気づきません。諏訪湖は野尻湖、青木湖と違って、周りを囲む4方の山からたくさんの川が注いでいます。諏訪盆地に集まった水が全部諏訪湖に貯まります。一方、出て行く河川は天竜川だけ。天竜川は暴れ川として有名です。諏訪湖も周りの山から水が集まり、氾濫の心配があります。そのため唯一の出口、天竜川に大きな堰を古くから作り、水量の調整をしたのです。天竜川には佐久間ダム初め、ダムがあります。また下流ではダムの取水で、水無川になったところもあります。しかし諏訪湖そのものは水利権を持ったものがいないようです。むしろ釜口堰を調節して、諏訪湖の水位を絶えず一定にするよう努力しているようです。いつ行っても諏訪湖の景観が変わらないのはこのためです。諏訪湖の水位が一定であることの利益は、観光、自然保護などの面でたくさんあるはずです。

野尻湖の水利権を持つ、新潟県の関川の農業用水組合のHPを見ると、今年は渇水で用水の番水と言って、田んぼに取水する用水路の堰を交代で開くことを始めたようです。上越や高田の灌漑用水となっている関川の水源には、野尻湖以外に、妙高と黒姫山の間の県境に作った笹ヶ峰ダムがあります。このダムが渇水になってしまったようです。そのため今年は野尻湖の水利権をたっぷり使うようです。9月になって野尻湖の水利権が東北電力に移ると今度は冬まで発電用に取水です。野尻湖が干上がって、観光船が座礁したら、風評被害はどれほどでしょうか。

地下水には水利権はありません。現在 水利権は河川法の中にあります。地下水は土地の所有者に権利があるので、水資源目当てに山林を国外資本が買っていると言う話があります。これもおかしな話です。水をくみ上げる狭い土地さえ買えば、周りから浸透する地下水をくみ上げられるのは変です。一方湖沼や河川の水は売り物ではありません。野尻湖の水で遊んだりするのは自由です。しかし水は値段がつかなくても、水を使う権利は売買できます。これが免許とか水利権です。この水利権が河川法で守られています。しかも法律施行以前の不文律まで堅く保証されています。ご先祖が命がけで守った水利権ですから。先祖が行った灌漑用水の権利が子孫に免許として保証されています。水利権は水そのものの値段ではなく、免許料ですから更新を止めたら無くなります。青木湖ではもうアルミの精練はやっていないので、発電は必要ないのでは。せっかくの水利権があるからと、無理に使う必要はないのでは。

いつも行く野尻湖の湖岸の喫茶店兼ボート小屋の主人が、水位が日々下がっていくのを見て、信濃町の前のボスがタダ同然で水利権を新潟に売ってしまったと嘆いていました。笹ヶ峰ダムを作る費用よりとんでもなく安い値段だったのでしょう。【分類:野尻湖】

[ 2016/08/24 ] 『黒姫高原理科教室』NO.142 野尻湖、青木湖

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NO.143 野尻湖の水位


琵琶湖1周のサイクリングが自転車好きに人気です。湖岸道路が整備されていて、比較的平坦な道です。湖岸に沿ってなので坂が全く無さそうに思いますが、車でのドライブでは平坦ですが、自転車では適度なアップダウンの個所もあります。大津市付近の市街地の道路を走る南湖を避けて、琵琶湖大橋でショートカットする北湖一周コースは200キロメートル強で、ロードレーサーにはちょうど良い1日コースです。2度ほど回りました。金沢から敦賀まで輪行して、湖北から湖岸を左に見ながらスタートです。輪行という言葉をご存じない方もいるでしょう。自転車を列車内に持ち込む方法で、古くからあります。ヨーロッパを旅行すると、列車の車両に自転車をそのまま乗り入れています。日本でも最近このシステムを見かけますが稀です。日本では自転車はそのままでは列車内に持ち込めませんが輪行袋に入れたら持ち込めます。スポーツ用の自転車は軸受けの部分でフレームからホイールを外せます。前後の車輪を外したフレームの両側に外した車輪を重ねたら、コンパクトに成り、輪行袋に入れたら肩から担げます。ツーリング用の自転車では、輪行用にハンドルも外せる物があり、袋に入れるとタイヤの直径サイズ程度です。ただし分解に時間が多少かかります。最近は駅の改札口前で輪行用に自転車を分解している若者をたまにしか見かけません。ロードレーサーでは、前後のホイールをクイックレリーズで簡単に外せるので、ハンドルは外さず横に曲げるだけでフレームと両車輪を重ね袋に入れます。少し大きめの袋ですが、肩で担いで運び、列車のデッキに盗られないように置いて置きます。そういえばママチャリは鍵をかけないとよく盗まれますが、ロードレーサーは道の駅やコンビニで休憩中もあまり鍵をかけるライダーは見かけません。フレームを蝶つがいで折りたたんで車のトランクに入れる折りたたみ自転車は折りたたんでもやはり自転車でJRには持ち込めません。輪行用の布袋に入れた自転車は、JRに無料で持ち込めます。アマチュアスポーツ用品ですから。だからプロの競輪選手の輪行は有料で手回り品の切符が要ります。

琵琶湖一周は自動車でも、金沢から湖南の美術館や博物館に寄り、折り返すコースはちょうど良いドライブコースです。いつの間にか自転車から車になってしまいましたが、最近また自転車での琵琶湖一周がブームのようです。また若い子に負けずにロードレーサーで周回したいものです。しかし今度は輪行ではなく、湖北の道の駅に車を止めてスタートでしょう。ロードレーサーは、ホイールを外したフレームを簡単に車のルーフキャリヤーに固定できるので、車に自転車を積んで郊外まで移動してからチャリに乗るライダーが多いです。琵琶湖周回を湖北から左回りの始めると、最初は湖岸に沿った道路です。道の横のすぐ下が湖面です。やがて松林のある海岸のような砂浜の横を走ることもありますが、湖西側や近江八幡付近では湖岸風景は異なります。砂浜やコンクリートの湖岸では、湖と陸の境界線は明白ですが、それ以外では海岸線ならぬ湖岸線を地図に描いたらかなり複雑です。琵琶湖には内湖と呼ばれる湖とつながった池がたくさんあります。湖岸の陸地側に入江状になった水面や、もう少し大きく池や沼になって湖面と水路でつながったものもあります。小舟で移動できるほどの大きな内湖もあります。道路が左側通行のため、眺めの良い反時計回りに周回することが多いですが、こうした水面が道路の左側だけでなく、右にも点在します。多くは湿地帯です。葦原になっているので、湖と陸の境界線は分かりません。こうした内湖には、野鳥観察小屋や自然植物園も作られています。周回道路と琵琶湖の間に、こうした湿地が長く続いています。もし琵琶湖の湖岸線の長さを測ったら、地図上の平坦な琵琶湖の周囲の長さの数倍あるでしょう。また琵琶湖の水位は年間ほぼ一定に保たれ、琵琶湖基準水位というものがあり、洪水時や渇水期にはこれを基準に放流の調整がされています。コンクリートの湖岸や砂浜なら、潮位ではなく水位の変化は分かり易いですが、湿地帯では水位の変化も分かり難いです。

中央道の諏訪インターは、諏訪湖を見下ろす高台にあって、諏訪湖のむこうに霧ヶ峰や八ヶ岳を見渡すことのできる素晴らしい景観です。諏訪湖は地図では四角い形です。東の隅の方へ八ヶ岳の麓から流入する河川がいくつか注いでいます。西の角からは天竜川となって伊那谷を南下して流れ、太平洋に向かいます。諏訪湖のすぐ北の安曇野では、千曲川の支流が北に向かって流れ遠く日本海に向かいます。高速道路で言えば、中央道と長野道のジャンクションのトンネルが南北の分水嶺です。諏訪インターの展望台からはちょうど諏訪湖の東の岸が眼下に見えます。地図ではこの部分は、四角い諏訪湖の東南の一辺に三角形がつながっています。東の八ヶ岳方面から流入する河川が三角州を作っています。この三角州の当たりは今でも芦原になっていて、古い時代はこのあたりも諏訪湖の水面だったのが河川の堆積物によって三角州になったと想像できます。展望台から見下ろした湖面は、水面を菱が覆っています。菱の覆っていない湖底には沈下植物のマコモのような植物が見えます。菱が水面を覆っていると船の通航の邪魔になるようで、菱を刈った跡が水路のようになった水面が見えます。諏訪湖に流入する河川は多いけれど、流出する河川は天竜川ひとつだけで、諏訪湖からの流入部にある釜口堰きで諏訪湖の水位は一定に保たれています。

前回の続きです。野尻湖の水を灌漑用水として水利権を持つ、新潟の関川水系の農業用水の水源には野尻湖以外に、新潟県内の妙高山の裾に笹が峰ダム(ダム湖の名前は乙見湖)があります。野尻湖は天然の湖を灌漑用の溜池に利用ですが、こちらはダムでできた人工湖です。この農業用水の水源となっている二つの湖をグーグルマップで比べてみます。水面の面積を比べると、野尻湖は笹ヶ峰ダムの10倍ほど広いことが分かります。水面の表面積が10倍なら、笹ヶ峰ダムの水深1メートルまでの体積は、野尻湖では10分の1の、水深約10センチまでの体積と同じということです。農業用水を取水するのに、周りからの流入が無い渇水期には、笹ヶ峰ダムの水位を5メートル分下げるまで取水するのと同じ量の水を、野尻湖から取水すれば50センチ分で済むのです。今年の夏は猛暑で、笹ヶ峰ダムの水量が満水の6割に減っているので、新潟の農業用水は野尻湖の水を水利権の使える8月いっぱいはフルに使うのでしょう。新潟の水利権は野尻湖の水位で2メートル程度使うことができます。笹ヶ峰ダムの水深は10メートル強ですから、ダム湖の全水量より野尻湖の水利権の方が多いようです。ちなみに長野県では、グーグルマップでは諏訪湖と野尻湖を比べると、諏訪湖の方が広いように見えますが、諏訪湖は皿型の湖底で浅く、10メートルを超えません。一方野尻湖はすり鉢型の湖底で深く、湖の容積は野尻湖の方が大きいようです。

もともと山の斜面や谷だった場所をダムで堰きとめたダム湖は、渇水になって水位が下がれば水面下にあった斜面が現れます。渇水期のダムの水位が下がり、水没していた道路や、道路標識がそのまま表れる風景はよく見かけます。貯水池で水位が下がり、赤土の斜面が現れる光景は、貯めてあった水を使えば当然です。現れた水没地面は、湖底の藻が育っているわけではなく、水没前の地表と同じ表土です。野尻湖では8月末で水田に水を引く必要が無くなった後は、今度は冬場にかけて水力発電でさらに水位が下がります。水位の下がった野尻湖の湖底が露出するのは、冬のナウマンゾウの発掘には好都合ですが、ダム湖同様に水没植物のいない表土が現れるのは自然の湖と言えるのでしょうか。

数年前から野尻湖の水質悪化やカビ臭が問題にされました。以前は長野市の水道水の水源に使われていたのですが今は水源が野尻湖から変わったのでこの問題は消えたのでしょうか。遊覧船乗り場の近くの湖岸で、観光客相手にコイの餌を売っています。この場所は禁魚区で大きなコイが集まってきます。餌をやりながら、コイの息が魚臭いと観光客が言っていました。湖水にもまだわずかにカビ臭やアミン臭が残っています。野尻湖の水質改善のために、野尻湖に流入する伝九朗用水の途中に水質浄化のための水生植物園を作ったようです。高速の信濃町インター横の道の駅のすぐ下です。ビオトープを作って観光のため以外に水生植物で水の浄化をしようというのです。しかし伝九朗用水は雪解け時期以外水量が少なく、水生植物園は数年前から水がほとんど流れていません。野尻湖の水質浄化を水生植物で行うのなら、流入河川の途中でなく野尻湖の湖岸にもっと水生植物、水没植物が無ければいけません。

金沢の家ではメダカを池で飼っていました。庭を掘って作った池です。積雪のある金沢では、池の深さは25センチ以上ないと魚は越冬できません。25センチ以上あれば、水温4℃の水が一番重いので底に溜まり、それ以上冷えません。池を深く出来ない時は池の底に瓶を埋めます。こうしておけば寒さで凍ることはありません。ところが野尻湖の湖底はどうでしょう。湖岸付近の湖底に水生植物が育っても、冬になると水位が下がって干上がってしまいます。水面から露出した湖底や水深の浅い湖底では、寒冷地ではせっかく育った水生植物は成長できません。水を浄化するするマコモなどの水没植物は水際から太陽の光の届く水深1メートル付近に一番育ちます。琵琶湖でも諏訪湖でも、数十センチの水位変化なら水際植物には影響ありません。しかし水位で2メートル以上も水利権のある野尻湖や前回話した青木湖では、水際植物が育ちません。 外来種を持ち込み在来種を絶滅させると生態系を守る立場で釣り人を嫌うこともありましたが、今の野尻湖では、漁業組合がしっかりしているようです。観光客、釣り客と組んで、漁業権からもワカサギ漁を守るために水利権を変えることはできないでしょうか。【分類:野尻湖】

[ 2016/09/03 ] 『黒姫高原理科教室』NO.143 野尻湖の水位

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NO.144 水槽からの漏水


ある水道局で、水道水の臭いを主婦などの一般の方に嗅いでもらい、臭いを感じるかのテストをした結果、半数の人は臭いが気にならなかったという結果でした。似たような検査は前の職場でも社内でおこない、似た結果でした。言われるほど水道水は臭いがありません。

水道水に消毒用に添加されている遊離残留塩素の濃度は、末端の水栓(蛇口)で約0.4mg/lです。水道法では0.1mg/l以上あれば消毒効果があり、最近は塩素臭のしないおいしい水を供給する趣旨から低めに設定するようです。水道水の水質基準には臭いと味の項目があり、いづれも「異常の無いこと」が基準です。水道水の臭いの異常なことの例としては、魚臭、カビ臭や薬品臭がありますが、残留塩素そのものの臭いは異常には含まれません。この残留塩素の臭いは、臭覚に個人差があります。通常の濃度0.4mg/lでは感じないひともいれば、0.1mg/lを嗅ぎわける検査員もいます。

前々回 受水槽の検査の話でした。簡易専用水道の法定検査と言って、水道法34条で決められた検査機関が行う検査です。法的には簡易専用水道と呼ばれる建物全体の水道の系統の検査なのですが、地下やコンクリートの中の配管の検査はできないので、検査しやすい水槽の検査が中心で、やる方もつい、受水槽の検査と言ってしまいます。建築物の受水槽には水道水の受水槽以外に、雑用水に使う井戸水の水槽や、消防用の水槽もあります。水道水の受水槽の上部の点検用のマンホールを開けると、慣れた検査員なら水道水固有の塩素系の臭いがします。このため、水道水の受水槽の内部は錆びやすいのですが、この塩素系の臭いの化学物質は何か?この臭い物質が内部を錆させるのか、別の物質が原因かは水道関係者の間では以外に理解されていません。塩素ガスと言ったり、塩酸と言ったりです。

実は、受水槽の内部は以外といろいろのことが起きています。たとえば水槽内には波消し板というものがあります。何のためでしょう。水槽には水道水の配管がつながっていて、水が注がれています。満水になったら止めるのは、トイレのタンクの中にあるボールタップと同じものです。トイレのタンクでは水位が満水になるとボールタップが持ち上がって、水道の栓を閉じますが、受水槽に溜まる水量ではボールタップの着いた水栓から出る水量ではとても時間がかかります。そこで定水位弁というものを使います。メーカーの名を使ってFMバルブとよく呼びます。このバルブに入った水道水はメインの出口と、小さな出口から出ます。小さな方の先にボールタップが付いていて、これが浮き上がって補助栓を止めるとメインのバルブも水圧変化で電力など使わず止まるようにできています。この時メインのバルブが開いて水道水が流れ落ちるとき結構な勢いなので水面が揺れます。水面が揺れるといったん満水になって止まったボールタップが揺れて上下しまた補助栓が開き、それによってメインのバルブも開いて勢いよく水が出ての繰り返しが始まってしまいます。そのためボールタップの周りには波消し板が取り付けられています。

このように受水槽の内部の空間は結構 水しぶきや水滴が飛散して内壁にくっついています。このしぶきの成分は水道水と同じですので、ミネラル分も溶けています。水道水と言うとすぐ硬水軟水と言う方がいますが、水道水の主成分はまずナトリウムイオンや塩化物イオン、硫酸イオンなどです。水道の蛇口を開くと、都会ではしばらくは温い(ぬるい)水が出ますが、やがて冷たくなります。最初は配管に溜まっていた水が出て、その後水槽の中の水に置き換わって冷たくなります。水槽内の水道水がうまく入れ換わっていれば、地下の水道管を流れる水道水の水温は低く、冷たい水が出ますが、もし受水槽の容量が大きすぎて1日で入れ変わらなければ、気温で温まり水温が上がります。こうした、幾ら流しても水温の下がらない水道水は問題です。溜まって水温の上がった水道水は、消毒用の残留塩素も分解して消滅し、消毒効果がありません。

屋外に設置した受水槽では、気温や日照の変化で水槽内部の水が蒸発、内壁に水滴となって結露します。この時の水滴は、先の飛散した水滴と違って、蒸発した成分なので真水です。受水槽の内部が錆びやすいのは、屋外より、ひんやりとした屋内に設置した方なのは、屋外では塩分を含むしぶきを、蒸発した水滴が洗い流してくれる原因もあります。

水道水に含まれている残留塩素成分が気化して受水槽内部の空間の内面を錆させるのに似た現象に屋内プールがあります。プール水は残留塩素の含まれる水道水を使い、さらに法令で残留塩素濃度を決められています。屋外プールでは風で飛散するので問題ありませんが、屋内プールではこのため、室内の塩素ガスの濃度を規制しています。たとえば学校のプールでは、学校環境衛生基準で屋内プールの室内の塩素ガスの濃度を0.5PPM以下と決めています。プールではもともと水道水に含まれている残留塩素濃度だけでは不足の場合、イソシアヌール酸と言う塩素剤を添加します。水道水の残留塩素添加用に使う次亜塩素酸よりゆっくり溶けるので、残留塩素の持続性が長いのです。水道の消毒に使う塩素はこの残留と言う文字が付いていることが重要です。たとえば最近、プールでオゾン消毒が行われていますが、オゾンは細菌を滅菌しますが、溶けたオゾンはすぐ消滅してしまい効果が持続しません。消毒と言うのは貯めてある状態でも効果が続く必要があり、このためオゾン消毒は消毒ではなく水の浄化として扱われます。

学校保健法の学校環境衛生基準では、プール水の遊離残留塩素は0.4mg/l程度が好ましい、同じく室内プールの室内塩素ガス濃度は0.5PPM以下が好ましい、とあります。この二つの数字の関係を脱線して考えます。 似たような数字や単位は、同じ学校環境衛生基準の教室のシックハウス原因物質のホルムアルデヒド濃度があります。基準ではホルムアルデヒド濃度は0.08PPM以下となっています。

少し化学をやった方なら、水道水などの水に溶けている成分の濃度を表わす単位でもPPMを使うのをご存じでしょう。化学ではいろいろな正しい単位や、ほんとは正しくないけど一般で使われている単位があります。水溶液中の成分の濃度を表わすにも、mg/lやmg/kgとか モルなどがあります。水道では水1リットル中に溶けている成分の重量をmgで表わしたmg/lをよく使います。正式ではないのですがあまり濃くない濃度の水は、1リットルの重さはほぼ1kgなので,1リットルと1kgは区別しないことがあります。よく使う%と言う単位は実は濃度の単位ではありません。割合の記号です。1%の食塩水と言うと、100g中に1g溶けている濃度でなく、割合です。% のほかに1/1000の割合を表す0/00(プロミル)と言う記号もあります。PPMと言うのは1/1000000(百万分の一)を表わす記号です。1mg/kgに相当します。そこで水道水などでは1mg/lでもPPMと書くことがあります。水道水では1mg/lも、1PPMも同じものです。

一方 シックハウスは水の中の成分の濃度ではなく、空気中に含まれる成分の濃度です。空気1立方メートルに1立方センチ含まれるのが1PPMになります。重さでなく体積比に注意してください。厚生労働省のシックハウスの基準値を見ると、ホルムアルデヒドの基準は0.08PPM または100μg/m3と書いてあります。水道水ではmg/lとPPMは同じ数字です。室内空気の濃度ではPPMと重さの単位で数字が全く別なのに疑問を持ちませんでしたか。

化学に関心のある読者のために、換算方法を説明します。この教室でもずいぶん前に出てきましたが、アボガドロ定数と言うものがあります。これを使うのです。水に溶けている成分の割合や濃度は最初から重さで測りますが、空気に含まれている成分は容積の割合で測ります。アボガドロ定数では、気体22.4リットルの重さが1モルです。モル数に分子量をかければgの重さになります。こうしてホルムアルデヒド0.08PPMを重さに換算すると100μg/m3になるのです。室内プールの場合 塩素ガス濃度の基準0.5PPMは換算すると1500μg/m3 あるいは1.5mg/m3 になります。水道水中に含まれる残留塩素量は1リットル中に約0.4mgです。プールの水量は1000m3ほどありますから塩素が全部気化すれば基準値を超えますが、実際には水中の遊離残留塩素は気化せず、分解するか、塩酸になるか、アンモニアと結合して無くなります。学校の室内プールでも基準値とは別に管理値を0.1PPMとしていますが、これを超えることはめったにありません。塩素ガスより、水中の残留塩素が有機物と反応してできるトリハロメタンの方が心配です。それを言い出せば、日焼け止めクリームの臭いの方が異臭になりそうです。

簡易専用水道の法定検査の話が脱線しました。水道水を直接水栓(蛇口)までつないで流す一戸建ての家庭では末端の水質まで水道局が保証します。もし異臭がするなと思ったら、水道局に電話すればタダで水質検査をします。ただし水道配管に使う水道器具はすべて水道で認可された機材でなければいけません。井戸水を水源に使った自家用井戸は自由に使えば良いです。業務に使う場合は保健所の水質検査に合格しないといけません。水道水をいったん水槽に貯めて使う、学校やマンションの場合はメーターより先は水道局は責任を持ちません。でも使う水道機材は認可されたものでないといけません。将来はこうした受水槽は無くなり、3階以上の建物も水道管に直結するはずです。今は水圧が低く、浄水場で勝手に水圧を上げると古い配管は破裂します、建物の高い階に届かないからです。

簡易専用水道の法定検査は、こうした中途半端な性格で、本来は法律で年1回行っている業者の水槽の清掃に任しておけばよいはずです。あえて検査を行うのなら、受水槽の容量が水の需要に対して大きすぎ、古い水が残って消毒効果が消えていないかの点検です。最近ようやくこの方向に向かっているようで、以前は水槽の容積は大きいほうが、災害時の非常水源になると考える公務員もいました。そのため法定検査の項目も、公務員でもできるような簡単な外観検査です。もちろん合格証をありがたがる国なので、検査料金を取ります。基本的には雨水や虫が水槽内に入って汚染しないかの点検です。中には不思議な項目もあります。水槽にひび割れ、漏水の無いことです。配管やポンプ、例の定水位弁などは公務員には理解できませんから対象外と言うか、研修でも触るなと言われます。水槽のひび割れは分かるとして、水漏れはどうでしょうか。台所の水道の蛇口の締め方が悪くぽたぽた落ちているのが気になる方には、当然と思われるでしょう。でも検査をしていて水槽から水がぽたぽた落ちていることは偶にあります。FRPの受水槽の構造は、四角いパネルをゴムのパッキンをかましてボルト締めなので、水位が上下して水圧が変わるので、パッキンが劣化しやすいのです。水漏れの修理は困難です。水漏れ個所を付きとめるのは無理ですので、水を抜いた清掃の時に内部を全部コーテイングするしかありません。もちろんパッキンは全部つながっているので、水槽を全部ばらさないと交換できません。 そんな時、所有者から水が多少漏れたって、水道代払うのは自分だから、このまま他っておいてどこが悪い。水槽にネズミの死骸があるのも、数滴の水漏れも同じ法律に不適と保健所に報告されては困る。こう言われても判定基準にあるのでとしか返事できません。ひび割れは同じ隙間から雨水が入る可能性がりますが、水漏れはタンクに水が入っている限り逆流はありません。 このように、日本の受水槽は「内部は完全に防水密閉であること」となっています。1滴の水漏れも見逃さないのですから、もし木でできた水槽に出合った、よく教育された検査員なら、樹脂加工していない木製は不適合です。ただちに内部を塗装でコーテイングして完全防水にして下さいと言うはずです。

実は最近、ニューヨークのビルの屋上で見かけるような、木製の樽型の水槽を国内で見かけるようになりました。木製の水槽は、水が木の表面から気化して気化熱を奪い夏でも冷たい、と言う広告も見たことがあります。実施に国内で使われている木製水槽は看板というか、建物のオシャレと言うか、ファッションで実は中は樹脂でコーテイングしてあるのでしょう。不思議なことに、簡易専用水道の構造設備には、水槽の材質欄にFRP,強化コンクリート、鋼鉄、ステンレスと並んで木と書いたものがあります。(簡易専用水道の規格は自治体が決めるので、地方によります)【分類:水道】

[ 2016/09/03 ] 『黒姫高原理科教室』NO.144 水槽からの漏水

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NO.145 黒姫駅の転車台


先日の日曜日に、北しなの鉄道のイベントで黒姫駅の転車台の公開がありました。鉄道ファンとして見学に行きましたが、同好の仲間は皆さん同世代が多く集まっていました。国鉄時代はまだ各地に転車台があり、子供向きの絵本でも汽車や駅の絵で、ターンテーブルとしっかり呼んでいましたので、転車台よりこの方が馴染んでいます。以前、黒姫駅のホームから蒸気機関車のころ使っていたターンテーブルを線路隅に見つけた時は、変わった形の転車台と言う印象でした。今でもSLの走っていた機関区に残っている物はコンクリートで出来た円形の穴の回転台にSLを載せて方向転換する鉄橋のような構造体が乗っかっています。黒姫駅で見かけた物は、この鉄橋の周りに鉄骨のアームが丸く組んであります。今回のイベントで、以前はこの鉄骨の上に板が貼ってあったと説明がありました。鉄橋部分を回転させるため、鉄橋部分以外は、掘り下げた空間が残っているので積雪地帯では雪が貯まってしまい、鉄橋部分が回転できなく成ってしまいます。地表面の位置で丸く板で覆い、雪が転車台の中に貯まらないようにした豪雪地ならではの物でした。今は表面を覆っていた板が全部無く成り、鉄骨がむき出しですが、現役時代はちょうど、円形の板張りの 劇場の周り舞台か、中華料理のテーブルの様な外観だった筈です。

鉄道ファンとしては黒姫駅については、JRからも外されたローカル線の旧信越本線の駅が今でもりっぱな複線である理由に興味がありますが、まずは理科教室として取り上げます。今は廃止されている黒姫駅の転車台はSLを載せて回転する鉄橋部分が18メートルあり、連結器など車体は少しはみ出すけどあのD51の車輪がぎりぎり上に乗ったそうです。回転する鉄橋部分の中央に鉄骨でアーチを作り、その上部の真ん中、回転の中心点に電線が転車台横の電柱からつながっています。鉄橋部分が回転しても、電線が動かない構造になっています。その電線は鉄橋の端っこに在る人一人が立って入れる小屋につながっています。鉄橋の両端には車輪があり、円形のコンクリートの回転台の円周部分の底に敷かれたレールの上で回り、円周を移動します。この車輪を電動で動かす為の電線です。説明ではこのモーターは以前から壊れていて、現役の最後の頃は人が押して回転させたと言うことでした。レールや車輪を使っていたとはいえ、重い機関車を載せた鉄橋を人が押すだけで簡単に動かせたのかが疑問でした。今回の理科教室の内容は、重い回転台を軽く回す方法です。もちろん今回現場を観察することで答えが分かりました。

最初私が描いていた転車台の構造のイメージはこんなものです。円形に掘った穴の円周部分の底にレールを丸く敷きます。その上に円形の穴の直径ぎりぎりの鉄橋をはめます。鉄橋の上には線路が敷いてあります。鉄橋の両端の下部には円形のレールに合わせて車輪が着いています。鉄橋の中心部分の底にはうまく回転するように中心軸が着いています。これが無いと、うまく回転しないので中心軸は必要な筈です。回転する鉄橋の両端の底には2個ずつ車輪があるでしょう。この車輪すべてではなく、どれか1個を減速歯車を着けた電動機で回せば、ゆっくり回転するでしょう。しかしこれを電動機が壊れた後も人が押して回転させることができたほど軽く回せた理由は何故でしょう。鉄のレールと車輪の摩擦は以外と小さく、鉄道ファンなら、静止している鉄道車両を人が押して動かすのは可能なことを知っています。最初は静止摩擦係数のほうが大きいのですが、いったん動き出せば動摩擦係数は小さく成り数人で押せます。但しこれは直線のレールで、鉄道用のテーパーのある車輪とそれに合った断面のレールの場合です。円形の線路の場合は余計な力がかかります。

今回黒姫駅の転車台で確認したところ、回転用の円形に敷かれたレールはかなり錆びていましたが、平車輪と平レールでした。これではまともに重い機関車を載せたら、摩擦が大きくて人力では回転するのは重すぎます。レールから脱線しないよう車輪に着けたフランジは片側か両側かは立ち入り禁止のため確認できませんでした。しかし錆びているとはいえ円形の平面レールの表面には摩耗の跡が無く、鉄のフランジで擦った跡もありません。あまり車輪に力がかかっていなかったという事です。これだけのD51などのSLを載せた重量を両端の車輪だけで支えていたのなら、回転させるのが重いだけではなく、車輪の摩擦でレールが摩耗しているはずです。それがありません。

転車台の外観からの鉄橋のイメージ、比較的川幅のせまい河川に架けた橋脚のない鉄製の桁橋で重量を両岸の橋桁の両端だけで支えている構造を最初考えていました。一緒に見学していた鉄道ファンの方が、転車台の固定方法がずいぶんと簡単だと言っていたのがヒントに成りました。回転する鉄橋部分の上に敷いたレールと、路線から伸びているレールが円周部分でつながる個所の事です。路線側のレールと、転車台側のレールの間には、回転させるための隙間の1センチ程度が空いていますが、路線側のレールと回転する台の方のレールをぴったり合わせたり、動かないように固定する装置が見当たりません。重いSLがこの回転部分から路線側に移る時にレールがずれて脱線しないような対策は必要ないのでしょうか。回転する鉄橋と一緒に動く小屋の横にはブレーキ用のハンドルが在ります。 このハンドルからロッドが下に伸びているので車輪のブレーキかもしれません。ハンドルからは別のロッドが伸び、こちらは回転台と地面の隙間を覆う為の板がスライドする仕組みに成っています。人がつまずかない為です。回転する側のレールと路線側のレールを直接固定する機構はありません。

この回転台側のレールと路線側のレールの隙間をよく観察すると全ての謎が分かりました。レールの隙間は両端に2箇所あります。両方とも回転させる為、1センチ程度の隙間はあります。普通の鉄道線路では、レールの連結部分、昔の列車に乗っていて、ガタンゴトン音のする部分です、ここはレールとレールの隙間が熱での膨張のためわざと1センチほど空けてあります、徐行運転なら転車台のこの隙間は問題ありません。レールを上から見た平面図でのずれ、これも駅のポイントの切り替え部分を見れば結構隙間があるように、1センチ程度ずれても問題ありません。問題は上下のずれです。最初見学した側では線路の上下のずれはほとんどありませんでした。ところが鉄橋の反対側に周って、もう一方の接続箇所を見ると回転台側のレールが路線側のレールより1センチ以上高く成っていました。もちろん通常の鉄道線路ではあり得ない段差です。SLにとっては車止め同様の高さです。最初観た時はこの段差は、放置された間に地盤沈下したのかと思いました。しかし昔の鉄道施設は頑丈に出来ている筈です。答えはこの記事の最初に書いた、芝居の周り舞台です。円形の構造物を軽く回転させる為には中心軸で支えて回転させるのが摩擦が少なく成ります。最初に描いたイメージは、両端にキャスターの付いたベットを回転させるものでした。キャスターにベアリングが付いていなければうまくくるくる回せません。軽く回すには、今は見かけないLPレコードのターンテーブルの構造です。中華料理のテーブルも同じ。回転する中心で支えれば軽く回ります。円盤状でなくて四角でも、回転の中心にある軸で支えれば良いのです。気が付けば名前も同じターンテーブルでした。

ターンテーブルを軽く回転させる為には重心がとれている事が必要です。何も乗っていない時は当然重心は中心軸にとれていますが、重いものを載せても重心がとれていれば軽く回転できます。転車台の鉄橋部分は中央の底にある軸は回転を円滑にするためのコンパスの針の先の様な物ではなく、鉄橋の重さを支える軸です。この部分を中心に鉄橋部分がシーソーのように左右がわずかに上下します。普段はバランスがとれていて両端の車輪には重さがかかりません。小屋やモーターのある側がわずかに重く円形レールに接しています。重量がほとんど掛っていないので小さなモーターや人力で動かせます。ここにD51などの重量物が載っても、重心がとれていれば軽く回転できます。確かにSLの車体は運転席より前にある大きな動輪やピストンが重そうで、重心が前にありそうですが、後ろに水と石炭を積んだ重い炭水車をつないでいるので全体の重心は真ん中にありそうです。SLは常に炭水車を後ろに連結しています。転車台に乗る時もです。18メートルの転車台の上で、あと10センチとか言って停止位置を決めている姿が想像できます。18メートルはD51を載せるぎりぎりの長さです。

SLやELが上に載って重心がとれている時は転車台の下の車輪にはあまり力がかからないので軽くターンテーブルを回転できます。上に載ったSLが台から降りるため移動すると重量が回転台の端にかかり下にある車輪の摩擦力が増え、その重さで回転台は簡単には動かなくなっています。特に固定装置が無くても、乗っかった重さで固定されるのです。

イベントの当日、会場では北しなの鉄道の社長も参加され、転車台の保存の為の良いアイデアは無いかと聴かれていました。以外と鉄道の転車台は今でも各地に現役も含め残っているようですが、かってのSL王国長野ではあまり残っていない様です。何かアイデアを出したいものです。

日本語では単に鉄であるが、英語ではアイアン(鉄)と言うと銑鉄を指し、鋼鉄についてはスチールと呼び分けている。アイアン(鉄)とスチール(鋼)は別のものとして扱われている。(参考までに鉄鉱石を高炉で製鉄すると炭素の多い銑鉄ができ、転炉で炭素を減らすと鋼鉄に変わる)鉄道でも銑鉄で鋳造したものがアイアンレール、鋼鉄を鍛造したものがスチールレールと別のものです。鉄に関わる文明の差があります。鉄道は文字どうりヨーロッパの鉄の文明の産物です。それを真似できた先輩技術者も偉いです。今回の記事は、転車台を例に、どうして軽く回る、固定装置が無いけど大丈夫と言う疑問を現場を観察することで答えを出す科学的手法の例でした。

今ではJRからも外れ北信濃鉄道に成った旧信越本線の黒姫駅は、幾つか不思議な事があります。信越本線が当時の長野新幹線完成で分断され、日本海側から高崎まで直通で無くなってからずいぶん時間が経ちました。それ以前でも新潟方面から東京には信越本線より上越線の方が特急が多く走っていました。上越本線でなく上越線で、本線が付きません。その後、新潟東京間に上越新幹線ができ、金沢東京間はほくほく線のショートカットができ、信越本線は一層ローカル線です。信越本線の新潟と長野の県境近くにある二本木駅は新潟唯一のスイッチバックです。長野県ではスイッチバックは姨捨駅にもあり、山国の長野では珍しくないですが、新潟ではこんな所になぜスイッチバックがと思います。グーグルマップを見ると二本木駅の隣の関山駅にもスイッチバックの痕跡があります。

そんな単線ローカル線の信越本線で、なぜ黒姫駅付近だけが複線なのでしょう。昔は黒姫駅はずいぶん賑わった駅だったのでしょうか。今の北しなの鉄道を黒姫駅から長野方向に向かっても、やはり単線です。黒姫駅の隣の無人駅の古間では、ホームが二つあり、撤去した線路跡が2路線あります。実はこれは複線の跡ではなく、交換用線路の跡です。鉄道は難しい言葉を使います。駅で交換と言うと、古いマニアはタブレットの交換を思い出します。若い頃、山登りで中央線に乗ると、駅ごとに運転手がリングに付いたタブレットを受け渡ししていました。通過する駅では、上手にリングをポールに引っかけていました。今回の交換はこのタブレット交換ではなく、列車交換です。普通の言葉ではすれ違いです。列車の交換(すれ違い)のための退避線用のホームがあったのがずいぶん前に撤去されたのです。隣の黒姫駅から複線に成ったので、手前の駅で交換の必要が無くなったからです。信越本線は明治に作られた古い路線の一つです。その後、新潟東京間の旅客用には上越線ができ、信越本線は貨物用の路線に成りました。戦前の日本で、多くの貨物や軍事用品がD51で運ばれた筈です。単線なので退避線が主要な駅に作られたのですが、黒姫妙高間だけなぜ複線なのでしょう。【分類:化学】

[ 2016/09/14 ] 『黒姫高原理科教室』NO.145 黒姫駅の転車台

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NO.146 黒姫高原の土とシリカ


黒姫高原の山荘では、道路わきの幅5メートルは冬には公道の除雪スペースになるので樹木を植えたり、構造物をつくれません。今年は雑草が生えていたこのスペースに畝を作り畑にしました。初夏にカモミールの収穫に始まり、今月のミョウガで終了、まだ畝には青ジソがたくさん残っているが食いきれず残って虫が食っています。昨年は山荘の周りの樹木の低い枝を払ったので日照が良くなり収穫につながりました。来年は雑草が生えないように山荘周りを芝にする計画があります。

芝はイネ科の植物なので、肥料の問題があります。植物の肥料としては、3大肥料として窒素、リン酸、カリウムがあり、化成肥料にも油かすや鶏ふん等の有機肥料の袋には、5-5-5とか窒素、リン酸、カリウムの割合が記載されています。これ以外にも鉄やモリブデンなど微量肥料分があります。この中には含まれていませんが、イネ科の植物には成長にケイ酸が必要です。稲を育てるのにこのケイ酸が不足すると、倒れやすい稲に成る様です。ケイ酸はガラスの成分で、稲の葉にもガラス質が含まれている様です。イネ科の植物の葉は手を切るほど堅いです。農家ではケイ酸肥料をケイカルと呼んでいます。ケイ酸カルシウムのことです。

ケイ酸とは、元素記号でSiと書くケイ素と言う元素の化合物です。この教室でも、岩石をつくる鉱物の主な成分がケイ酸であることを話しました。地球の表面に存在する元素では酸素に次いで2番目に多い元素です。表面と言う言葉に注意いしてください。この元素の多い順をクラーク数と呼び、学校でも昔は習いました。でもこのクラーク数って少し怪しいので最近は教えないかもしれません。クラーク数は化学者が地表や地下を掘って手にした標本の鉱物を分析して出した値です。どこを掘ったサンプラかで、かなり値が変わってきます。 脱線ついでにクラーク数の順では、酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄と言った順です。水H2Oを作っている酸素と水素で、一方の水素が登場しませんが、クラーク数は重さの順なので軽い水素は後ろに下がります。地表には海や空気もありますが、重さではほとんどが岩石ですから、鉱物を作っている主成分の酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄が多いのです。アルミニウムや鉄は鉱物を作る成分としてどこにでもあるのですが、資源として採算のとれるのは限られた場所にある精練しやすい鉱石、ボーキサイトだけです。地球全体としては地球の核は溶けた鉄ですから、圧倒的に鉄で出来ています。

サンゴ礁から出来た石灰岩以外の、火山の噴火やマグマから出来た岩石はほとんどケイ酸塩鉱物です。花崗岩が風化して細かく成って砂になるように、多くの砂の成分はケイ酸です。以前、倒れやすい稲には、河原やダムに堆積した砂を撒けば効果があると言うヒトがいましたが、こうした鉱物状のケイ酸は植物には吸収されません。稲のもみ殻にはイネ科の植物なので当然ケイ酸が多く含まれています。もみ殻の硬さはケイ酸の結晶の為です。ただし、もみ殻も含め、植物中のケイ酸は鉱物状のため、もみ殻を直接畑に撒いてもケイ酸は吸収されません。もみ殻は大変かさばるので長野では刈り取った後の田んぼで焼いてクン炭にして、再度土に返すようです。またもみ殻を牛糞と混ぜ発酵させて堆肥を作る業者があります。こうした加工を行うと、ケイ酸が吸収され易くなる可能性はあります。

ケイ酸肥料として売られている“ケイカル”ケイ酸カルシウムなどの肥料には「く溶性」と書かれています。肥料には溶け具合で、すぐに成分の溶ける水溶性や、徐々に溶ける可溶性があります。さらに溶け難い種類に “く溶性”と言う分類があります。この分類は粒状の肥料の崩れやすさ、崩壊度の差ではありません。肥料の成分が根から吸収される速さの違いです。実は植物の根からは酸が出ています。この酸で土壌の成分を溶かして吸収しています。そこで水にすぐに成分の溶ける水溶性肥料以外に、可溶性肥料はごく薄い酸に溶ける物、さらに濃いクエン酸に溶ける物を、く溶性肥料と決めています。クエン酸の(く)です。クエン酸を使って試験しているのは根から出る酸がクエン酸だからではなく、酸の強さを決めるpHがちょうど良いからです。油かすなどの有機肥料は、バクテリアが分解しないと吸収出来ないので不溶性肥料と成ります。植物は根から酸を出して土壌の成分や鉱物を溶かして栄養を吸収出来るのです。ただしこの酸は塩酸などより弱い酸なので、鉱物を作っているケイ酸を溶かしてケイ素を吸収することはできません。鉱物を作っているケイ酸塩は塩酸でも溶けません。強力な酸として有名な 王水(塩酸と硝酸の混合物)でも溶かせません。それでは鉱物学者はどうやってケイ酸塩鉱物を溶かして分析するのでしょう。

ケイ酸塩鉱物は分析化学でも、溶かし難い試料なのですが、分析の目的によってどこまで溶かすかと言う差があるのです。同じ川の水をサンプリングして来ても、分析の目的によって、あるいは何のために分析するかと言う法律によって溶かし方が違ってきます。たとえば、ここに川から採った水があるとします。採ったサンプルを入れたポリ容器の底には小石や砂が溜まっています。

この川の水を水道の原水として分析する時は、厚生労働省の管轄です。この時は底に溜まった砂は分析しません。上澄みだけをろ過して分析します。分析では前処理として塩酸や硝酸と言った酸を加えて加熱分解しますが、この時に試料にケイ酸塩鉱物を含む細かな砂や泥が混ざっていてもこうした酸では鉱物は溶けませんから、ろ過して除き、溶けている成分だけを測定します。この方法で測るケイ素はもともと水に溶けている溶存シリカと呼んでいるケイ酸だけが数字になります。もっとも水道水質基準にはケイ素は健康には無関係なのでということで入っていません。

河川を環境基準として扱う場合には分析方法や項目が違ってきます。こちらは環境省や経済産業省の管轄で、使う分析方法も水道法とは違う公定法です。こちらでは、ケイ素は細かく分類します。水に溶けているイオン状シリカは、サンプルをろ過するだけで何も酸を加えず測定します。サンプルに塩酸を加え加熱することで、水に溶けていないコロイド状シリカを測ることができます。さらに河川の分析では底質分析があります。底質というのは川底の石や砂のことです。この底質分析では川底の堆積物をすくって分析します。底質分析方法と言うものが公定法として決められていますが、これには試料をろ過して水に溶ける成分だけを測る溶出試験と、砂もすべて測る全量試験があります。全量試験と言うと酸を加えてすべて溶かす分析方法かと想像されるでしょうが、河川の底質分析はそうではありません。砂や小石を含む試料に酸を加え煮ます。塩酸では弱いので硝酸も加え王水にします。この方法でぐつぐつ煮た後、ビーカーの底には砂がそのまま残っています。王水では砂は溶けません。この方法で言う全量とは、砂の表面に張り付いている有機物を全部溶かすと言うことで、砂の成分の分析ではありません。底質分析は環境分析なので、砂の成分まで測る必要がないのです。最近の分析方法ではICPなどでケイ素を測りますが、この方法ではすべてのケイ素、全ケイ素、を測っているので、目的に応じた細かな分析ができません。ICPは感度もよく、操作も簡単ですが、たとえば超純水の性能チエックでは溶けているイオン状のシリカだけを測る必要があり、ICPではできず今でも熟練者による手分析で超微量のシリカイオンを測ります。さらに非破壊検査と言って試料を溶かさず直接測定機器にかけるEDXなどでも測るのは全ケイ素で、シリカイオンだけを測ることは出来ないので、こうした目的ごとの分析は今でも職人技術者任せです。

河川でなく肥料分析方法ではさらに細かく分析方法を区別しています。肥料の成分にケイ酸は入っていますが、植物に吸収されない鉱物中のケイ酸塩成分を測っても意味がありません。そこで肥料分析方法ではサンプルの前処理で溶かす酸の強さで区別しています。植物の根から出る酸と同じ強さのクエン酸を加えて溶かすことで、植物が吸収できる可吸態ケイ素だけを測っています。これが肥料の吸収性の分類方法になっています。

それでは、鉱物学者が鉱物の成分を測りたい時はどうするのでしょう。ケイ酸塩鉱物は王水でも溶けません。酸でダメならアルカリです。家庭では強い酸やアルカリをガラス容器に入れる機会は少ないですが、実験室ではよくあることです。中学の化学でも、塩酸はガラス瓶に入れますが、アルカリの苛性ソーダはガラス瓶に入れ、ガラスの栓をするとガラスが溶けくっつくので、ゴム栓をすると習いませんでしたか。実際、実験用の硬質ガラスは酸を入れて加熱しても無事ですが、アルカリを入れて加熱すると、使っているうちに底に穴が開くことがあります。硬質ガラスもケイ酸塩岩石も成分は似ています。ケイ酸塩鉱物を溶かす強力な方法は、濃いアルカリの溶液で加熱して溶かすアルカリ溶解もありますが、もっと強力なのはアルカリ性の塩、炭酸ナトリウムなどの粉を水を加えず加熱して溶かし、900℃くらい加熱します、そこに鉱物の粉を一緒に入れて溶かす方法、アルカリ溶融です。この方法の問題は容器です。昔、子供の謎に何でも溶かす酸が出来たけど何の容器に入れると言う問題がありましたが、ほんとに何でも溶かす酸はエイリアンの映画だけで実際にはありません、でもアルカリ溶融ではガラスもセラミックも鉄も使えません。溶けない容器は白金るつぼしかありません。昔は分析化学の実験室には金庫があって白金るつぼを入れていました。【分類:化学】

[ 2016/09/30 ] 『黒姫高原理科教室』NO.146 黒姫高原の土とシリカ

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NO.147 黒姫高原の土とリン酸


土壌中のケイ酸肥料の話の次はリン酸肥料です。こっちらの方は、窒素、リン酸、カリの肥料の3要素です。それにリン酸は黒姫高原の黒ボク土と深い関係があります。リン酸を含む肥料は、窒素、リン酸、カリウムの配合比を示した5-5-5と言った表示がありますが、それとは別にやはり水溶性とか可溶性、く溶性といった区別がやはりあります。特にリン酸は水にすぐ溶けるリン酸アンモニウムが成分の水溶性肥料や、リン酸カルシウムの様な水に溶けない塩が成分で、根から出た酸でゆっくり溶ける、く溶性肥料があります。もちろんすぐ水に溶ける水溶性肥料の方が優れている訳ではなく、使う目的によります。またリン酸はケイ酸などの鉱物の主成分と違って、肥料を作る場合の資源に限られています。昔習った、リン鉱石は海鳥の糞が堆積して出来た物で、これからリン酸肥料を作るので「ペルーなどの海洋国の主要輸出品です」と言った時代は過ぎ、リン鉱石は枯渇している様です。今ではリン酸肥料の資源は意外な所に在り、鉄鉱石から製鉄を行う時に出るスラグに不純物として含まれているリンを回収している様です。この製鉄も現在衰退でリン酸は資源としては枯渇してきていて、一方化学肥料の需要は増えている様です。本当にリン酸の肥料は必要なのでしょうか。

さて、黒姫高原はどこに行っても真っ黒な黒ボク土です。同じ火山灰からできた土壌に関東ロームなどの赤土があります。こちらは火山灰が堆積しただけの粘土質で農耕には不向きです。黒ボク土は火山灰が堆積しただけではなく、長年にわたってその上にできた草原の草が堆積して混ざり有機物の多い土壌になっています。黒ボク土の黒はホームセンターで売っている腐葉土の黒い色と同じです。そのため黒ボク土は水はけが良く、耕しやすい柔らかさがあり、畑作りに必要な団粒を作りやすいなど優れた“ほくほく”な土ですが、少し火山灰が細かすぎ、いったんどこかに付着すると黒い微粒子がとれません。それより悪いのは、腐葉分が多く有機物に富んだ肥えた土のように思うと、あまり作物が育ちません。火山灰に含まれる成分が原因です。黒姫高原では、ヤマアジサイやガクアジサイの仲間の甘茶の栽培が盛んです。アジサイの花の色は土壌に含まれるアルミニウムと土壌の酸性で青や赤に変わると言うことは学校でも習います。火山灰にはアルミニウムが含まれています。そういえば黒姫高原のアジサイの花は青いです。何か関係ありそうです。

話しはいつものように急に飛びますが、トリハロメタンと言う化学物質があります。水道水などに含まれる可能性のある発がん性の恐れのある物質です。教科書を読むと、このトリハロメタンは、水道の原水にフミン質と言う物質が含まれていると、消毒のために加えた残留塩素とフミン質が化学反応してトリハロメタンと言う物質ができるとあります。このフミン質とは一体どこからやって来るかと言うと、植物の分解物なのです。腐植土などに含まれる黒茶色の液体の成分です。腐植という呼び方もします。植物、針葉樹や広葉樹の幹の成分には、繊維質、セルロース以外に結構油分が含まれています。これらの植物が枯れて腐ると、セルロースなどの繊維質はバクテリアによって早く分解されますが、油分を含む成分は、なかなか分解されません。落葉でも、広葉樹の落葉は翌年には分解されて無くなりますが、カラマツなどの針葉樹の落葉は、地面に堆積して何年も残っています。この腐植には、ベンゼンなどの複雑な有機化合物も含まれています。そう聞いて腐葉土の臭いを嗅ぐと結構燻製の臭い、タール臭くありませんか。薪ストーブのヤニの臭いです。この腐植のことをフミン質と呼びます。フミン質には複雑なたくさんの有機成分が含まれていますが、この中でフミン酸と呼ばれる化合物の仲間は酸を加えると沈殿するので、浄水場で除去できますが残った成分は溶けたままです。フミン質は濃い茶色をしているので、水道の原水に含まれると、水道水の色が薄い茶色に成ります。このフミン質と消毒用の次亜塩素酸が反応してトリハロメタンが出来ます。このフミン質は水道の原水に溶けると悪さをしますが、土壌の中では重要な成分です。

化学の復習です。化学結合には、食塩の結晶でナトリウムイオンと塩化物イオンを結合し塩化ナトリウムの結晶を作る、電気的にプラスの電荷のイオンとマイナスの電荷のイオンがくっつくイオン結合があります。この結合は強固ですが水に溶かすとバラバラに成ります。もうひとつの結合は共有結合です。原子同士が結合して分子を作る結合です。水は酸素と水素2個の原子からでき、酸素分子は酸素原子2個が結合しています。共有結合は水の中でも壊れません。有機物は炭素原子同士が幾つも共有結合でつながっています。このほかに金属を作っている金属結合があり、この3種類の結合かその組み合わせで、たいていの物質は出来ています。実はもう2つ結合の種類があります。ドライアイスは炭酸ガスの分子(共有結合で出来た気体分子です)を冷やして出来ます。水の様に液体に成りません。これは炭酸ガスの分子同士が引力でくっついているだけの弱い結合なので、熱を加えると簡単に気体分子に戻ります。この結合を分子間力(ファンデルワース力)結合と呼びます。

最後は配位結合です。たとえばカルシウムイオンはプラスの電荷があり、マイナスの電荷のイオン、たとえば硫酸イオンとイオン結合をします。出来た物は硫酸カルシウムの結晶です。この結晶は水に溶かせば元のカルシウムと硫酸のイオンに分かれてしまいます。カルシウムイオンは時にはイオンでなく他の電荷の無い分子と結合します。金属イオンと分子が直接結合して出来た物を、錯体と呼び、金属から見た場合に結合している分子を配位子と呼びます。錯体のうち、配位子の分子が金属と2か所以上でしっかりと結合している時には、この形が蟹が両方のハサミで餌に食いついているようなので、蟹の鋏と言う意味のキレートと呼ぶ場合があります。この時の結合が配位結合です。このあたりになると理科教師は説明が面倒でよく、はしょります。でもキレートと言う名称を聞いたことはありませんか。レモンの成分のクエン酸もカルシウムイオンと配位結合をしてキレートを作ります。そんな商品名の飲料水があります。

この配位結合でできたキレート化合物の代表は、化学系の方ならご承知のEDTAです。EDTAは多くの金属イオンとキレート化合物を作ります。キレート化合物は、共有結合でできた分子のように強固で、離れない訳でもなく、イオン結合のように水に溶けてイオンに分かれるのでもない、pHなどの条件でくっついたり離れたりする結合です。このEDTAのキレートの性質はいろいろ産業でも利用されています。カルシウムイオンと結合しやすい性質は歯科で歯を溶かすにも利用されています。カルシウムイオンの多い硬度の高い水でもシャンプーが使えるように添加されていたりします。また配位結合は、条件が変わると離れることができます。EDTAは金属イオンを捕まえるだけではありません。カルシウムとキレートを作ったEDTAのpHを変えるとカルシウムイオンが外れます。またEDTAよりカルシウムイオンと結合しやすい配位子を加えてやると、カルシウムイオンはEDTAから外れてこちらの分子と新しいキレートを作ります。

土壌に含まれるフミン酸などの化合物も、このキレートを金属と作ります。このフミン質が土壌に含まれていることが、土壌が養分を蓄える事ができる理由の一つです。赤土のように、細かな無機質の粒子だけでは、金属イオンは雨水で洗い流されてしまい、肥料分の無い粘土だけが残ります。腐植が粘土や砂と混ざって土壌に成ることで、肥料分が保持されます。同じ火山灰からできた関東ロームの赤土と違って、黒ボク土は腐植を多く含んでいて肥えた土壌のはずです。フミン質と結合した金属イオンは、植物の根から出される酸で徐々に溶けるのです。

もう一度イオン結合のおさらいです。水に溶けているナトリウムイオンと塩化物イオンの濃度を上げてやり、飽和濃度を超えると、溶けきれない成分がイオン結合をして塩化ナトリウムの塩に成り、結晶ができます。できた結晶をもう一度水に溶かせば、また元のナトリウムイオンと塩化物イオンになって溶けます。カルシウムイオンと硫酸イオンを含む溶液で同じことをやれば、硫酸カルシウムの結晶ができます。できた硫酸カルシウムの結晶を同じようにまた水に溶かすと今度は結晶は溶けません。硫酸カルシウムは別名石膏です。塩(えん)を水に溶かした時、それ以上は溶けない飽和濃度が塩によって決まっています。この時、水100gに溶ける塩の重さを溶解度と呼んでいます。塩によってはこの溶解度の値が物凄く小さな物があります。いわゆる水に大変溶け難い塩です。石膏、硫酸カルシウム以外に、硫酸の代わりにリン酸とカルシウムがイオン結合したリン酸カルシウムや消石灰などカルシウム塩は溶け難い物が多いです。これはカルシウムを含む硬水と石鹸の泡立ちの時話しました。カルシウム塩以外にも溶け難い塩はあります。アルミニウムイオンとリン酸がイオン結合したリン酸アルミニウムも溶解度が大変低いのです。火山灰からできた黒ボク土にはこのアルミニウムイオンが大量に含まれています。そのため黒ボク土では、植物の栽培のため、ゆっくり吸収するく溶性のリン酸肥料を与えても、土壌に含まれるアルミニウムと先に結合してしまうのです。土壌にリン酸は含まれていても、可吸態リン酸ではないので植物に吸収されません。それでも里の農家の畑には、春になるとリン酸の化成肥料の袋が積まれています。

今年の春に畝を作り畑を始めた時、冬の間に貯めた薪ストーブの灰を撒いたことは、積雪を早く溶かすのに灰を撒く話しでしました。灰は強アルカリでカリウム等の肥料分もあり、石灰を撒き土壌をアルカリにする効果と、肥料の両方です。黒姫高原の黒ボク土は酸性で、そのためか酸性でないとうまく育たない(普通は植物は酸性が嫌いです)ブルーベリーの栽培が盛んです。以前金沢でブルーベリーを育てた時には、わざわざピートモスを土に大量に加え酸性土壌にしましたが、結局結実前に鳥が食べてしまいました。アジサイの花は、土壌に含まれているアルミニウムが雨水などで酸性になって溶けだし、そのアルミニウムイオンをアジサイが吸収して花の色素と結合して赤から青に変わる、化学のリトマス試験紙と同じでした。黒姫高原の黒ボク土は酸性ですから、火山灰由来のアルミニウムは溶けやすく、溶けたアルミニウムイオンが今度はリン酸イオンと結合して不溶性になるので、リン酸肥料を加えても加えても効果がありません。しかし土壌にはおかげで可吸態ではないリン酸が大量に蓄積しています。リン酸を加える代わりに、土壌をアルカリ性にして、アルミニウムが溶けないようにするのはどうなんでしょう。通常、植物の根は酸を出して根の周りを酸性にして養分を溶かしています。アルミニウムが溶けない様に土壌をアルカリ性にするというのはこの逆です。

今まで黒姫高原の水について化学の立場で考えましたが、黒姫高原の土の中でもpHによって成分の溶出や吸着が変化すること等を化学の立場で考えてみたいです。【分類:化学】

[ 2016/09/30 ] 『黒姫高原理科教室』NO.147 黒姫高原の土とリン酸

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NO.148 黒姫高原の土と有機炭素


楢の丸太をチエンソーで玉切りした後は、できるだけ早く乾燥して木が堅く成る前に斧で割ります。この時、硬い節の部分は節を避けて割るなどで薪にできますが、大きな枝が二股に分かれた部分などは斧では刃が立ちません。こうした玉切りはいずれ何かに使えると庭に雨ざらしです。今年の長雨の後、こうした丸太の玉切りからキノコが大量に生えています。昨年割った薪を乾燥のため軒下に積んであったうち、下の方の雨がかかる物は、白く腐朽菌が生えています。昨年の薪でこうした症状の物は手に持つと軽く成っています。薪は水分が抜けると軽く成りますが、それよりずーっと軽いです。よく乾燥した楢の薪は硬い音がしますが、こうした朽ちた薪は柔らかいです。軽い分、燃やしても良い燃料になりません。木の組織を作っている有機炭素が半分くらいに減ってしまったのですが、どこへ消えたのでしょうか。木を分解して成長した菌の成分に変わったのなら、その重さが残っているのですが、木材の重さはかなり減っています。

広葉樹の落ち葉が地面に積もって、腐葉土に成った物を集めると、茶色い液体が黒く成った葉の表面に付いています。同じ落葉でも、針葉樹のカラマツの葉は何年も残って積もり表土の一部に成っていますが、栗などの葉は、今年の雪解け後に現れた昨年の落葉は半透明な黒い腐葉土に成っていました。広葉樹の落葉が分解するには、そのまま地表や地中で葉が徐々に分解していく過程と、ミミズが餌として食べ、その糞をバクテリアが分解する過程があります。黒ボク土の畑地を耕したり、穴を掘ると、ミミズが何匹か出てきます。地面を掘らなくても、雑草を引き抜くだけで、近くからミミズが地表に飛び出してきますので、地中に居るミミズを掘り起こしたのではなく、ミミズは何か危険を感じて飛び出して来たのでしょう。ミミズの習性については面白い経験があります。一輪車に薪を積んで運んでいた時です。バランスを崩して丸太を4分割した重い薪がドンドンと地面に音を立て落ちた時、1メートル範囲の地面のあちこちからミミズが地表に飛び出しました。試しにその薪で地面を力いっぱい叩くと、やはりミミズが飛び出したのです。若いころ見たSF映画の「トレーマーズ」では、地中に住む巨大なミミズが地面に居る人の振動を感じて、餌として追いかけ捕食するのでしたが、本物のミミズは、捕食者のモグラの震動と勘違いして、どの方向に地中を逃げたら良いか判らないから、とりあえずモグラの居ない筈の地表に急いで逃げ出したのでしょう。

動物や植物の細胞はリン脂質などの疎水性の細胞膜で覆われています。油の様な水をはじくおかげで、細胞の中の成分イオンが細胞の外に溶け出したり、細胞の外の有害なイオンが細胞に浸透しない様に成っています。動物の小腸は逆に、油溶性なので、油分を吸収でき動物細胞を消化、吸収できます。ところが植物の細胞は動物細胞と違って、細胞膜の外側にさらに硬いセルロースでできた細胞壁で覆われています。動物はそのままではセルロースを消化できません。そのため人は料理をして熱を加えたり、濃い食塩水や逆に真水で植物の細胞をパンクさせて壊さないと栄養として吸収できないのです。でんぷんや脂肪を分解する酵素はあるけれど、セルロースを分解する酵素を持っていないのです。中華料理のあんかけ焼きそばのあんに、唾液を少し混ぜてかき混ぜて食べずに眺めてみて下さい。数分で水溶き片栗粉のでんぷんで出来たあんが、唾液の消化酵素で分解してサラサラに成る筈です。でも人はでんぷんと似た分子のセルロースで出来た草は消化できません。

草食動物もセルロース分解酵素は持っていません。ところがバクテリアはセルロース分解酵素を持っています。草食動物はこのバクテリアを胃の中に飼っているのでセルロースで出来た草を消化できるのです。薪の繊維質を作っているセルロースの分子は腐朽菌によって消化されて、最終的に炭酸ガスに成って消えていったので朽ちた薪は軽くなりました。植物は光合成で、光のエネルギーで炭酸ガスからセルロースを合成し、成長しますが、バクテリアは逆にセルロースをエネルギー源として消化して成長し、炭酸ガスにまで分解します。

広葉樹、針葉樹の幹はセルロースで出来た繊維質以外に、リグニンと呼ぶ油分を含む成分があります。薪ストーブを燃やすと、煙突に貯まるタール分や、木搾油の成分、木材のチップを燃やして作る燻製の煙の成分などはこの木材中の油分を含んだリグニンに由来しています。昔 松の根を蒸して代用ガソリンを作った歴史があるように、植物には結構油分が含まれています。油分の中には、有機合成で使うベンゼン化合物も含まれています。バクテリアはこのリグニンを分解します。その時、セルロースを消化酵素で分解して、炭酸ガスにするのと違って、リグニンの分解では色々の複雑な有機化合物ができます。

地面に溜まった腐葉土や、一緒に溜まった茶色い液の臭いを嗅ぐと、消毒に使うフェノール(石炭酸)やクレゾールの臭いが微かにします。これらはベンゼンの誘導体です。セルロースの様な単純な分子と違って、リグニンをバクテリアが分解した生成物は複雑な構造をしていて、土壌に含まれる金属イオンを捕まえてキレート結合の錯体を作り、金属イオンが雨水で溶け出さない様に固定できます。これが腐植とかフミン質と呼ばれる物です。

ホームセンターでは、化成肥料や油カス、牛糞もみ殻堆肥の様な有機質肥料と並んで、腐葉土が売られています。肥料には化学肥料、有機質肥料の様な一般肥料のように窒素、リン酸、カリウムを決められた量を含んだ一般肥料の他に、一般肥料ほど有効成分を含んでいないが、下水処理の汚泥を有効利用するような特殊肥料があります。いずれも肥料の定義としては、土壌に撒いたり、葉に噴霧してもともと土壌に含まれている成分以外に植物の成長に必要な成分を供給する物とされています。この為、植物の成長を促進するという宣伝文句の植物成長酵素剤はそれ自身に成長のための成分を含んでいないので、肥料ではありません。医薬品として認可を受けていない物を、病気に効くと言って売れば、薬事法違反になるので、テレビのCMでは女優や使用者に、これは効能でなく感想ですと言って効き目を言わせていますが、成長促進剤も肥料として売れば法律違反です。

植物の成長のための肥料には、窒素、リン酸、カリウムや鉄、モリブデンなど微量でも必要な物がありますが、この中には有機炭素は入っていません。植物は成長に一番必要な炭素を光合成で空中の炭酸ガスから取り入れるので、根からは吸収しません。堆肥に含まれている有機炭素は肥料ではありません。しかしフミン質などの腐植は植物が根から成長に必要な無機化合物を吸収するために無くてはなりません。こうした腐食や、石灰のように土壌のpHを調整するために加える成分を肥料とは別に土壌改良剤と呼んでいます。カルシウムやマグネシウム、ナトリウムやカリウムと言う元素を含む成分を焼いた酸化物を水に溶かすと強いアルカリ性になります。これらの元素の周期表でのグループ名をアルカリ土類とかアルカリ金属と呼ぶのはその為です。植物を燃やした灰にはこれらの成分がたくさん含まれるので、灰を撒けば土壌の酸性をアルカリ性に変える土壌改良材になります。黒姫高原の黒ボク土は、植物の腐植を多く含む有機炭素に富んだ土壌ですからあとは薪ストーブの灰を撒けば、土壌改良ができるはずです。植物でも樹木の薪を燃やしたものでなく、稲わらや草木にはカリウムが多く含まれています。これらを燃やした草木灰を撒くと、土壌をアルカリ性に変えるだけでなく、カリウム肥料にもなります。カリウム以外にもリン酸やケイ酸など燃えずに灰になる成分を含んだ草木灰は有機質肥料でもあります。ここで言う有機質肥料とは、緩効性という意味ではなく、自然や家畜から供給される植物や貝殻などだけを原料に使った肥料と言う意味です。化学で有機物と言うと、有機炭素のことです。有機炭素は土壌を肥やす土壌改良材になりますが、根から吸収されて肥料に成る訳ではありません。そこで有機炭素肥料とか、有機肥料という言葉は本来はありません。有機栽培農法とは、無農薬で有機炭素の腐植からできた土壌改良材を使う農法です。たまに有機炭素が根から吸収されると思い込んで、有機肥料という名称を使っている方を見かけます。学会レベルでは、根から有機物を吸収できると言う報告がありますが、植物は本来、太陽のエネルギーを使って、炭酸ガスから有機物を合成し、酸素を出すと言う重要な役割をしています。有機炭素を根から吸収しては、せっかく植物はエネルギー源を与えなくても、葉緑体を持っていて、太陽エネルギーを使えるので農業の経営が成り立つと言うことに反します。そういった意味では最近の植物工場という、人工のLED光源で栽培する農業は限られた宇宙船などの場所以外で採算が合うのでしょうか。【分類:化学】

[ 2016/10/06 ] 『黒姫高原理科教室』NO.148 黒姫高原の土と有機炭素

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NO.149 黒姫高原の土と硝酸態窒素


工場排水や浄化槽の排水を検査機関に検査に出すと、たまにおかしな値で報告があります。同じサンプルを2社に検査に出すと違った値が出ることがあります。また、社内でも、サンプリングに行った検査員によって値が変わることがあります。こうしたことは、検査を始めて間もない慣れない検査機関では起ることです。他の化学分析でも検査誤差やバラつき、さらに検査ミスはありますが、これはBOD特有のずれです。

BODについては以前に書きましたが、JISにBODと言う項目が鉄やカドミニウムなどの化学物質の測定方法と並んで記載されているので、読者の中にはBODと呼ばれる成分があって、その濃度を測っていると思っている方がいるでしょう。実験者の中でもこうした勘違いがあって、水中のカドミニウムの濃度を実験を正確にやればピタッと測れると思っている者がいます。でもBODと言う成分はありません。BODと言うのは汚染の測り方の方法の名称です。排水の汚染の目安にすぎません。正確な議論をするにはBODではなく、どんな成分が含まれているかを別に測る必要があります。

BODと言うのは、排水や河川水に含まれている有機炭素、いわゆる有機物の量をバクテリアがその有機炭素を分解するのに消費した酸素の量で測る方法です。バクテリアは排水や河川水に一緒に入っているので、採水時に一緒にすくってきますから、わざわざバクテリアを加えることはありません。また、日本酒作りで、酒蔵や醤油蔵の天井などに麹菌が住みついていて、これが自然に混ざり発酵を起こす家つき菌は実験室にも居るのです。そこで河川水のBODを測る時にはわざわざバクテリアを添加しないでもBODが測れます。そのため細菌を扱ったことのない実験者でもBODを測っています。しかし時には実験者がバクテリアを加えてやらないとBODが測れないことがあります。

浄化槽の排水は放流前に次亜塩素酸ソーダを加えて消毒してから公共水域に流しています。そのため排水口でサンプリングすると、バクテリアは死滅しています。通常は実験室での操作中に実験室付きの菌が入ってくるので、BODは測れるのですが、排水によってはそこの排水に含まれている種類の細菌でないと分解しない成分もあります。でんぷんのような有機炭素はどんな菌でも分解しますが、工場から出た化学物質には、特定の菌でないと分解しない成分があります。こんな時は、その工場排水が流れ出ている排水路の下流から菌を取って来て入れることをします。

慣れない検査機関ではこうした菌をあとから加える操作を行わないので、サンプル中の有機炭素成分は分解しないままBODの結果になります。そのためBODの値は見かけ上小さくなり、客はBODが低いと喜ぶことになります。これがBODが低く出るケースです。

逆にBODが高く出るケースがあります。BODは排水中の有機炭素の量をバクテリアが分解するとき消費する酸素の量で測る方法ですが、有機炭素以外の化学物質を分解するバクテリアがいます。アンモニアを分解するバクテリアです。こうした菌を硝化菌と呼んでいます。動物が排出したアンモニアNH3は土壌の中で硝化菌が分解して同じ窒素からできた硝酸イオンNO3に変えます。実は植物の根はアンモニアイオンを吸収できないのです。硝化菌の作った硝酸イオンを吸収しています。もちろん植物にとって窒素は無くては成らない肥料分です。たんぱく質を作るアミノ酸の成分です。こうした硝化菌は土壌の中に大量に住んでいます。浄化槽の中にも有機炭素を分解する菌と、アンモニアを分解する菌が両方住んでいます。

BODを多少ご存じの方は、BODの測定には5日間20℃で置いた間の酸素消費量を測ると言うことをご存じでしょう。この温度と時間はBOD発祥のロンドンのテムズ川で、排水が河口まで流れるにかかる日数と言われたりしています。バクテリアの増殖速度の差でもあります。有機炭素を分解する菌は増殖が早く、5日で有機炭素を分解してしまいます。一方硝化菌の方は増殖が遅く、アンモニアを分解するのに20日くらいかかってしまいます。そこでBODの測定を5日にすれば、有機炭素の分解だけを測ることが出来る筈です。

ところがです、浄化槽の中ではたまにアンモニア等の窒素成分が多く、大量の硝化菌がすでに増殖していることがあります。こうした浄化槽からサンプリングして来ると、BODを測っているつもりが、アンモニアの分解も一緒に測り、大変に大きなBODの値が出ることもあります。これはこれで、BODとは排水を出された河川で汚染によって酸欠になり、魚が住めなくなるのを防ぐ指標と言う本来のものなら、硝化菌による酸素消費も含めた方が良いのですが、近年の自称研究者がBODを排水の方に含まれているBOD成分の量と思っているので、計算で予想した値より大きな数字が出て混乱する様です。この問題の解決方法は、BODは河川の汚染の指標で、排水の成分の分析方法ではないと理解する事です。

いずれにしても、土壌の中では、動物の排出したアンモニア態窒素を植物が吸収できる硝酸態窒素に変えるバクテリアが大量に住んでいて、植物の腐植を食べたミミズなどの動物がアンモニアを排出することで、このサイクルは回っています。ところがアンモニアを出すのは動物だけではありません。

窒素肥料のうち、油カスなどの有機肥料はバクテリアがたんぱく質を分解しなければ水に溶ける硝酸イオンに成らないので、不溶性肥料ですが、硫安(硫酸アンモニウム)などの化学肥料は全て、すぐに水に溶ける水溶性肥料です。硫酸アンモニウムの結晶を水に溶かすと、溶けた水溶液は酸性です。これは塩を作っている硫酸とアンモニアで硫酸が強酸のため水に溶けると酸性に成るからです。そこで硫酸イオンと組み合わせて塩にするのではなく、窒素を含む中性の分子として尿素を窒素肥料に使います。尿素もすぐに水に溶けるので有機肥料でなく化学肥料です。金属イオンやリン酸などと違って、硝酸イオンは大変水に溶け易いのです。植物によって根から吸収されなかった余分な硝酸イオンは、土壌に吸着されず雨水によって流されます。

肥料や家畜のし尿以外のアンモニア態窒素もあります。高速道路などで撒かれる塩化カルシウムや塩化ナトリウムなどの融雪剤は、土壌の塩化物イオンの濃度を上げて植物の成長に害を及ぼす塩害に成りますが、黒姫高原のスキー場などで撒かれるスノーセメントと呼ばれる融雪剤の逆の雪面硬化剤も、土壌や地下水へ害を及ぼしています。スノーセメントの正体は肥料に使われる硫安そのものです。氷に塩化ナトリウムを混ぜると温度が0℃以下に下がる寒剤に成りますが、硫酸アンモニウムはさらに優れた寒剤です。気温が上がって雪面が溶け、シャーベット状に成ったスキー場のゲレンデに大量に硫安を撒くと、寒剤の効果で雪面温度が下がり表面が締まります。気温が上がって、滑走不可になったコースで、リフト代に上乗せ料金をつけて硫安を撒き、滑走可能にすることがあります。大量に硫安を撒くので、料金の上乗せが要ります。ただし、シャーベット状の雪を固める作用があるだけで、雪が溶けてしまっていたら寒剤は使えません。スノーセメントは畑に窒素肥料を撒くより大量に散布するうえ、それを吸収する作物がないので、アンモニア態窒素は全て雪が溶ければ地下水に溶けていきます。一方硫安の方割れの硫酸は土壌を酸性にします。シーズンが終われば、スキー場の麓には、酸性の土壌と大量の硝酸イオンを含んだ地下水が残ります。

土壌の中でアンモニアイオンは硝化菌によっていったん、亜硝酸イオンに成ります。さらに亜硝酸イオンは最終的に硝酸イオンに成ります。融雪剤が植物に塩害を起こす塩化物イオンも地下水の成分になります。硫酸イオンも同じように地下水に溶けます。これらのイオン成分は、もともと地下水に含まれている成分で、水道水質基準でも、塩化物イオンや硫酸イオンは数100mg/lの基準値で、普段から含まれています。一方硝酸イオンは水道水質基準でも厳しく、健康に良くない成分です。さらに亜硝酸イオンに至っては水質基準がゼロコンマ以下で、含まれてはいけない発がん性の成分です。撒きすぎて植物に吸収されなかった窒素肥料が、地下水を汚染することは避けないといけません。

堆肥などの有機質肥料の効果を示す物にC/N比と言う値があります。堆肥などの有機炭素と窒素の割合です。肥えた土壌ではこの値が10程度です。牛糞などを加えた堆肥は窒素分が増え、この値が小さく成ります。反対に腐葉土などの腐植では有機炭素が多く、値は大きくなります。C/N比が小さな方が優れた窒素肥料かというと、窒素を多く与えると、土壌中のバクテリアが増えるだけで、植物の根から吸収されるわけではありません。逆に窒素分が少ない方が植物は、返って根から窒素が枯渇したと思い盛んに吸収することがあります。ここでも窒素肥料の与えすぎは問題です。 C/N比の測定方法は、検査機関ではC/Nコーダーという機械に土壌を入れ直接C/N比を求めたり、TOC計に土壌を入れ直接 全有機炭素を測ります。検査員は機械にサンプルを入れるだけです。昔はビーカーに入れた土壌を硫酸を入れ、加熱分解するケルダール法で、アンモニア、硝酸、亜硝酸、有機態窒素と分けて手分析で出していました。全炭素はクロム酸分解法でした。いずれも慣れないとうまく値がでませんでした。【分類:化学】

[ 2016/10/06 ] 『黒姫高原理科教室』NO.149 黒姫高原の土と硝酸態窒素

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NO.150 公害が消えた


水道水の水質基準は成分で50項目、昨年亜硝酸イオンが追加に成り合わせて51成分ですが、この中にアンモニアが入って無いのはどうしてかと思う人がいる様です。実は水質基準がトリハロメタンなどが加わり大きく改正に成る前の水道水質基準では、アンモニアも項目に含まれていました。現在の水道水質基準に改正の時、アンモニアはリストから外れました。トイレの排水などから水道水にアンモニア汚染の可能性は無いのでしょうか。

河川水の環境基準や飲料水の基準値と、水質汚濁防止法の排水基準などの間には、おおよそ10倍の関係があります。排水口から出た排水は河川でおおよそ10倍に薄まると考えているのです。河川に入ると薄まるので、同じ成分なら工場排水は河川の環境基準の数値の10倍濃くても良いと言う考えです。

ところが、水道水の水質基準の考え方は少し違います。まず、人への毒性から決められた項目です。農薬や重金属、トリハロメタンなどの汚染物質は、大人が毎日2リットル飲み続けても安全な濃度から決めています。一日2リットルの水なんて、水健康法でもないのに飲めないと思うでしょうが、直接飲む水だけでなく、食品原料や料理で使う水の量に安全性で上乗せした数字が2リットルです。水質基準の成分には塩化物イオンや鉄、カルシウムイオンなど毒性とは異なる成分もあり、基準値の濃度が決められています。これらは水道を管理する上で役に立つ成分です。鉄分は成長に必要な成分でもありますが、水質基準ではあまり鉄の濃度が高いとお茶が美味しく無く成るとか、洗濯物が黄ばむという理由から0.3mg/lとかなり厳しい値になっています。

塩化物イオンは毒性からでは無く、海水や汚水の汚染が在ると、そこから塩化物イオンが混入した事が判るので、細菌汚染の指標に成っています。水道水質基準には一般細菌と大腸菌が項目に入っています。勘違いし易いのですが、一般細菌も大腸菌も人の体に住む細菌で、病原菌ではありません。しかし、明治に日本で水道事業が始まって以来、細菌汚染は水道の最重要な課題です。一般細菌は食品中など何処にでも居ます。水道にも居ます。しかし細菌数が多い時には細菌汚染の可能性があり、その中には病原菌もいます。さらに大腸菌が検出された時は屎尿の汚染があると言う事です。そのため水道水はとにかく残留塩素で消毒です。

残留塩素濃度は水道水にとって最重要なので水質基準とは別に水道法で直接数字が決められています。塩化物イオンは海水由来の成分で、地下水には必ず含まれています。あまりに濃ければ飲んで塩辛いですが、とくに毒性はありません。しかし水道水中の塩化物イオンの濃度が急に上がれば、水道配管に下水などの混入の可能性がありますので、項目に入っています。それでも水質基準の成分は51項目もあります。アンモニアは原水に含まれていても、浄水場で塩素処理をすることで無く成ります。そこで、水道水に含まれても濃度が低い成分は測らないと言うのが水道法の考えです。

アンモニアは環境中で硝酸バクテリアによって亜硝酸、硝酸に簡単に変わります。そこで水質基準ではこの硝酸、亜硝酸をまとめて合計量を基準値としていました。硝酸、亜硝酸は腐植や肥料が地下浸透することで地下水に含まれる成分ですが、健康の為には有害な成分なので水質基準の50項目に含まれ、基準値は10mg/lです。ところが亜硝酸の方が大変発がん性が在る事が判り、硝酸、亜硝酸の合計量でなく、亜硝酸単独で規制する必要に成ってきました。亜硝酸単独の基準値は0.04mg/lと大変厳しいです。水質基準の項目数も50から51に増えました。一方の排水基準の方にはアンモニアが入っています。

排水口から出る排水にはまだアンモニアが含まれているので、硝酸、亜硝酸、アンモニアの合計量で規制をしています。(正確には、硝酸濃度+亜硝酸濃度+0.4Xアンモニア濃度です。0.4倍の不思議については別の機会にします)硝酸、亜硝酸、アンモニアについては環境中でバクテリアの働きでそれぞれに変化するので合計の値で規制するのが本来ですが、排水基準ではさらに、全窒素といって硝酸を肥料にして植物が作る有機態窒素まで含めた全ての窒素の濃度を測り規制しています。水道法は人の健康を考えての基準値ですが、排水基準は排水中の窒素分が栄養分と成って琵琶湖が富栄養化で汚染した例など、環境汚染を防ぐと言う考え方に成っています。

私たちの若い頃、盛んにマスコミに登場した公害という言葉を最近見かけません。代わって環境汚染という言葉が登場です。法律では公害対策基本法では守備範囲が狭く、人為的な汚染が起きてから規制する事に成り、環境保護と言う広い観点でとらえる事で、環境保護として予防措置として起きる前に規制できると言う方針で、公害対策基本法と自然環境保全法をまとめた環境基本法に変わったと言うことで、素直にとらえれば良い方向に進んだのです。

また環境基本法の法律の条文中には、公害とは何かという定義があり、公害と言う言葉が無く成った訳では無い様です。公害と言う日本語に相当する英語はポリューションです。ただポリューションの意味は“汚染”です。当時は公害という言葉が、企業による人為的汚染を正確に表していないので妥当な単語では無いとも言われていました。しかし今になって見ると、公害という言葉は当時の四日市、や水俣や東京湾などの各地の企業による人災の強烈なイメージと結びついていて、環境汚染というやわな言葉では表せません。公害被害が強烈だった半面、反公害の科学者の動きも大きかったです。公害を学術的に研究するため公害研究という名称の学会誌が出されました。最近は、環境汚染と名が付く学術誌がたくさん出回っていますが、「公害研究}は今でもその名で続いています。確かに公害対策は成果がありましたが、公害という言葉が環境汚染に変わった理由が、より包括的な対策を行うためですが、公害の言葉が消えたのと人為汚染が無くなったというイメージが結びついて感じます。

また公害基本法では但し書きがあり、企業の健全な活動は公害対策より優先するという経済優先な考えが残っていました。環境基本法の登場は、こうした経済優先の公害基本法を、環境保護という大きな枠で囲む目的もあると言われていましたが、何か公害ということばが環境汚染に変わると、主語の当事者が表に現れず、人為的汚染が隠れてしまう様に感じます。それでいくと福島原発の被害は人災ですから環境汚染でなく公害です。

BOD(生物化学的酸素消費量)は水道水の水質基準にありません。BODに似た項目でCOD(化学的酸素消費量)がありますが、こちらはしばらく前まで水道水質基準に同じ測定原理の「過マンガン酸カリウム消費量」がありました。BOD測定が水道法に無いのは、BOD,CODは汚染水が対象で、水道水のような汚染の少ない水では測っても、小さな数字しか出ないからでしょうか。数値が小さいと言うだけなら、水銀などの水道水質基準は0.0005mg/lと大変小さな値ですが、測る必要がないことはありません。水道水ではBODを測る意味がないからです。CODの方は過マンガン酸カリウム消費量の項目がTOC値の項目に変わり、以前より正確に水道水中の有機物の濃度を測るための指標になっています。

一方BODの方は、水道水中にBODという成分が含まれている訳ではありません。BODの名称は、生物化学的酸素消費量です。その排水中の有機物を微生物が分解するのに使った酸素の量のことです。バクテリアは人が食品を食べ酸素で呼吸するように、水中の有機物を食べ分解する時に酸素を呼吸し消費します。河川に有機物を含む排水を流すと、その中の有機物を餌に下流の河川中でバクテリアが増え、酸素を消費するため河川が酸欠になるので、逆にバクテリアを含め酸素で呼吸する生物が死滅してしまいます。プランクトンの異常発生で赤潮になり、海水が酸欠になり魚が全滅するのと同じです。

BODの値が大きい排水は河川に流れると酸欠を起こします。そこで河川に流す排水を規制するために排水のBODを測ります。BODの測定は、水中の鉄の濃度を測るような測定ではなく、排水を実験室でバクテリアを加え5日間培養して、河川に流れ込んだとき起るのと同じ状況を再現して、酸素の消費量を測り、酸欠を予測するのです。ところが実験者の中にさえ、サンプルのBODという成分の濃度を測っていると思っている者がいます。確かにBODの値は、排水中の有機物の濃度に比例しています。そこでBODが有機物濃度を測る方法と思っているのです。一方、水道水は河川に流す訳では無いので,水道水のBODを測る意味はありません。

排水のBODが低いのは良いことでしょうか。工場では、水質汚濁防止法で排出水のBODを測り、基準値以下であることを証明する義務があります。基準値以下であれば、自社の排水は下流の河川の酸欠の原因になっていませんというだけで、有害物質を出していない証明は別のいくつかの成分を測定します。

かつて合成洗剤を使った排水による汚染が問題に成りました。合成洗剤の主成分の界面活性剤のABSという成分が生物によって分解し難いので環境に蓄積してしまい害に成る為、代わって生物が分解しやすいLASという成分に変わりました。もしA,B2社があり、AはLASのような生物分解しやすい原料を使い、BはABSのような難分解性の原料を使っていた場合、同じ排水濃度ならAの排水は下流ですぐにバクテリアで分解するのでBODの値は大きく成りますが、環境中での分解は早いです。一方のBの方は、バクテリアの分解が遅いのでBODの値は低く出ます。しかし分解速度が遅いので、環境中に長く蓄積します。A,B2社から出された計量証明書のBODの値を見た保健所の公務員はどちらが優秀と判断できるでしょうか。生物に分解し難い排水を出しているBの方のBODの数字が小さいので優秀と判断しないでしょうか。こうした紛らわしいBODは止めて、水中の有機物の濃度を直接測る方法、TOCに変えるべきです。

水道水の水質基準の項目の多くが、人の安全に関わる項目に限定しているのに対して排水や河川水の排水基準、環境基準は人以外の生物の生態への配慮があります。たとえば医薬品の環境汚染です。人がうっかり錠剤を流したのではなく、いったん飲んだ医薬品の成分はすべて吸収 代謝されるのではなく、血中からまた体外に排泄されます。都会の下水道、下水処理場ではこれらの成分は分解せず河川に放流されるものの濃度が、河川水をサンプリングして実験室で分析できる濃度になっています。当然県境に住む生物への影響があるはずです。風邪薬の成分などはかなりの濃度で河川水から検出できています。医薬品の中にはホルモン剤でなくても、化学構造が男性ホルモンに類似のものがかなりあります。これらを食物連鎖で魚が摂取して、魚の雄が増えている現象もあります。【分類:水道】

[ 2016/10/21 ] 『黒姫高原理科教室』NO.150 公害が消えた

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