NO151-NO160

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NO.151 ジェネリック医薬品


最近は医薬分業が定着し、医者に行った時に薬ではなくて処方箋を受け取り、薬局で調剤してもらいます。医薬分業とは医療の中で、医者と薬剤師の分業のことです。西洋では昔から、医者は診察、治療を行い、処方箋を出し、自分では調剤を行わない。患者は医者から処方箋を受け取り薬局に行き薬剤師が処方箋をみて調剤することが普通です。古代から薬剤師は毒の専門家です。医者が調剤も行えば、権力者は医者に毒殺されないか心配です。そこで医者が毒を扱えないように中世から医者と薬剤師を分けました。

日本では、こうした歴史がないので、西洋医学が始まった時から医薬分業がありませんでした。もちろん西洋式の医師法、薬剤師法では、医者は調剤する資格はありません。しかし医者は自分で出した処方箋にかぎり、自分で調剤できると言う但し書きが日本の医師法にあるので、医者の窓口で薬をもらって帰る習慣がありました。調剤は専門の薬剤師に任せるという医薬分業は本来の医療の姿です。この時、医師が処方箋に書く薬の名前には二通りあります。商品名を書く方法と、成分名です。たとえば有名なアスピリンと言う薬があります。本来アスピリンと言う名称はドイツの会社で出している商品名で、同じ成分を含む他社の商品には別の名称が付いていますが、昔からこの手の頭痛薬はアスピリンで通用しています。ちょうどセロテープはある会社の商品名で、一般名はセロハンテープですが、NHKのアナウンサーもセロテープと呼んで居た様にです。/p>

アスピリンに含まれる成分の名称は、一般名ではアセチルサリチル酸です。日本薬局方にも載っています。医者は処方箋にアスピリンと書くと、これを受け取った薬局の薬剤師はバイエルン社の商品しか患者に出せません。この処方箋を書いた医師は、同じアセチルサリチル酸製剤の中でこの会社の商品が一番優れていると信じているのかもしれません。処方箋に日本薬局方に載っている一般名のアセチルサリチル酸製剤と書けば、これを受け取った薬剤師はこれを含んだ製剤ならどのメーカーのでも選べます。

この時薬剤師がどの製剤を選ぶかはいろいろ理由があります。一番安い製剤を選び、患者の財布に負担をかけない様にとか、良く勉強している薬剤師で、一番効果のある製剤を選んだのかもしれません。もしかしたら、自社製品を売ればリベートが貰えるメーカーがあるのかもしれません。

医薬品には特許があり、最初に作った会社は特許の有効な期間は儲けを独占できます。新しい医薬品の開発にはお金と時間がかかります。さらに新しい医薬品は国に登録するのにも時間がかかります。そこで新規医薬品を開発するメーカーは、これはと言う成分を見つけると、他社に真似されないようにまず成分についての特許を取ります。成分特許の有効期間は20年です。こうして特許をとって他社にまねされないようにしたうえで、国への登録を進めます。この登録にもすごく時間がかかります。安全性を確かめる為に、動物実験、病院での試験的使用で認可を受けるには何年もかかります。特許の有効期間の20年では、せっかく新規医薬品を開発しても、独占的に商売できる残った年数は少なくなるので、新薬の場合特許はさらに5年延長できます。

こうして25年の特許が切れた時、同じ成分の製剤を作る後発メーカーは、開発費用や、登録に必要な費用も大変少なくなります。もちろん成分が同じだからと言っても、登録申請には動物実験などのデータは必要ですが、先発メーカーに比べたら大変安いです。25年たってもまだ売れ筋の医薬品の場合は、たくさんの後発品が出ます。膨大な開発費用が要らない分、値段も安く出来ます。そのため儲かる成分の医薬品は、比較的小さなメーカーから、たくさんの後発医薬品がぞろぞろと出てきます。そこでこうした後発品を「ゾロゾロ品」と業界では昔は呼んでいました。

医薬品の特許には、成分特許、製造方法の特許、効果の特許などがありますが、20年で切れるのは成分の特許です。特許の切れた医薬品の、1錠中に含まれる化学成分の名称と量をコピーするわけです。ところが、同じ化学成分を同じ量含む製剤の効き目が同じにはならないのです。錠剤を作る時は、薬として効果のある成分だけでは固まらないので、でんぷんなどを加えた粉を型に入れ打錠機でプレスして作ります。錠剤は胃の中でちょうど溶けるような、おにぎりを作るような力加減の調節が要りますが、プレスが強すぎると岩のように固まってしまいます。トイレで飲んだ錠剤がそのまま出て来たという話があります。またプレスの時に熱が出て、熱に弱い成分は分解してしまいます。風邪薬のパッケージを読んでいただくと、アセトアミノフェン1錠中100mgとか記載があり、錠剤を作る時ではなく、患者が飲む時にこの表示量の90%から110%の範囲に入っていなければなりません。そこでビタミンCなど熱に弱い成分では、プレスの時や、薬局の店頭で夏の日差しで分解して成分が減ることを考慮して、あらかじめ115%入れておく「増し仕込み」が業界にあります。

ぞろぞろ医薬品の時代は、こうした溶けない医薬品をチエックするために、崩壊試験と言うものが行われました。日本薬局方で崩壊試験の方法が決められています。崩壊試験というのは、網でできた容器に錠剤を入れ、水中で上下に揺すって、何分で錠剤が溶けて無くなるかの時間を測るものです。籠の中で錠剤が上下に漂い、溶けると言うより崩れていきます。溶け難い錠剤にはシンカ―という重りを入れ、かなり強引に崩します。それでも溶けない錠剤もありました。この時間が早すぎても、遅すぎても薬としての効果が劣るというものです。

後発医薬品を申請する場合は、この他に動物を使った吸収、排泄試験のデータが要ります。ウサギに錠剤を投与し、胃から血液中に吸収され、その後尿に排泄される血中の成分濃度を、先発医薬品と後発品で比較するのです。簡単に投与と言いますが、注射薬と違い、錠剤を実験動物に飲ませるのは困難です。何匹かのウサギを使って実検しますが、動物なので個体差があるので、先発品と後発品をそれぞれのグループに投与し比較実験をします。1回目の実験を行うとしばらく休養させたのち、投与する薬剤を入れ替え2回目の実験をします。化学分析と違って動物実験なので、二つの医薬品の測定結果のグラフを重ねてもぴったり重なるわけではありません。カーブのおおよその重なり具合で先発品と登録申請予定の後発品に有意差はありませんと言った報告をします。後発医薬品は薬の効果を証明するわけではなく、先発品と同等であることを証明すれば、医薬品として認可されるのです

医薬品は薬局で処方箋なしで買える一般用医薬品と、処方箋がいる医療用医薬品に分かれます。OTCと呼ばれるのは、オーバーザカウンターの略でカウンター越しに買える一般用医薬品のことです。最近使われるジェネリック医薬品は先発医療用医薬品の特許が切れた後に出る後発医療用医薬品のことです。医師が処方箋に薬剤名でなく、成分の一般名を書くことから、「一般」と言う英語のジェネリックの名称がつかわれます。

ぞろぞろ医薬品では、メーカーが儲かるからという、安かろう悪かろうと言う物も在った様ですが、ジェネリック医薬品では、国が医療保険に支払う予算を減らす為、安いジェネリック医薬品を積極的に使わせています。逆に医師や薬剤師の方が、後発品は同じ成分なのに効かないからと先発品を使う傾向があります。また研究が進み、同じ化学式の成分でも、製造方法や結晶の形で胃の中での吸収が違うことが分かってきました。ただ化学式が同じではだめで、製造方法もコピーしないと同じ薬効に成りません。しかし製剤の作り方は特許ではなく、メーカーの持っている技術です。簡単にコピーできる物ではありません。今までの錠剤が何分で崩れるといった崩壊試験では同等性は判断できなかったのです。そこで動物愛護協会から文句を言われる動物実験でなく、化学的に胃での吸収を測る方法が必要に成って来ます。溶出試験と言って、薬剤が目で見て溶ける時間ではなく、人工の胃液に成分が溶ける時間を測り、先発品と後発品が生物学的に同等だと言うことに試験方法が変わりました。

国も医療費の支出を抑えるため、安いジェネリック医薬品の使用を進めています。そのため国も珍しくまじめに後発医薬品の溶出試験のデータをとっています。国や日本薬剤師会が集めたデータが、オレンジブックとして報告されています。表紙がオレンジ色なのでこの名称です。ジェネリックの処方箋をもらい、オレンジブックのデータをしっかり勉強している薬局に行けば、正解です。 売れ筋の医薬品には、たくさん後発品メーカーが出てきます。また最近の錠剤はたとえば1日3回飲まなくても良いと言ったゆっくり胃で溶けるタイプもあります。こうした製剤技術の必要な医薬品のコピーは難しく、2流メーカーと4流メーカーの差が出てきます。

また作る側だけでなく、検査する側での溶出試験も結構技術を要します。昔の崩壊試験では、錠剤をかごに入れ、水の中で上下に揺すって全部崩れる時間を記録するだけですが、溶出試験は人工の胃液を入れたガラス容器の底に錠剤を沈めます。崩壊試験と違って、錠剤を揺らさず、液の方を攪拌します。うまく錠剤を沈めないと、錠剤の表面に気泡がついてうまく溶けないことがあります。実際の錠剤を飲む時も、水なしで飲み込んで、食道にへばり付く事があります。錠剤には粉を固めただけの裸状と糖やフィルムでコーテイングした物があります。溶出試験は崩壊試験のように全部溶ける時間を測るのではなく、時間を追って液に溶ける成分の濃度を記録するので、スタートから全部溶け終わるまで連続して成分濃度を測らなければ成りません。徐放錠といって、薬の効果が長続きするよう1日ほどかけてゆっくり溶ける様にフィルムで覆ったコーテイング錠の試験では、1錠のデータを採るのに徹夜に成ります。

錠剤は医薬品の成分の粉を単にプレスで固めただけではありません。粉と言うのは細かな結晶で出来ています。医薬品の成分を合成する時、液体を反応させて結晶を作り製造します。この時の結晶の作り方で、結晶の水への溶け方が大きく変わるのです。自然界でも、炭酸カルシウムの結晶があります。空中の炭酸ガスと水中のカルシウムイオンが反応して炭酸カルシウムの結晶ができます。この反応は実験室や工場排水だけでなく、サンゴなどの生物も行います。実験で作った炭酸カルシウムの結晶と、生物が作ったものでは、結晶の構造が少し違います。生物由来の方が溶け難いのです。岩石を作っている石灰石も、元はサンゴが作った生物由来のものです。実験室で作った結晶に比べ石灰岩は溶け難いのです。製造承認書では、製剤の成分の量しか書いてありませんが、結晶の作り方や、プレスの方法にもメーカーの独自の技術、製造特許があります。同じ成分が同じ量含まれている錠剤でも、溶出試験を行ってみると溶け方のカーブが全然違ってくるメーカーがあります。

ジェネリック医薬品を選ぶときは値段の安さだけでなく、製剤の技術も先発メーカを上手にコピーしているかで選んでください。ジェネリック医薬品は、適法なコピー商品です。ここまで読まれたら、ジェネリック医薬品の選択は医者ではなく薬剤師が行うべきだと言う理由が分かったと思います。しかし有名メーカの先発品にこだわる医者がまだ多いでしょうし、薬剤師は処方箋に従いますから薬剤師にジェネリックを下さいと言ってもだめです。医者に一般名で書いてと言うのです。一般名を知らない医者がいたら?医者は以外と化学に弱いのです。【分類:化学】

[ 2016/10/21 ] 『黒姫高原理科教室』NO.151 ジェネリック医薬品

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NO.152 サイダーと炭酸水


そろそろ冬リンゴの季節です。一方の夏リンゴの方は傷み易いのでジュースにする事が多い様です。先日公共放送の番組の 晴れときどきファーム という長野県内の古民家が舞台の農業体験番組で天然酵母を使って、野菜や果実を発酵させるテーマで放送していました。酵母を使った発酵は、乳酸菌を使った漬物などの発酵食品と違い、炭酸ガスとアルコールができ、そのどちらを利用するかで、炭酸ガスで膨らませるパン作りに成ったり、アルコールで酒作りにしたりと面白い物です。リンゴを酵母で発酵させても同じように炭酸ガスとアルコールが出来ます。

酵母は麹やドライイーストとして家庭でも簡単に利用でき、馴染みのあるものですが、ここで少しおさらいです。たとえば、パン作りでは天然酵母を使うこともありますが普通はスーパーで売っているドライイーストを使います。日本酒や味噌では麹の酵母を使います。西洋料理のイーストと東洋の酵母は別物と思っていませんか。

同じ発酵に関わる微生物でも、酵母と乳酸菌を顕微鏡で見ると、大きさが10倍ほども違います。酵母の方が大きく、乳酸菌の方は1000倍位の倍率の生物顕微鏡でないと形を確認できません。酵母の方は玩具の顕微鏡でも形が分かります。キノコなどの仲間を菌類と呼んでいます。菌類には、キノコ、カビと酵母があります。この中で、細胞が1個だけで普段活動する単細胞生物が酵母で、たくさんの細胞が集まり菌糸を作るのがキノコやカビです。菌類の細胞は、細胞膜のさらに一番外側には植物と同じ細胞壁があります。イーストという名称は酵母の英語で、酵母とイーストは同じものです。一方、細菌と呼んでいる微生物は、菌類よりもっと簡単な構造で、細胞壁はありません。乳酸菌はこの細菌の仲間です。ところが時々、酵母やイーストを呼ぶ時にも酵母菌とかイースト菌とか菌を付ける人がいます。酵母などの菌類と細菌は全く別の生物の仲間なのですが、混乱しそうです。もともと菌類というものがあって、それより小さな生物なので細菌と呼んだのです。細菌の呼び名に大腸菌、乳酸菌など菌を付ける名称があるので、菌が付くと細菌のことと勘違いしています。そこで菌類を細菌と区別するために、菌類の方を改めて真菌と呼ぶことにします。真菌は細菌ではありません。細菌の英語がバクテリアです。細菌とバクテリアは同じ意味です。酵母菌という使い方はぎりぎりセーフですが、酵母細菌、酵母バクテリアはありません。

言葉の説明でもう一つ。発酵です。生物は生きて行く為にエネルギーが必要です。葉緑素を持った植物は、光合成で太陽エネルギーを利用出来ますが、葉緑素の無い動物や菌類は有機物を酸化分解してエネルギー源にします。ヒトの場合、食物の熱量、カロリーがどれだけと表現しますが、これはエネルギーとして火を着けて燃やすのと、体内で分解するのが同じ空中の酸素を使って酸化する反応だからです。多くの生物は空気中の酸素を使って酸化反応を行います。これが呼吸とか、好気性呼吸と呼んでいるものです。

ところで、高校の化学で酸化還元を習いました。酸化反応とは金属が空気中の酸素と結合して酸化物、錆になる反応ともう一つ、酸素を受けとる代わりに電子を相手に与える反応でもあると書いてあったはずです。例として、硫酸銅の溶液に亜鉛の金属棒を漬けると、金属亜鉛は溶けて亜鉛イオンに成り、棒は減っていきます。金属の亜鉛は空中の酸素と結合して酸化物、錆になる代わりに電子を出して陽イオンに成ります。これも酸化反応で、酸素を使わない酸化反応があると言う説明です。生物も酸素が無くても有機物を酸化してエネルギーを取り出します。これが嫌気性呼吸とか発酵という物です。酵母は酸素のない場所でも有機物を分解してエネルギーとして生存できます。この時有機物を分解すると炭酸ガスとアルコールが出来るので、アルコール発酵と呼びます。

ブドウなどの果実の表面にはもともと天然の酵母が付いているので、良く洗わないで水に漬けて置くと発酵が始まります。この時、パン作りと同様に、酵母の栄養を補うのに砂糖を加えます。酵母の成長が早ければ他の雑菌の繁殖が抑えられます。パン作りでもフランスパンはゆっくり発酵させるので砂糖は加えません。容器に果実と水を入れ発酵させる時、水に浸からなかった水面に出た部分は酸素が在るので、酵母では無く同じ真菌のカビが繁殖しますので、発酵では空気に触れさせないことが重要です。発酵と同じ様に酸素を使わないで有機物を分解する物に腐敗があります。同じ嫌気性呼吸でも発酵と腐敗が起るのはなぜでしょう。果実を発酵させれば芳醇な香り、失敗すれば腐った臭いです。実は発酵も腐敗も同じ物で、出来た物が有益なら発酵、臭くて役に立たないとか有害なら腐敗と呼んでいるだけです。発酵と腐敗を化学的に比べてみます。排水の汚染の指標のBODを測る実験の話の時、BODは排水を5日間培養しては排水中の有機物、主に炭水化物の濃度を測る、20日位培養を続けると今度は別のバクテリアが繁殖して水中の窒素成分、アンモニア等の濃度の値が出て来る話をしました。これと同じです。発酵は有機物の中の主に炭水化物を分解します。分解して出来るのは炭酸ガスとアルコールです。一方腐敗というのは炭水化物でなくタンパク質を時間をかけ分解します。タンパク質は窒素分を含むので分解するとアンモニアやアミンが出来ます。アミンは魚の腐った臭いの原因です。脂肪を分解した脂肪酸には吉草酸といった超臭い物があります。炭水化物を分解して芳香を出すのが発酵、タンパク質や脂肪を分解して悪臭を出すのが腐敗です。

リンゴを絞ったリンゴジュースも発酵します。リンゴもブドウ同様果実の皮の表面に酵母が住み着いているので、絞ったジュースを放置するだけでアルコール発酵が始まります。 発酵の進み具合で、炭酸ガスだけが溜まったサイダーがまず出来、更に放置するとアルコール濃度が増えてリンゴ酒のシードルに成ります。日本では炭酸飲料をサイダー、アルコール飲料の方をシードルと呼んでいますが、どちらも綴りは同じで英語読みがサイダー、フランス語読みがシードルです。ブドウを絞っただけの、ろ過していない生ジュースはすでに炭酸発酵が始まっています。これを容器に入れたまま放置すればアルコール濃度が増えリンゴ酒、シードルに成ります。アメリカ映画の刑事コロンボでも、高校生がこの方法で密造酒を作る内容がありました。リンゴとサイダーと言えば映画にもなったアメリカの小説家ジョン、アービングの名作 サイダーハウスルールです。日本でいえば青森県にあたるアメリカとカナダとの大西洋側の国境のすぐ南にあるメイン州、ニューハンプシャー州、バーモント州が舞台。リンゴ農家が採れたリンゴを直ぐに絞る小屋がサイダーハウスです。絞る機械だけでなく収穫の為の季節労働者が寝泊まりする小屋でもあります。ここで作られるサイダーは日本のアップルジュースの様な、ろ過した濁りの無い物でなく、日本の生リンゴジュースより更に濃く、すりおろしりんごに近い様です。生なので時間の経過で炭酸ガスとアルコール濃度が増えます。日本のHPでよく、アメリカのサイダーと呼んでいる飲料が炭酸飲料か、リンゴ酒かといった疑問がある様ですが両方の様です。

サイダーに似た炭酸飲料には、ラムネとソーダ水があります。ラムネはレモネードが語源です。ところで炭酸水のことをどうしてソーダ水と呼ぶのでしょう。化学では元素記号Naのナトリウムの英語名はソジウムです。参考までにカリウム(K)も英語ではポタシウムです。片仮名の元素名は以外と英語ではないのです。工業や食品加工に使う炭酸ナトリウムは業界での呼び名は日本語でも炭酸ソーダです。日本語でもアメリカ語でも化学ではソーダはナトリウム塩のことです。炭酸ソーダをソーダ灰とも呼びます。灰は化学では無水塩を指しますが、このあたりから日米ともソーダを炭酸の意味に間違って使いだしました。ソーダ塩の中では炭酸ソーダの使用量が多いので、炭酸ソーダをソーダと略して呼んでいるうちに炭酸のことを指す様に成ったのでしょう。炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)のナトリウムの代わりにカルシウムを使った物に炭酸カルシウムがあります。このブログで石灰岩の成分としてよく登場しています。英語で水酸化カルシウムをソーダライムと呼んでいます。ライムは英語では石灰、つまりカルシウムを指します。これは製造方法に由来があります。ライムストーン(石灰石)にソーダ(水酸化ナトリウム、苛性ソーダ)を反応させて作るのでソーダで処理したライムがソーダライムです。ソーダライム、Ca(OH)2にはナトリウムも炭酸も含まれていませんが、今でも実験室ではソーダライムと呼んでいます。ライムはレモンに似た果実のライムと同じスペル(lime)です。ソーダライムを逆にライムソーダにすると、ライムジュース入り炭酸水です。チャップリンの映画、名作ライムライトのライムも石灰の意味です。エジソンの電球ができる前は、照明はガス灯でした。これもガス灯という名の映画がありました。ガスを燃やしただけではろうそく同様の明るさで暗いので、炎の中に石灰(ライム)の筒を置き、これを熱で明るく光らせて照明にしました。カセットガスバーナーを使ったライムランタンは今でもキャンプ用品で売っています。ライムライトは英語では華やかな舞台照明という意味もあります。

炭酸水のことをソーダ水と呼ぶのも同じです。ナトリウムのことをソジウムと呼ぶ英語圏ではなおさらソーダ水の直訳はナトリウム水なのですが、アメリカでも炭酸水の呼び名はソーダ水です。これも炭酸水の製法にあります。ビール、リンゴ酒、スパークリングワインなどのアルコール発酵では炭酸ガスがでます。酵母でパン作りでもアルコール発酵で出来た炭酸ガスの気泡で生地を膨らませます。この時アルコールも出来ますが、焼いた時に飛んでしまいます。パンケーキ、昔はホットケーキ、では酵母の発酵を使わず、ベーキングパウダーを使います。成分は重炭酸ソーダ(重曹)です。重曹は加熱すると分解して炭酸ガスを出します。これが生地を膨らませて発酵の代わりをしています。ソーダ水も重曹を使います。でも加熱しないのになぜ炭酸ガスを発生するのでしょう。

子供が行う最初の化学実験は台所です。調味料を適当に混ぜ合わせると、中には化学変化を起こす組み合わせがあります。お酢とベーキングパウダーの組み合わせではコーラの様に炭酸ガスの泡が出ます。ソーダ水の製造方法も同じです。サイダーは発祥はリンゴのしぼり汁を発酵させた炭酸飲料ですが今では工業的製法です。ラムネは最初からクエン酸に重曹を加えて炭酸ガスを発生するようにして製造しました。ソーダ水は最初はレモンの搾り汁のレモネードに重曹を入れ炭酸飲料にした物、その後レモンの成分のクエン酸と重曹から作るように成りました。重炭酸ソーダで作るのでソーダ水に成った様です。

ビールを作っているのと同じ会社からサイダーが売られているので、もしかしたらビール作りの工程で泡と成ってタンク内で発生する炭酸ガスを利用してサイダーを作っているのかと考えた事があります。それでいけば、ビール会社より電力会社がサイダーを作った方が良いです。火力発電所の煙突からは大量の炭酸ガスが出て行ます。

理科の実験の要領で、クエン酸と重曹を水に溶かして炭酸水、ソーダ水を作る以外に簡単な炭酸水の作り方が在ります。ペットボトルの様な密閉容器は使わないように。出来れば普通のコップよりステンレスの魔法瓶が良いです。水道水を入れた容器にドライアイスの欠片を入れるだけです。ドライアイスが水の中で気泡に成ります。ドライアイスの固体は結晶ではなく、共有結合やイオン結合の様に強い力でくっついていない分子同士の引力だけで繋がっているので、固体がバラバラに成ると直ぐに気体に成ります。化学では昇華と呼んでいます。気化熱を奪うので、水面近くの空気中の水蒸気が結露して白い霧が発生します。これだけで十分理科の実験です。炭酸ガスは温度の低い水の方が良く溶けるので、気加熱で水温が下がる程、炭酸水の濃度は高く成ります。冷えた炭酸水の出来上がりです。個人で飲むには問題ありません。

公害がニュースによく登場した頃は、酸性雨も問題に成りました。ここで言う酸性雨は、排気ガスの成分の亜硫酸ガスや二酸化窒素が雨水に溶けると硫酸や硝酸が出来て、雨水が強い酸性に成り作物等への影響が出る事です。ところで普段の雨水を自分でpHを測ってみたことはありますか。中性のpH7ではなく少し酸性です。でもこれは酸性雨とは言いません。空気中に含まれている炭酸ガスが雨水に溶け、雨水の中で酸性の炭酸に変わります。空中の炭酸ガスが飽和した時のpHは5.6です。そこでpHが5.6を超えた雨水を酸性雨と呼びます。水道水や河川水は雨水よりも色々な成分が溶けていてpHに影響する為、pHはもう少し中性に成っていますが、溶けている炭酸の濃度はいづれもおおよそ0.5mg/l(0.5ppm)程度です。一方炭酸飲料に含まれる遊離炭酸の濃度は100mg/l以上あります。炭酸泉と呼ばれる温泉は、温泉法で250mg/l以上です。かなり両者の値に差があります。炭酸水の濃度では、炭酸は強烈な刺激に成り、水道水に含まれる炭酸は美味しさの成分です。炭酸飲料に含まれる炭酸ガスは飽和濃度ではありません。圧力をかけて無理やり溶かしているので、栓を開くと過飽和に成っていた炭酸ガスは抜けて行きます。但し炭酸ガスを水中で固定する成分があります。水中にカルシウムイオンが存在すると、炭酸ガスはカルシウムイオンと塩を作り、固定されます。真水に溶ける炭酸ガスの濃度は0.5mg/l程度ですが、カルシウム硬度の高い水では、炭酸カルシウムと成って存在するので水中の遊離炭酸の濃度は高い物では10mg/lを超えます。この遊離炭酸の濃度が、心地良い刺激と成り水道水を美味しく感じたり、刺激がありすぎ美味しく無いと感じる原因に成っています。次回はもう少しこの遊離炭酸を化学的に考えてみます。【分類:水道】

[ 2016/10/30 ] 『黒姫高原理科教室』NO.152 サイダーと炭酸水

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NO.153 黒姫高原の水道水がおいしくない


最近、黒姫高原の山荘で飲む水道水の味が変わりました。不味く成りました。但し、不味く成ったと言うのは微妙な味の変化で、美味しいと言われる木曽川水源の名古屋の水道水よりは、相変わらず黒姫の水道水の方が美味しいです。おそらく水源が変わったのでしょう。水道水は同じ町営の上水道でも、水源になる湧水や深井戸が幾つも在り、それらが配管で繋がっています。水源が枯れたり、水質が悪化すると隣の水源に切り替えるのはよくあります。黒姫高原の水源に成って居る黒姫山の山腹の深井戸の水質変化か水位や水量が減ったのでしょう。

水道水の水質基準には、臭気、味という項目があり、異常の無いことが基準です。異常を感じたら飲用不適に成ります。水道水の水質基準には51もの項目があり、すべてを検査する為にはたくさんの分析機器を備えた実験室や熟練した実験者が要ります。こうした水質基準は災害時の仮設配管や給水車での給水でも、守る必要があります。渇水や災害時は水質への影響が普段よりあるので、当然です。しかし大災害で検査ができなくなり、非常事態での給水についは、試験室が使えない場合の規定が決められていますが、臭気、味、色、濁りといった人の感覚で測る官能試験は省けませんし、非常時でも不適な結果の水は給水できません。色や濁りは通常は機器分析ですが、災害で検査機器の使えない時でも熟練者は目で見て機器と同じ感度で判断できます。臭気は漢字で分かる様に匂いでなく、臭いの方で悪臭です。もし嫌な臭い、異臭がしたら例え災害時でも飲用不可の判定です。それほど臭いや味は重要な項目です。

水道法では、大都会でも町営水道でも、水道水について毎日試験、毎月試験、毎年試験といった定期検査が義務連れられています。毎回51項目すべてを検査する訳ではありません。こうした定期検査の計画と結果は、信濃町でも役場のHPに、水道水質検査計画、検査結果として記載されているので、水質検査の結果を誰でも見ることが出来ます。水道法では定期検査以外に臨時の水質検査を義務付けています。臨時の検査には、災害時の検査以外に、住民が水質について疑念を抱いた時には検査を行うことに成っています。住民から、水道水がおかしいと通報があれば検査をする必要があります。但し異常を感じると言うのは、水質基準で言う異常のレベルですから、今回のような臭いでなく匂いのちがい程度では臨時検査の対象ではありません。電話で水源が変わったか聞けば良い事です。今回は、水道課に確認する前に、自分でなぜ味が変わったか推理してみます。

   

前回のサイダーの話は、実は水道水を美味しく感じる事と、炭酸ガスの関係についての準備でした。水道水の水質基準には51の項目があって、それぞれの項目の成分が多過ぎると、生活や健康に影響があり、また異常を感じたりする不味い味や臭いの原因になります。しかしこの水質基準の全項目を満たしても、嫌な味ではないが、無臭味な水です。水質基準を満たしても、美味しい水に成る訳ではなく、水道水を美味しく感じるのは別の基準です。例えばこの、美味しい水の要件には遊離炭酸の濃度が10から30mg/l程度ある事といった物があります。遊離炭酸は健康に直接影響が無いので、水質基準の項目には在りません。

嫌な味や、臭いの成分は人の五感でも以外に敏感に感知できます。水質基準にあるカビ臭の成分、ジオスミンやMIBという成分は検出するのに大変高価な機器分析の装置を使いますが、これが含まれていると飲んだ時に、雑巾臭いと思うほど五感の感度は鋭いです。特に臭気については、人の鼻は超高感度で、機器分析より感度が良かったりします。鉄分は多いと渋みを感じ不味さの原因です。しかしその他の味や臭いの無い成分は、健康に影響のある濃度でも感じることが出来ません。例えば塩化物イオンです。塩化物イオンは、この濃度が高くても特に健康に影響する訳ではありませんが、水質の変動を見るための良い指標です。水源に海水や、汚水の混入がある事が分かります。細菌汚染は起きてからでは遅いので、塩化物イオンの濃度を監視して、濃度が上がれば汚水の混入の可能性があり、同じ汚染水の流れを伝って病原菌の汚染を予防する事が出来ます。石川県の能登島の水道水では、井戸水に海水が混ざって塩辛く感じていましたが、その後白山の麓から県営水道を能登半島まで引くことで、水道料金と引き換えに解消しました。海水の濃度まで塩化物イオンの濃度が高いことは、海水の流入のケースだけで、塩化物イオンの味は普通分かりません。海水の濃度の1/10程度の生理的食塩水では、塩辛さを感じない人がいます。

カルシウムやマグネシウムといった硬度の成分も、以外と味を感じません。硬水と軟水では、お風呂で石鹸を使った時の泡立ちが違います。これは多くの人が体験されているでしょう。しかし硬水、軟水どちらが美味しいかをうるさく言う方がいる割に、カリシウムの濃度を利き水出来る人は少ないです。カルシウムイオンも味が無いからです。

水道水を美味しく感じる原因は、直接の味ではなく、爽快感やのど越しといった食感です。その一番は温度です。これは分かりやすく、温い水より冷たいほうが爽快感があります。間接的には冷たいと、不快な味や臭いがマスクされ感じません。温度の次に分かりやすいのが遊離炭酸です。遊離炭酸は炭酸水のような高濃度でなくても、わずかに含まれているだけで人の感覚に反応します。それは、炭酸ガスと水温と硬度の3成分が相乗効果を起こすからです。先ほど、カルシウムイオンそのものは味がないと言いましたが、この相乗効果によって硬度の変化も味に影響します。炭酸ガスの水への溶解度は水温が低いほど高いと話しました。冷たい水ほど炭酸ガスがたくさん溶けた爽快感が増します。逆にコーラを温めると炭酸は飛んでしまうように、温い水では炭酸はあまり溶けません。反対にカルシウムが加わるとさらに遊離炭酸の濃度は増えます。

水道水中の遊離炭酸とおいしい水の関係の前に、水中の遊離炭酸についてもう少し化学的に考えてみます。炭酸水は、酸味とは違った刺激があり、飲むとおいしく感じますが、一方では、炭酸水の摂取は歯を溶かすのでコーラは飲ませないと言う母親もいます。確かに、炭酸ガスを含んだ雨水は石灰岩を溶かします。しかし、石灰石を沈殿させて作ることもあります。炭酸とカルシウムが反応すると、沈殿ができたり、逆に沈殿が溶けることもあります。この教室でも以前、書いたことがあります。小学校の理科実験です。石灰水にストローで息を吹き込むと、石灰水が白く濁ってきます。石灰水は消石灰、水酸化カルシウムを水に溶かした液でカルシウムイオンが溶けています。ここに息を吹き込むと、息の中の炭酸ガスとカルシウムが反応して炭酸カルシウムの結晶ができ、濁ってきます。ここで実験を止めずにさらに息を吹き込むと、今度は濁った石灰水が透明になってきます。水に溶けない炭酸カルシウムが、水に溶ける炭酸水素カルシウムに変わったのです。

空気中の炭酸ガスは雨に溶けます。炭酸ガス以外に、酸素なども水に溶けます。水中には酸素や、二酸化炭素の分子が溶けているわけです。溶存ガスです。(二酸化炭素が気体でいる時に炭酸ガスと呼びます。同じものです)二酸化炭素は酸素と違って水の分子と反応して炭酸という酸に一部が変わります。そのため炭酸ガスの溶けた水は炭酸によってわずかに酸性になっています。この炭酸は、塩酸ほど強くはありませんが、酸なので石灰石を溶かします。雨水が石灰岩を溶かして鍾乳洞を作るのもこの炭酸です。水道水中にもこうした遊離炭酸は含まれています。この炭酸の濃度が高いと、水道の配管を浸食して穴を開けてしまうので、水道水の配水途中ではない方が良い成分です。水道の世界ではこうした単独で存在する炭酸のことを浸食性遊離炭酸と呼んでいます。

水道水中には硬度の成分としてカルシウムイオンが含まれています。水中の炭酸はこのカルシウムイオンとペアを作ります。水道水の濃度ではこのカルシウムと炭酸のペアは炭酸カルシウムの結晶となって沈殿するほど濃度が高くないので、ペアのまま水に溶けています。この炭酸はすでにカルシウムとペアを作っているので水道管を浸食することはありません。そこでこうした硬度の成分とつりあっている炭酸のことを従属性遊離炭酸と呼んでいます。硬度の高い水道水では、この無害な従属性遊離炭酸の濃度が高くなります。

カルシウムと遊離炭酸のバランスはpHの変化でも変わります。ヤカンの内部に付いた缶石、炭酸カルシウムの結晶を溶かすのにお酢を使うのは、炭酸カルシウムは酸性で溶ける応用です。このようにカルシウム濃度、すなわち硬度と遊離炭酸とpHは相互に関係してバランスをとっています。水道水のような薄い濃度では、わずかに従属性遊離炭酸の濃度の方が高い水質の方が、配管の表面を浸食する反対に、炭酸カルシウムの薄い被膜を作り保護するので従属性遊離炭酸は善玉です。一方排水やボイラー水などでは、これが増えると炭酸カルシウムの結晶が配管やボイラーの内部に析出してスケールとなって障害を起こすので、悪玉になります。

硬度と遊離炭酸とpHからランゲリア指数という値を計算できます。途中を省きますが、この指数がプラスだと炭酸カルシウムが過剰で配管に析出します。マイナスの時は逆に配管を浸食します。水道水ではわずかにこの指数がプラス1から0の間に管理しています。ボイラーではランゲリア指数をプラスにしたら大変です。配管が詰まってしまいます。

この遊離炭酸の濃度は、河川水などを水源にした水道水では、雨水中の遊離炭酸の濃度とあまり変わらず、1mg/l以下です。ところが地下水を水源にした水道水では遊離炭酸の濃度が20mg/lを超えることもあります。遊離炭酸の濃度は水道水の配管の管理だけでなくおいしさにも関係します。水道水を管理する水質基準では、配管の浸食のことから遊離炭酸の濃度は20mg/l以下にするようになっています。一方、水道水質基準ではないおいしい水の基準では、遊離炭酸の濃度は20を超えて、10から30mg/lの間がおいしいとしています。

さて、黒姫高原の水道水のおいしさと遊離炭酸の関係はどうでしょうか。遊離炭酸も硬度も地下水の成分です。黒姫高原の水源の黒姫山の深井戸ではこのどちらも高い値、硬水、高炭酸の水で、おいしい水でした。ところが最近、地下水の水質が変わり、硬度成分の濃度が低く成ったようです。すると、今までカルシウムとペアを作っていた遊離炭酸、従属性遊離炭酸の善玉です、の濃度が下がり、フリーの炭酸、浸食性遊離炭酸に変わった様な気がします。私達の舌は浸食性遊離炭酸、従属性遊離炭酸の区別ができるほど優れてはいません。せいぜい遊離炭酸の濃度が高い時の、のど越しの感覚や、舌の刺激を判断しています。しかし浸食性遊離炭酸の濃度が上がると、配管の浸食が起ります。今まで老朽化した配管の内部の鉄錆は、ランゲリア指数がプラスに保たれていたので、炭酸カルシウムの薄い膜で保護されていたのが、浸食性に変わり、鉄錆が溶けて金気臭く成った様です。【分類:水道】

[ 2016/11/01 ] 『黒姫高原理科教室』NO.153 黒姫高原の水道水がおいしくない

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NO.154 クスノキと氷の昇華


この題名を見て、化学に詳しい方は話の方向が想像がつくでしょう。最初は黒姫高原ではあまり見かけないクスノキの話しです。最近、出稼ぎ先で車を修理に出し、しばらくJR通勤です。JRとバスを乗り継いで工場に行き着くのですが、公共交通での通勤の習慣が無いので、JRは仕方がないが、込み合ったバスは苦手、渋滞の横を歩く方が爽快です。街中の植物を観察するのも楽しいです。街中には意外にクスノキが多いのです。クスノキは、神社や鎮守の森に生えている大きな樹というイメージでした。この街でも、古い公園や古くからある工場の中の緑地帯には樹齢100年を超える太い幹のクスノキをよく見かけます。庭木にするには大木に成り過ぎるのか、個人の庭ではあまり見かけません。それが最近、まだ若い樹を街路樹に見かける様に成りました。

金沢に居た頃、松江までドライブをしました。松江城と宍道湖見物です。まだ若狭道ができる前で、島根にはいったん北陸から琵琶湖の南を周り、中国道に出た後、また大山方向へと北へ進路を向けます。台風が近づいていたせいか、時速120キロでも外れないアマチュア無線のアンテナが、風速と加算されて外れる程の風だった記憶です。金沢もそうですが、県の名と県庁所在地の地名の異なる都市は、何か個性的な物を感じます。逆に県名と同じ名前の県庁所在地って平凡。松江を旅先に選んだ理由は松江という名前のせいもあります。

松江城を訪れた時は、まだ国宝に指定される前でした。近江八幡など水郷の土地は他にもありますが、松江は市街地に掘りが巡り、ビルの横を水郷観光の舟が観光客を乗せて進みます。市街地の交差点を越え、掘りを渡ると松江城が頂上にある小山です。城跡は公園に成っていて、山の上の天守だけが残っています。姫路城や熊本城ほどではないが、天守に向かって、直角に折れ曲がった石段の坂道が続きます。その石段横の途中にクスノキの大木が何本かそびえていました。クスノキ特有のごつごつした枝の姿、先の尖った楕円形の葉が生い茂り、幹は縦に皺が入っています。りっぱなクスノキの大木です。近よって葉を一枚ちぎり、少し揉んで匂いを嗅ぐと特有の匂いです。実は他に、クスノキの葉は、簡単に見分ける特徴があるのですが、これは後で書きます。クスノキを知らない若い人には、トトロの住んでいる樹と言えば分かるでしょう。トトロの住んでいる樹のほこらは、宅地開発前の狭山丘陵の鎮守の森のクスノキの巨木がモデルの様です。国内の巨木のリストを見ると、上位を占めている多くは、クスノキです。老いたクスノキの巨木は、広葉樹なので成長する形成層が一番外側にあり、幹の中心が朽ちて空洞に成っても、外側の部分が残っていれば成長を続けます。

クスノキは庭木には向かないと言われています。成長すると巨大に成る為、個人の庭樹には向かないのでしょう。クスノキは、お城や神社に植える格の高い木で、個人の庭に植えてはいけないと言うことも聞きます。これは大きく成り過ぎるという理由以外に何かありそうです。クスノキは漢字で楠木と書くこともあります。南北朝時代の武士で、後に儒教者から忠臣とか軍神と言われた楠木正成と同じ名前です。そういえばトトロの住んでいるクスノキの大木にも、しめ縄が巻かれ、ご神木だった様です。成長し過ぎるから庭に植える習慣が無かったのが、楠木正成信仰とかぶり、いつのまにか庭に植えるには恐れ多い格式の高い樹に成ったのでしょう。

実は、クスノキは城や鎮守の森の木ではなく、昔から盛んに栽培されていました。クスノキの幹から薬品の樟脳が採れるので、かっては重要な輸出品に成っていて、盛んに栽培されていたのです。樟脳は最近は見かけなく成りましたが、今でも天然樟脳という名前で売られているのは、クスノキから採った物です。クスノキの幹を輪切りにして、釜に入れ加熱すると、アルコールの蒸留の様に樟脳が採れます。樟脳は防虫剤として使われますが、樟脳の英語名はカンフルです。カンフル注射とか、カンフル剤という名前を聞いた事はありませんか。強心剤です。アドレナリンが使われる前は、樟脳を強心剤に使っていました。今では使われませんが、カンフル剤が必要といった言葉だけが残っています。日本薬局方にも樟脳は医薬品原料として残っています。クスノキの英名はカンフルツリーです。里山からクスノキを切り出し、幹を輪切りにして巨大な釜に入れ、隣にあるボイラーから熱い水蒸気を注入して加熱すると、樟脳の成分が水蒸気と一緒に出てきます。アルコールの蒸留より、バラの花びらから香水をつくる水蒸気蒸留と同じです。こうして、戦前の日本や、植民地の台湾では盛んに外貨獲得のため、樟脳の原料のクスノキが育てられました。都会には旧軍需工場や飛行場などの国有地の跡地を払い下げ、工場などに使われている土地が在りますが、そうした広い土地にはよくクスノキの大木がフェンスの向こうに並木になっています。もしかしたら樟脳を採るために植えたのかもしれません。

クスノキは冬でも葉の落ちない常緑広葉樹です。今の時期、クスノキの葉をよく観察すると、夏に比べ葉の量が減っています。常緑樹ですが秋には落ち葉が出ます。クスノキは常緑樹とは言っても、次の春までには葉が入れ換わります。落葉樹と違い、葉が年を越すので一応ぎりぎり常緑樹です。ブナや樫などのドングリの生る広葉樹は樹形も葉の茂り方も美しいです。ブナの葉の茂り方は、ちょうど木漏れ日の光が透過する適量の茂り具合です。葉に落ちた雨水が小枝から枝、幹を伝って根元まで滑らかな樹の肌を流れ落ちる、葉に降った雨を全て根元に集める扇型の枝の樹形は美しい姿と成っています。庭木や街路樹にすると快感です。一方、クスノキは葉の量が多くしかも雑然と茂り、枝もごつごつと伸び、美しい樹とは思いません。さらに寒い時期は葉の量が減り、みすぼらしいです。このごろ都会の街路樹にクスノキが使われる様に成ったのは、この葉の量が多いので、光や音を遮蔽するフェンスの代わりに使われるのでしょう。道路から工場の中が見えない様にする為にはちょうど良い樹木でしょう。クスノキの街路樹から一斉に大量の雀が飛び出し驚いた事はありませんか。街の騒音の遮断の役目もしている様です。

クスノキの葉には、一目で判る特徴があります。樹木の種類を調べるのに、幹の皺や葉の形で分類した本がありますが、葉の形ではありません。クスノキの、あまり肉厚では無い先の尖った楕円形の葉の、葉脈を見るのです。葉の裏側の葉脈を見ると、葉の付け根から左右交互に葉脈が分かれて葉の先へ向かって伸びています。その葉脈の葉の付け根から1番目と2番目、たまに3番目の枝別れの部分に黒っぽい小さな瘤があります。1ミリより小さな、虫に刺された痕の様な膨らみです。これが全部の葉に付いています。倍率の大きなルーペでこの瘤を見ると、中央に小さな穴が開いていて、その穴の中にさらに小さな白いダニが何十匹もいるのが分かります。穴は10倍のルーペで見えますが、ダニの姿は100倍の顕微鏡でないと見えないぐらいのサイズです。クスノキの葉はダニを共生させているのです。葉に付く虫をこのダニが食べて樹を守ってくれるようです。葉の裏を見て、このダニホールがあれば、それがクスノキです。クスノキはダニの巣だと思わない様に。植物は微生物でいっぱいです。見えないだけです。

話がそれますが、僕は以前、細菌試験を新人に教える最初に、水溜まりの水を1滴採って顕微鏡で見せて、その中に微生物が沢山いることを知ってもらいました。決して水溜まりの水がバッチイと言いたいのではなく、微生物は見えないだけでどこにでも住んでいると教えたいのです。その上で細菌試験に必要な滅菌操作が簡単ではない事を教えます。普通、消毒と呼んでいる操作は、一部の病原菌だけを殺す操作で、消毒しても多くの細菌は生き残っています。全ての微生物を殺すのは、滅菌といって、沸騰したお湯の温度程度では不十分です。又、水道水も塩素で消毒していますが、水道水の水質検査で行う細菌試験も、大腸菌試験では病原菌が消毒されているかを確認するだけで、一般細菌試験は1ml中の細菌数が100以下なら飲用適です。さらに従属栄養細菌試験というものがあります。一般細菌試験は体温と同じ35℃で育つ細菌を調べますが、自然界にはそれ以外の細菌もいます。従属栄養細菌というのは、河川など20℃で育つ細菌の数で、一般細菌が0でも、こちらの方はたくさん居ることがあります。さらに注射液などでは、完全に微生物0の必要があるので、無菌試験を行います。ここで言う無菌とは、カビなどを含め完全に微生物が居ないことの証明で、無菌にするのも大変ですが、無菌であることの検査はかなり大変です。自然界には微生物でいっぱいですからクスノキのダニに驚く必要はありません。

クスノキを蒸して樟脳を作る話に戻ります。樟脳は室温では白い結晶です。クスノキの幹や葉を蒸すと、水蒸気と一緒に樟脳が気体に成って蒸発します。アルコールの蒸留では、アルコールの方が水より沸点が低いので、水より先にアルコールが蒸発します。そこでアルコールの濃度の薄いワインなどの酒を加熱すると、アルコールだけが蒸発するのでこれを冷やすとアルコールの濃度の高い酒、ブランデーができます。一方、樟脳は沸点が水より高いので、樟脳を含む樹木を直接加熱しても水分が抜けるだけで、樟脳は蒸発せず残ります。そこで直火ではなく、高温の水蒸気を使って蒸すのです。樟脳などは、植物に含まれる精油と呼ばれる成分です。精油には多くの種類があり、バラの精油もこうして水蒸気蒸留で採ります。香水に使うバラの精油は油と言う名前どうり液体ですが、樟脳は室温では固体の結晶です。樟脳の水蒸気蒸留で、出て来た水蒸気を冷やすと、液体ではなく結晶の樟脳が採れます。樟脳の結晶は、加熱するとかなりの高温、180℃あたりで溶けて液体に成り更にもう少し温度を上げると蒸発します。これはろうそくの成分のパラフィン等と同じで、少し溶ける温度が高いけど、温度を上げれば、固体、液体、気体と変化します。水も同じで、温度を上げれば氷、水、水蒸気と変化します。ところが樟脳の固体は少し変わった性質があります。室温に置いた結晶の表面から樟脳の気体に成って液体に成らずに直接蒸発するのです。またクスノキの水蒸気蒸留では、冷えた樟脳の精油は液体に成らず、直接結晶に成ります。化学ではこうした固体が直接気体に成ったり、その逆で気体が直接固体に成る変化を昇華と呼びます。樟脳には防虫作用があるのですが、この昇華の性質があるので、結晶なので液体の様に衣服を汚すこと無く、タンスの中に樟脳の結晶を入れて置くだけで蒸発して虫除けに成ります。樟脳はそれ以外に医薬品としても使われます。そのため西洋では樟脳の需要が増し、明治の日本ではクスノキから採った樟脳が重要な輸出品に成ったのです。

その後樟脳は合成品が造られる様に成り、医薬品としての樟脳の用途は合成品に変わりましたが、今でもクスノキから採った天然樟脳は優しい虫除けとして使われています。しかし多くの虫除け剤は石油から出来る安い成分に成りました。防虫剤の代名詞であるナフタリンは商品名で、成分の名称はナフタレンです。ナフタレンも樟脳に似た性質で、昇華するのでタンスの防虫剤として使われましたが、問題が有り今では、パラジクロロベンゼンという化合物が使われています。いわゆるパラゾール系の防虫剤です。衣服やトイレの防虫剤として盛んに使われています。パラジクロロベンゼンも樟脳やナフタリン同様に昇華する性質があり、殺虫効果のある薬剤の中で、吊るして置くだけで効果がある防虫剤として選ばれています。しかし昇華し易い性質は問題もあり、実験室で飲料水などに含まれる微量の農薬の分析をやっていると、廊下の先のトイレに吊るした防虫剤の成分のパラジクロロベンゼンを検出することがあります。

パラジクロロベンゼンは室温で結晶の表面から昇華して気体に成りますが、この結晶を加熱すると溶けて液体に成ります。昇華する性質の物質は液体に成らない訳ではありません。樟脳の溶ける温度は高く180℃でしたが、パラジクロロベンゼンの融点は低く、60℃程度です。実はこの温度に着目した理科の実験があります。中学の化学で行う融点測定の実験です。融点とは、固体が熱を吸収して溶けて液体に成る温度です。氷は温めると0℃で水に変わります。水の融点は0℃です。水や氷の温度を測るのは、正確な温度計があれば出来ますが、0℃以下に凍った氷を温めていき、ちょうど氷に変わる温度を測るのは以外と難しい実験です。パラジクロロベンゼンの融点は60℃付近なので、お湯にパラジクロロベンゼンの結晶を容器に入れ漬け、ちょうど溶けた時の温度を測れば良いのです。結晶は溶ける時に熱を吸収するので、温度を上げて溶かして行くと、融点では熱が結晶を溶かす為に使われるので、温度の上昇が暫らく止まります。そこで温度変化をグラフに記入すると、融点の温度でカーブが一度平坦になる曲線が描けます。これが融点測定の実験です。パラジクロロベンゼンは溶ける温度がビーカーに入れた熱湯で出来るので、中学の理科実験でよく使われました。ところが、問題が発覚です。パラジクロロベンゼンを実験に使うと子供の健康に問題があるとの文部科学省の意見です。トイレの防虫剤の方は良いのでしょうか。そこで理科実験ではもう少し融点が高い70℃付近のろうそくの成分に近い安全なパルミチン酸という結晶を使う様に成りました。

パラジクロロベンゼンの実験は、よりレベルアップした内容で大学でも行います。ビーカーでなく、密封した容器にパラジクロロベンゼンの結晶を入れ、融点の測定をします。60℃で溶け始めた時、容器の中は結晶の固体と液体だけではありません。気体も存在しています。パラジクロロベンゼンは融点以下でも昇華して気体に成っています。この状態を三重点と言って、固体、液体、気体が共存する特異点なのです。学生時代、この実験に使う密閉したガラス容器を自作して結構ガラス細工が上手く成りました。

水の場合も同じなのです。水は固体の氷から液体の水に成り、100℃で気体の水蒸気に成る物質の3態の代表の様に思いますが、水も昇華するのです。フリーザーに入れて置いた氷がいつの間にか小さく成っていた事はありませんか。或いは冷凍やけといって、凍結して置いた肉がフリーズドライの野菜の様に乾燥していた事は。水は100℃の沸点以下でも蒸発する事はよく知っている筈です。100℃を越えれば沸騰、100℃以下なら蒸発ですが、液体の水が気体の水蒸気に成るに違いはありません。しかし0℃以下では液体の水は固体の氷に変わり、もう固体から直接気体に成る事は無いと思っていませんか。そんな事はありません。0℃以下でも水蒸気は存在します。空中の水蒸気の量が湿度ですから、氷点下の土地でも、湿度を測れます。氷点下でも湿度が在るという事は、この温度では液体の水は存在しないので、氷が直接蒸発するという事です。フリーザーの氷が小さく成るのは昇華が起きているからです。これを積極的に行ったのが、インスタントコーヒーなどのフリーズドライ製品です。凍った物をいったん液体にせずに水分を蒸発させる事で形を保ったまま水分を除きます。水蒸気を盛んに蒸発させる為には風を送ったり、真空にしたりします。霜の付かないフリーザーは風を循環させています。霜の付くフリーザーは風の循環が無く、霜の付かないフリーザーは風が循環しています。霜が付かないという事は出来た霜が昇華しているのです。肉の保存には霜の付くフリーザーの方が乾燥しないので良いでしょう。

間もなく黒姫高原も積雪の季節です。積雪の温度は溶けた水と氷が共存していれば水の融点の0℃ですが、積雪は水の比熱が大きい事や、雪の隙間に空気が含まれ断熱効果が大きく、あまり温度が変わりません。一方積雪の上の空気の温度は寒い夜間は氷点下、日中はプラスの温度に成り、これと風の力で積雪は表面から溶けたり、根開きが出来ると今年の春のブログで書きました。更に空気には湿度があります。冬の湿度は地方によって異成ります。太平洋側では乾燥で悩んでいます。北陸では押入れが結露するなど湿気で悩んでいます。氷点下の気温でも、湿度の低さと風の力で、積雪は昇華して痩せて行きます。温かい気温で積雪が融雪する時は、積雪の山の地面側から溶けた水が流れていきます。風で昇華して積雪がやせていく時には、融雪水は流れ出さずにいつの間にか痩せていきます。かつてファラデーさんは、ろうそくの炎を見て、これをネタに1冊の本を書きましたが、黒姫高原の積雪もまた今年も色々ブログの化学ネタに成りそうです。【分類:化学】

[ 2016/11/16 ] 『黒姫高原理科教室』NO.154 クスノキと氷の昇華

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NO.155 機械と道具、ミシンとアイロン


最近の若い人が使わなく成った道具に、和鋏があります。まさかですが、ご存じない方の為に洋鋏との違いを説明します。両方とも紙などを2枚の刃で挟んでせん断する構造は同じですが、洋ばさみの方は二枚の刃が回転軸でシーソーの様に動くのに対して、和ばさみは回転軸がなく、U字型に曲げた柄の二つの先に向き合った刃が付いた構造で、曲がった部分は薄く成っていてバネの様に弾力がある一体構造です。本当に知らない方は、日本昔話でばあさんが雀の舌を切った絵を見て下さい。今でも和裁や障子貼りに使われています。糸を1本だけ切って結ぶ様な作業では、洋ばさみでは、開いて閉じるという2行程ですが、和ばさみでは閉じるの1行程なのでやり易いと言う人もいます。和鋏は回転部分が無く、別名握りばさみといって、洋ばさみのように指を入れて開閉するのでなく、U字部分を握って刃を閉じて切ります。握った手を緩めれば、ばねの力で刃が開きます。この洋ばさみと和ばさみの違いがよく、機械と道具の違いの例として挙げられます。

機械と道具の違いは色々言われていて、また厳密に区別することも無いかもしれませんが、ある定義では、機械は人力を含めた動力によって作動する仕組みのある工具、道具は人の手足の延長として使う工具です。あるいは機械は回転や往復運動などの動作のメカニズムのあるもの。道具は可動部分の無い物。洋ばさみは人力で動く機械、和ばさみは手で持って使う道具です。私の定義は、潤滑油をさす物が機械、潤滑油を使う部分が無い物が道具です。

洋ばさみも和ばさみも、メンテナンスは要ります。切れ味が落ちたら、刃を研ぐのは同じです。また刃のとぎ方が下手くそなら、かえって切れなく成ったり、布が食い込んだりするのも同じです。洋ばさみは回転軸にたまに潤滑油をささないと、重く成ります。正しくメンテされていたら、後は誰が使っても切れます。一方の和ばさみは、使った事のある方ならお解りの様に、慣れないと刃がうまくかみ合わず切れません。バネに成っている曲がった柄の部分を微妙にねじる等して調整しておかないと、刃のかみ合いが悪いです。道具は慣れないと使い難い事があります。

最近、黒姫の山荘に、この道具と機械の代表の様な物が揃って入りました。アイロンとミシンです。偶然ですが、両方とも文字どうり道具と機械のシンボルです。アイロンは英語のアイアン、鉄の意味です。アイロンという物を表現するのに、熱して布に押し付ける機能や、布の皺を伸ばすと言う目的から名前を付けるではなく、熱くする為と重さが必要なので材質に鉄を使ったので、ズバリ材質の鉄を名称にした道具です。一方のミシンはズバリ、マシン(機械)が名称です。蒸気機関車や蒸気ポンプもマシンと呼びたいですが、機械の定義は動力を使って動かす物で、蒸気機関車は動力そのもの。英語で蒸気機関車はロコモーション以外に、エンジンとも言います。自動車はモーターでいずれも動力のこと。やはり油をさして使う代表はミシンで良さそうです。

さて、今回山荘に来たアイロンは骨董品ですが、実際に使えます。形は今のスチームアイロンに似ています。スチーム用の水の入れる口が、代わりに煙突の口になっているので見かけはその部分まで似ています。業務用では石炭を当時は入れたでしょうが、今あるものは小ぶりで、薪ストーブのオキを入れるとちょうど良いようです。薪ストーブと同じ様に、温度調整はオキの量と空気穴を加減して行います。薪ストーブを使っている間に一度使ってみたいです。ストーブの薪の熱で直接加熱して使う、コテは前からありましたが、はんだごてと違い自分で熱源が無いのですぐ冷めますが、このアイロンは熱源を内蔵しているので、今と違い、火鉢などの裸火を座敷で使う習慣のあったつい最近まで実用品でした。

さてミシンです。こちらは骨董品ではありません。金沢で使っていたシンガーの足踏みミシンです。電子ミシンより厚ものが縫えます。そういえば金沢のジーパン屋さんでも工業用の足踏みミシンにモータを付けたのでジーンズの裾直しを目の前でやっていました。黒光りするこの足踏みミシンは、しばらく実家の親がポータブルミシンが使い難いので貸し出していた物が里帰りしました。貸出先でしばらく使っていなかったのでチューニングをしました。足踏みミシンは錆付いた古い物でない現役でも、しばらく使わないとミシン油が酸化して固まり、動きが堅くなります。そのため頻繁にミシン油を注油します。油の行きわたった足踏みミシンは、カタカタと良い音です。電子ミシンでは、歯車やカムが多く、回転運動でブーンという音ですが、足踏みミシンでは往復運動の機構が多く、特有の音がします。最近のポータブルミシンはあまり注油をしない様です。それでも取り説には針の滑り部分と、ボビンケースの入っている釜には使う時毎回1滴だけ注油する様に書いてあり、注油用にフェルトの油受けが付いています。

足踏み時代のミシンを見た事のある方は良くご存じでしょうが、ミシンには注油用の穴がたくさん空いています。最近は足踏みミシンがアンテークの飾りに成って来て、使えなく成った骨董品も売られています。貸し出した足踏みミシンも、最近、糸が針の軸に食い込んで動かなく成ったと聞き、粗大ごみに誤って出されたら大変と回収です。そもそも糸の先端が上下する針の軸に食い込むのは、想定内で(最近の日本人は何でもすぐ想定外と言いますが)油を刺した後で余分な油を拭き取るのはメンテの基本、糸先が油に濡れて軸に付着して巻き込まれるのは想像出来ます。骨董品で出回っているミシンは、回転部分がクランクとカムで出来ていて、潤滑油をさす部分が山ほど在ります。今回帰って来たミシンは同じシンガーでも歯車が一部使われています。

ミシンは針を動かす為の回転軸が本体の上部に横に成っています。もう1本の回転軸はボビンケースと釜を動かす為に本体の下部に横に付いています。この2本の回転軸の回転が同期していないと、ボビンから針で糸を引っ掛ける事が出来ません。古いシンガーではここがクランクとロッドで連結でしたが、今回戻ってきたミシンは少し新しく成って上下の回転軸が傘歯車でつながっています。クランクの機構が歯車に変わり、コンパクトに成ったり、動きがスムーズに成った事もありますが、歯車の利点は潤滑油でなくグリスを使う事。メンテの基本は動きの激しい所はオイルでなくグリスです。歯車にはグリスが使えるので、オイルが飛び散らず注油が省けます。

それでも注油個所はたくさんあります。最初はCRCの粘性の無いオイルで洗浄してから、少し粘性のあるいわゆるミシン油をさします。ミシン油は、マシン油(機械油)とかスピンドル油とも呼び、粘性の低いオイルで、値段も自動車のエンジンオイルに比べ安く、ホームセンターでも一番安いオイルです。高いオイルは、エンジンオイルの様に、添加剤を加え、耐熱性や酸化防止作用を上げたものですが、ミシンは安いオイルを頻繁に注油する方が良いです。

グリスとオイルの違いは粘性です。粘性で使う場所を選びます。例えば自転車。チエーンと軸受けのボールベアリング。チエーンは回転するのでオイルが飛び散るのでグリスでしょうか?飛び散るのはオイルの量が多いから。チエーンにつける潤滑油は、チエーンオール用の粘度の高いオイルを付けますが、行きつけの自転車屋さんは普通のCRCです。そしてチエーン同士をつなぐ軸に浸み込んだら、余計なオイルを布で拭き取るのです。ボールベアリングにはグリスです。グリスの詰まったベアリングケースにうっかりオイルをさすと、グリスが溶けてかえって油切れに成ります。機械はオイルとグリスが使い分けられています。オイルをさす部分を間違えると大変です。オイルにも、さらさらした物から粘っこい物まであります。チエンソーのオイル等は、粘性が高く、刃が回転しても飛び散りにくいです。

オイルやグリースにとって粘度が重要な様です。粘性は、ありふれた性質ですが、粘度として数字で表わす事は普段あまりありません。液体の粘性を表わす粘度は、現在 計量法ではパスカル秒という単位で表わします。記号はPa・sです。この単位は普段なじみの無い数字なので、水の粘度を測ってみます。正確に測るには何も溶けていない蒸留水を使います。水の粘度は0.001Pa・sです。小数点以下の0が多いので、1/1000を表わすmを付けて1mPa・sと普通表わします。正確には20℃の時、1.00mPa・sです。粘度の値は水を基準に決めた訳ではないのですが、偶然きりのいい値です。同様に他の液体の粘度を測ってみると、醤油やジュースが約10mPa・s , オリーブ油 約100, ゴマ油 約1000,マヨネーズ 約10000,といった具合です。それぞれさらっとしたスピンドル油からグリースまでに相当し値の幅の広いことが分かります。またサラダ油を容器から取り出す時は粘性が高いですが、鍋に入れ加熱した時はさらっとしています。一般に液体の粘度は温度が上がると小さく成ります。そこで粘度の値を表す時は、何℃の時の粘度なのかを書いておきます。

実験室で粘度を測る事があります。粘度の測定は、ガラスの細い管に液体を流し、一定量が通過する時間を測る方法(実はこれが粘度の単位に成っているので単位に秒が付いています)もありますが、粘度計という機器を使い簡単に求める方法もあります。しかし実験はそれほど簡単ではありません。先ほどの熱したサラダオイルの粘性が下がる様に、粘度の値は温度で変わります。20℃で1.002あった水の粘度は、50℃に温めると半分の0.5に下がります。粘度の測定は1℃温度がずれても数字が変わるので、簡単に測れる粘度計があっても、温度計のように液体に粘度計を突っ込めば測れるものではありません。測りたい液体を、恒温水槽などで指定された温度に保った状態で測ります。異なる液体の粘度を比べる時は、同じ温度で測定した値を比較しなければなりません。

測定値を書く時に、何℃の時の値とカッコで書く物にはこの他、pHや導電率があります。 pHメーターを使った事のある方は、電極に温度補償電極と書いてあるのに気付きましたか。少し高いpHメーターではこの温度補償電極が付いています。今までの実験室の経験では、この温度補償について誤解が多いようです。pHを測る時には、計量法ではpH標準液を使って校正します。この標準液には20℃の時の値が6.88、25℃ではといった温度換算表が付いています。また計量法ではpHは温度によって変化するので記載する時はpH7.0(20℃)といった具合に、測定温度をカッコ書きすることに成っています。更にpHメーターの取り説を見ると、温度補償電極が付いていると書いてあります。そこでこの3つから、このpHメーターは自動で温度換算をしてくれると思ってしまう人がいます。この温度補償機能は温度補正機能ではありません。電極の特性が温度によって変わるので、特製の補償をしているだけで、温度の校正は測定者がしなければ出来ません。その為JISのpH測定では、pHの値の横にカッコ書きで測定温度を書くことに成っています。ところが温度の不要なpHもあります。水道水のpHは、水道水質基準をよく見るとpHではなく“pH値”と成っています。水道水のpHは、今のガラス電極式pHメータの普及する前からフェノールフタレンの様な指示薬を使って現場で測っていました。その後時代の変化でpHメータを使う様に成りましたが、過去のデータも統計として連続させたいので昔のままなのです。

pHメーターに比べ、使った経験者は少ないでしょうが導電率計というものがあります。排水の塩分濃度を簡単に測る測定器で、pHメータ同様、測りたい水に電極を突っ込むとすぐに値が出ます。導電率も温度によって値が変化するので、通常は25℃の時を測ります。導電率計も少し高いものは、温度補正機能が付いています。こちらは補償でなく、補正です。補正機能をオンにしておけば25℃の値に換算して表示します。液体中の金属やイオンの濃度を測定する時は、それほど液温を気にしませんが、こうした粘度、導電率、pHの測定では液温を正しく測らないと正しい値が出ません。【分類:化学】

[ 2016/11/21 ] 『黒姫高原理科教室』NO.155 機械と道具、ミシンとアイロン

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NO.156 デジタルリマスター版 男と女


最近 長野市権堂の映画館、ロキシーで50年前の名作、“男と女”を観ました。若い人は昔すぎて観ていないでしょうが、有名なテーマ音楽だけは聞いたことがあるはずです。その映画がリマスターされたものが上映されました。洋画ファンにも、自動車レースファンにとっても名作映画ですが、今回はカラーフィルムの話です。

製作後、何十年とたった映画のカラーフィルムは劣化が激しいですが、デジタルリマスターによって復活します。これはカラーフィルム固有の退色で、モノクロフィルムでは100年前の映画も鑑賞できます。似た現象は写真のフィルムでもあります。最近はあまり使わなくなった、デジタル写真ではなくフィルム写真のほうです。若いころのカラー写真を貼ったアルバムを引っ張りだしてみると、きれいだったカラーの印画紙上の画像の色から色彩が抜け、全体が赤っぽくなっていたりします。昔のカラー写真は技術が悪くこんな色だったかなと思ったりしますが、色があせたのです。フイルム写真には、ネガフィルムがあるので、これを今は少なくなったプリントサービスを行う写真屋に持っていくと、ネガフィルムの方も退色していて、大事な写真は早めにパソコンに取り込んでおけばよかったと後悔したりします。年配のカメラ好きなら、カラーフィルムの出回る前にはモノクロフィルムで写していたでしょうが、そちらの白黒写真の方は退色はありません。映画のカラーフィルムの退色の話しの前に、写真のことから話しましょう。

最近は、デジタル写真からまた、懐かしいフィルムを使った写真が復活しています。フィルム写真のことをデジタルカメラに対して銀塩写真と呼んでいるようです。モノクロフィルムの原理が、臭化銀(ブロム銀、ブロマイドの語源です)の粒子が光にあたり感光して黒い銀になることは、写真機は無くなってもまだ化学の授業で教えているはずですから、多くの方がご存じでしょう。でも、銀塩写真って銀を使った写真だから今復活しているのはモノクロフィルムの写真と思っていませんか。カラーフィルムで写すカラー写真もモノクロ写真と同じ銀を使っています。銀塩写真とは、フィルムに臭化銀を使った写真で、モノクロフィルムも、カラーフィルムも、映画のフィルムも、レントゲンフィルムもみんな当てはまります。

フィルム写真がデジタル画像にかわり、現像サービスを行う写真屋が減ってきましたが、減ったというなら米屋さんが減った方が変化が大きいでしょう。こうした現象は思い出すと過去にもう一度ありました。コピーの方法です。若いころは書類をコピーすると言うと、青焼でした。青写真に似た湿式のジアゾコピーで、コピー機から出てきた複写した紙は濡れていて、しばらく乾かしてから使いました。ゼロックスが出回ってからも、経費節約で、コピーが多い時は青焼きコピーを使えと言われました。今の、カラーコピーは経費節約でできるだけモノクロコピーにしましょうと同じです。

写真の歴史を考えると、ちょうどその歴史の順に子供のころから学生時代まで教わってきました。学生時代の有機化学では、コダックのカラーフィルムの原理がロバーツの有機化学に載っています。せっかくなのでこれを振り返ってみます。最初は青写真です。最近の子供はこれで遊ぶのでしょうか。当時は、子供向け雑誌の付録にもありました。薬品を塗った感光紙を黒い袋から出して上に樹の葉などを乗せて、しばらく日光に当てておくと陽にあたった部分の色が変わります。白い感光紙が青くなるものと、青い紙が白くなる物がありました。日光写真とも呼んでいました。そのままでは光があたって全体が同じ色になってしまうので、水洗いして薬品を洗い流して変色を止めます。当時の子供には、興味シンシンです。これも写真の現像、定着と同じ行程です。中学生になると、理科の教師が試薬を混ぜて実験して見せてくれます。理科クラブの連中は自分たちで試薬を調合して印画紙を作って実験しています。

青写真は鉄の化学的性質をうまく利用しています。青色の色素や顔料は鉄を含むものが多いです。鉱物や焼き物の色も、鉄の化合物が関わっています。金属の鉄が溶けたイオンには2種類あります。2価のイオンと3価のイオンです。水中では2価の鉄イオンはうすい青色、3価は黄色です。2価の鉄イオンを含む地下水をくみ上げた時は色がなかったのが、一晩置くと空気中の酸素で酸化して3価になり、錆のような黄色になることがあります。鉄のように元素の周期表の中央付近の段にある金属は、遷移元素といって、いろいろな価数をとり、化合物によっては2価、3価それぞれきれいな色がついています。また、2価の鉄イオンと、3価の化合物を混ぜると青色のきれいな化合物ができます。古くから、プルシアンブルーとか、ベルリン青とか、ウルトラマリンと呼ばれる顔料です。

2価の鉄イオンは酸化されて3価になりますが、3価の鉄イオンは光が当ると2価のイオンに変化します。クエン酸鉄アンモニウムを溶かして塗った紙の上に、透明な板に黒いマジックで文字を書いて重ねしばらく太陽の光に当てます。クエン酸鉄アンモニウムには3価の鉄イオンが含まれていて、光が当たった部分は2価の鉄イオンに変わります。ここにヘキサシアニド鉄(V)カリウム(昔は赤血塩、フェリシアン化カリウムと呼びました)の水溶液を塗ると、光の当たった部分にできた2価の鉄と反応してベルリン青という水に溶けない青い顔料ができます。残った部分の薬品を水で洗い流せば、光にあたった部分が青く残り、他の部分は紙の色のままです。この方法では、化学反応が進むのに時間がかかり、10分以上も直射日光に当てないと色がうまく出ません。そこで、紙に塗る試薬をジアゾニウム塩というものに変えると、太陽光線でなく、強い照明で感光するようになります。あとの原理は変わりません。今のコピー機械に慣れた若い人には不思議かもしれませんが、原稿をコピーすると、複写された紙が濡れて機械から出てくるのです。試薬の名前からジアゾコピーとも呼んでいました。このコピー方法は、コピー用紙と原稿を重ねて機械に入れ、強い照明を原稿の紙を通過させて印画紙を感光させます。厚い紙では光を通さないので使えませんでした。この方法は、今のガラス板に原稿を当てる方法と違って、原稿と印画紙をピタッと重ねてコピーするので、歪みがなく、設計図面などのコピーに適していました。今でも設計図のことを 青写真と呼んでいるのはこのコピーのことです。その後、ゼロックスの登場で、コピーは写真とは別の方向に行きます。

モノクロフィルムを使った写真も、青写真と似た化学反応の行程です。モノクロ写真に使うフィルムには、青写真では鉄の化学反応を使いましたが、銀の化学反応を使います。モノクロフィルムには、臭化銀の細かい結晶がゼラチンのような水を通す膜に練り込んであります。この膜の中で銀の化学反応をいろいろ進めて、光の当たった部分を黒く固定するのです。映画、マジソン郡の橋を思い出してください。熱い季節の南部の農村で、ライフのカメラマンの主人公が、見知らぬ農家で休ませてもらいます。カメラマンのトラックの荷台にはアイスボックスがあります。でもこれはビールを冷やすためではなく、フィルムを入れておくため。農家で休む間、フィルムを冷蔵庫に入れさせてと頼みます。当時は多分コダックフィルムでしょうが、採る前のフィルムも、撮影後も熱に弱いのです。

モノクロフィルムの乳剤の膜の中には、臭化銀の細かな結晶というより粒子を分散させてあります。臭化銀の結晶は光が当たると還元反応が起きて、結晶の一部が銀に変わります。レンズでフィルムの表面に光が集まり、一部が銀に変わる結晶の数は、光の当たった部分ほど多く出来ます。これを潜像といって、結晶の一部が銀に変わっただけなので、目で見ても分かりません。そこで現像という化学反応を行います。現像とは、結晶の一部に光があたり銀の小さな微結晶ができたものを、キノンという薬品を使って、結晶全部を銀に変えます。銀の微粒子のできていない臭化銀の結晶は変化しません。現像の結果、光にあたった部分は銀の結晶に変わり、光の当たらなかった部分は臭化銀のままです。できた銀の粒子は水に溶けません。

一方元の臭化銀は塩なので、水に溶けます。そこで、現像したフィルムを薬品で水洗いすると、最初にフィルムに分散させた臭化銀は水に溶けて無くなり、感光してできた銀は溶けずに残ります。この操作を定着と呼んでいます。臭化銀を溶かす薬品は、化学で還元剤としてよく使われるチオ硫酸ナトリウムです。この薬品をハイポと呼ぶ人がいましたが、化学の名称では間違いで、化学の授業でも、間違った名称の例としてよく挙げられます。銀というと、文字どうり銀色に渋く光る金属を思い浮かべますが、写真では銀の部分は黒くなります。金属の塊の銀は、表面で光を反射して金属光沢のいわゆる銀色ですが、細かな銀の粒子は表面の凹凸で、当たった光を全部吸収するので光を反射せず黒く見えます。できた銀の粒子は光にあたっても変化しないので、これでフィルムは暗室から出しても変化しません。フィルムの現像の作業はこれで終わりですが、この時水洗いが不十分だと、使ったチオ硫酸ナトリウムが残ります。銀は金と違って、時間がたつと酸化して変色します。よく昔の写真がセピア色(セピアとは昔、黒インクの代わりに使ったイカスミのことで、真っ黒ではなく少し茶色みがあります。イカスミパスタの色です)に変色することがありますが、これは水洗いが不十分で銀が残留したチオ硫酸塩と反応して硫化銀になったためです。よく水洗いしておけばモノクロフィルムは変色しません。

写真のフィルムでは、画像の陰影は逆転しています。写した像の白い部分はフィルムでは感光して黒くなっています。逆に暗い影の部分は、フィルムでは臭化銀が洗い流されて透明です。このフィルムは、陰影が逆転しているので逆という意味のネガフィルムと呼んでいます。ネガフィルムをフィルムと同じように臭化銀を塗った印画紙に重ね、光を当てて焼きつけ、現像、定着、水洗とフィルムと同じ操作を行うと、印画紙上に元の被写体の像ができます。陰影が逆転したネガフィルムがもう一度陰影を逆転させると元の陰影に戻ります。写真で使う印画紙の代わりに、もう一度透明なフィルムを使って焼きつけると、これがモノクロ映画の映写フィルムになります。現像する前のモノクロフィルムは撮影前も、撮影後も熱や時間経過にたいして不安定でしたが、現像したものは無機物の銀の粒子だけなので化学変化をしにくい物質です。デジタルデータは、長期保存出来そうですが、電磁気的な影響を受けて壊れる可能性があります。その点、銀の粒子としてデータを保存するモノクロ写真、フィルムは100年以上もちます。

印刷の場合、カラーインクや顔料、染料があれば、カラー印刷はできます。印刷の場合は、パソコンのインクジェットを含め、原理は同じで、黒インクかカラ―インクの多色刷りかの違いだけです。ところがカラーフィルムの発明には時間がかかりました。カラーで撮影できるフィルムの発明に時間がかかりました。しかし、カラーフィルムが発明される前にも、カラー映画はあったのです。モノクロフィルムにカラーインクで色を着けるような方法ではなく、ちゃんとしたカラー画像の映画です。映画ファン、とくに洋画ファンは、映画の字幕の翻訳者に大変関心があり、翻訳 戸田奈津子と画面に出ることで洋画の評価をする人もいますが、中にはフィルムのメーカーに関心がある映画ファンもいます。エンドロールにフジフィルムと出てくると、やはりコダックよりフジの方が空の青がきれいだとか言う具合です。デジタル撮影になりフィルムを使わなくなり、これも関係なくなりました。カラー映画の最初のころは、総天然色映画とか呼んでいた時代もありました。この時は、画面にテクニカラーと表示が出ました。これがカラーフィルムができる前のカラー映画の方法です。テクニカラーとは、テクニカラー社の発明したカラー映画の撮影、映写方法です。

まだ日本映画がモノクロだったころ、洋画ではテクニカラーで撮影した大作が、わざわざ総天然色映画と断って上映されました。カラーフィルムを使わず、どうやって撮影したのでしょう。実はモノクロフィルムを3本使うのです。光の3原色、赤、グリーン、ブルーのフィルターを着けたモノクロフィルムを同時に撮影するカメラを使うのです。上映するときは逆にそれぞれの色で撮影したフィルムに、赤のフィルターで撮影したものは赤いフィルタを通した赤い光を当てて映写します。スクリーンの上で、3原色が合成されてカラー映像になるのです。(原理はこんなものですが、実際には3原色の像がずれないように、うまい工夫があります)お気づきでしょうが、このテクニカラーは、画面はカラーですが、フィルムはモノクロなので、その後発明されたカラーフィルムのような退色がありません。

本物のカラーフィルムの発明は、あの有名なコダック社です。フィルムの上で、光が当たった部分に化学変化を起こして光の通らない粒子を作るためには、どうしても臭化銀が銀に変わる反応しかありません。臭化銀だけではモノクロフィルムしかできませんので、色の着いた粒子を作るには、臭化銀に色素を化学結合しておくのです。赤、グリーン、ブルなどの色素を臭化銀に化学結合しておいたフィルムで撮影すれば、それぞれの色のついたネガフィルムができます。これでは白黒写真が、白赤写真に変わるだけです。この3色のフィルムを重ね合わせて1枚のフィルムにするのです。このフィルムで撮影したものを現像すれば、映像は3原色に分解して3層の乳剤に残り、普通の白色光を当てれば元の像がカラーで見えるはずです。ところがこれでは現像したフィルムは真っ黒なのです。感光した色素を結合した銀が残っているからです。モノクロフィルムの現像では銀の粒子が残って黒い像になるのでよいのですが、カラーフィルムでは色素だけが残れば良いので、最後に薬品で銀を溶かして消します。これでフィルムには色素だけが残ります。

気が付かれた方がいるでしょうが、モノクロフィルムでは、ここでできるのは明暗が逆のネガフィルムですが、上の方法では実際の像と同じ色になってしまいます。フィルムは、ネガフィルムを作らないと複製の焼き増しができません。カラーのネガとは何でしょう。美術の時間に出てきた補色がこれです。2色の色を混ぜると色の無い灰色になる関係の色のことです。赤、グリーン、ブルーの補色にあたる空色、オレンジ、紫の色素でできたフィルムで撮影するとこれがカラーのネガフィルムになります。このカラーネガをカラー印画紙に焼き付けると元の色のカラー写真になり、もう一度フィルムに焼きつければ、上映用のカラーフィルムになります。昔カラー写真をやっていた人は、カラーフィルムを買う時、ネガフィルムですか、リバーサルフィルムですかと店の人に聞かれ、何のこととなりませんでしたか。普通の人は写真用にネガフィルムを使えばよいのですが、スライド用に使うときはリバーサルフィルムを使います。リバーサルとは、何のことはない、ネガとは逆のフィルムです。色素に補色ではなく元の3原色を使ったフィルムです。撮影、現像するとカラーネガではなく、物の色がそのまま出るので、カラースライドにそのまま使えるのです。

このようにして発明されたカラーフィルムですが、モノクロフィルムと違って、フィルムに残っているのは色素だけなのです。色素は強い光や時間経過で分解してしまいます。特に3原色のうち、赤以外の退色が大きいので、古くなったカラー写真は赤白の色彩になっているはずです。そのため古いカラー映画はデジタルリマスターが必要になってくるのです。映画業界では、デジタル情報もDVDの耐久性の点で寿命があり、昔のテクニカラーのモノクロフィルムの方が、100年先に映画を残す方法に適しているという話もあります。ところで長野市の映画館、ロキシー座ですが、今月100周年の記念イベントがあるそうです。建物の方は120年以上の歴史。各地で名画座が消えていく中で、ロキシー座はミニシアターでもなく、旧作上映の名画座でもない、シネコンでは観れない洋画ファンの好みの新作上映の映画館です。3スクリーンですからいわば映画通のシネコンです。すごい映画館が長野にはあります。しかし毎回、観客の数が少ないのです。今回のリマスター版の上映では少し多めでした。洋画ファンは、ここでしか見られない先品目当てにわざわざ遠方から来るようです。東京の洋画ファンも新幹線で権堂まで来てください。【分類:化学】

[ 2016/12/03 ] 『黒姫高原理科教室』NO.156 デジタルリマスター版 男と女

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NO.157 信濃町水道料金の値上げ


信濃町の水道料金が値上げに成ります。上水道については、安全安心な水の供給は当然、さらに飲んでおいしい水を供給する役目があります。理科教室ではこちらの方を中心に話をしてきましたが、水道水には安定して水を供給する経営も重要です。水道管の老朽化やそれに伴う漏水による水の喪失も今回の値上げの理由の一つの様です。しかし、国民の健康の為から受益者負担に経営が変わり、どこの自治体でも水道施設の老朽化は問題に成っています。水源の確保と経営の健全化はどこでも課題です。そして多くの大都市がこれをうまく進める事が出来ません。水源の確保は、逆に不味い水道水が増え、ペットボトルの水を飲む人口が増え、水道離れが増えて返って経営の悪化です。経営の民営化は逆に値上げや不味い水を促進しています。幸い信濃町は水源は豊かで、おいしい水です。余所から水源を引き込まなくても、信濃町には豊かな水源が在ります。経営の健全化を考えれば解決は出来ると思います。

私が以前住んでいた金沢市の水道料金も、信濃町に負けないくらい安くはありません。水道料金は、大都市が安く、地方の小さな自治体の方が高いとは限りません。自己水源があるか、余所から水を買うかで差があります。個人ではなく、水道事業体に水道水を売るのが専門の県営の水道用水供給事業という物があります。自治体の中に地下水や河川などの水源が無ければ、ここから水を買わないといけません。県営と言っても、水道事業なので水道用水供給事業も儲かる値段で自治体に売ります。小さな自治体でも、豊富な地下水があれば、簡易水道をあちこちに作れば、浄水場を作らなくても安く水道ができます。

金沢市の水道水は、市内を流れる犀川と浅野川の上流の山間部から豊かな水源を確保でき、これを自己水源として水道事業を行っていました。さらに末浄水場は、全国的にも名水で知られた緩速ろ過の浄水場で、この浄水場の配水エリアは今でもおいしい水道水を飲んでいます。石川県は、金沢市のある白山扇状地一帯の加賀地区と、日本海に突き出た能登半島の在る能登地区に分かれています。半島は河川に恵まれていません。能登半島の中程に在る能登島の民宿に、サイクリングで毎年出かけていました。この時民宿で飲んだ水道水(島の簡易水道)は塩味がしました。海水よりは薄いですが、生理食塩水はポカリスエット同様、辛くはありません。この濃度より塩分が濃いと言うことです。それがある年から塩辛くなく成りました。石川県が、白山扇状地を流れる1級河川、手取川にダムを作り、水道用水供給事業を始め、水の乏しい能登半島まで水道用水の供給を始めたので、能登島も手取川を水源とする水道水に成ったのです。こうした用水路は、全国でも農業用水や工業用水でよくある話です。

ところが計画に問題がありました。水道水供給事業は事業として儲からないとなりません。儲からないのです。そこで県は各自治体に水の押し売りを始めたのです。計画最大供給量の7割を強制的に市町村に割り当てたのです。この結果、自己水源のみで成り立っていた金沢市の水道水は、自己水源より水道用水供給事業から供給される外部水源の方が5割を超え、多く成ってしまいました。せっかくおいしい水源があるのに、不味くて高い県水を買わされ続けることに成りました。その後強制割あては6割に下げられましたが、まだまだ金沢市の水道料金は高いままです。【分類:水道】

[ 2016/12/30 ] 『黒姫高原理科教室』NO.157 信濃町水道料金の値上げ

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NO.158 薪ストーブの煙突掃除


先月11月の山小屋の冬支度で、薪ストーブを焚き始める前の例年の作業で煙突掃除をして、さっそく試しに薪を燃してみました。薪ストーブを初めて4年目の冬で、ようやく1年以上乾燥させた楢材の薪が溜まってきました。よく乾燥した楢の薪はうまく燃えます。薪ストーブ最初の年は、林業組合から買った楢の丸太を夏の間に割った薪をその冬に燃やしたので、シーズン終わりには煙突に大量のヤニが着きました。3年目に成ってようやく夏場に割る薪の量が、冬場に燃やす量を越えて、次のシーズンまで乾燥させて置ける薪が溜まってきました。

山小屋で色々木材加工をやっていると、切れ端が溜まってきます。おがくずはチエンソーの分も丸鋸の物も、土に返しますが、コッパが溜まって来ます。そこで薪ストーブで燃やす事にしました。杉や米ヒバ等の端材は火の点きが良く燃え易いので、最初の点火用に使う事にしました。その後、大量に溜まったコッパ材をまとめて燃やす事にしました。ところが大変な事が起きました。煙突が詰まってしまったのです。煙突の中に大量のタールが溜まってしまいました。針葉樹を燃やしてはいけないのを忘れていました。針葉樹は最初は燃え易いのですが、大量に燃やすと、広葉樹の楢材をゆっくり燃やす様に設計された薪ストーブでは空気が不足して燃焼温度が下がり、酸素不足で燃焼してタールや木酢液のできる低温での燃焼に成ってしまったのでした。薪ストーブ開始後さっそく煙突掃除のやり直しでした。煙突に溜まった大量のタールを除いて楢材を燃やすと、いつもの様に快調に燃焼、煙突も熱く成り煙が良く登っていきます。

広葉樹に比べ、軽くて燃え易い針葉樹は結構油分が多いのです。油分が多いから燃え易いのですが、その為には燃焼を支える空気が大量に要ります。太い薪を1本くべたら、暫らくは持つ薪ストーブには、ずっしりと重い広葉樹の薪でないとダメなのです。

改めて敷地内の樹木を見てみます。針葉樹のカラマツと広葉樹の栗や胡桃を比較します。成長のよいカラマツは上に伸びるので、単位面積当たりでは樹木数が多く、成長につれて下の方の枝が落ちて行くので、木の下には日照ができ、新しい樹木が育ちます。強風の後にはたくさん枯れ枝が落ちています。落ちた枝は太い物では付け根が10センチほどですが、針葉樹なので燃料にできません。広葉樹の栗や胡桃の方は横に広がるので1本の木で広い面積を占領します。木の下は日陰に成るので、新しい樹木の成長はありません。樹木が老木に成り倒れたり、人が伐採して地面に空間ができると初めて若木が育ちます。針葉樹が燃料になれば効率が良いでしょう。

栗や胡桃は秋の終わりに一気に大量の落ち葉が出ますが、翌年になると分解してすべて腐葉土になって地表に堆積しています。秋の終わりに地面に厚く積もった広葉樹の葉は、積雪が溶けた時にはペタンコになっていて、表面の黒く変わった葉をめくると、下の層はもう分解が始まり、腐葉土に成りかかっています。その下の黒ボク土と一体化しています。カラマツは針葉樹の中でも落葉する樹木です。一方カラマツの落ち葉は分解し難く、カラマツの木の下の地面には粉の様な落ち葉の層がそのまま数年黒ボク土の上に堆積しています。針葉樹の葉は油分が多く分解し難い様です。

以前の記事で、紅葉する時、それまで葉に含まれていた糖分などの栄養は根に移動し春の新芽の成長のため蓄えられる話しをしました。クスノキの話では、クスノキは冬に葉の落ちない常緑樹と言いました。同じ常緑樹でも、松などの針葉樹や、椿などの葉の分厚い広葉樹の葉は何年も枝に着いていますが、クスノキの葉は、ブナなどの落葉広葉樹の様に薄い葉です。秋の終わりに成るとクスノキの下にはたくさん落ち葉が溜まります。クスノキの葉は、落葉樹の様に1年未満でなく、およそ1年で新しい葉に変わるので、冬に一気に無く成らないだけで、毎年たくさんの落ち葉が出ます。落ち葉は、落ちる前に糖分を移動させてから落ちますが、まだ葉の中には十分なミネラルや養分を含んでいます。森全体で考えると、植物の栄養は、地面から根で吸収、植物の成長、落ち葉でまた地面に戻り腐植土となって再循環するなかで、腐植土として蓄えられている量が沢山あります。落葉樹のミネラル、栄養循環では土壌中の腐植がこれらを蓄え、供給する役割をしています。

都会では、街路樹や庭の木から出た落葉を、ゴミとして集めて燃やしてしまいます。街路樹では、風に吹かれたりして落ち葉はゴミ扱いです。雨水については、最近はアスファルトから透水性のタイルに変わってきましたが、落ち葉は邪魔物です。せめて家庭の庭では、落葉はそのまま土に返せば良いのですが、落葉をきれいに掃くのが良い事という風習です。おかげで庭土から腐植分が無くなり硬く成ります。今では家庭の土は、ホームセンターで毎回買うのが常識の様に成りました。落ち葉はゴミという認識が広まっているので、悪徳業者が山に来て落葉を堆肥、腐葉土用に大量に回収して行っても、泥棒とは思われません。

落ち葉については、もっとすごい犯罪が過去にありました。ベトナム戦争の時にアメリカ軍が行った枯葉作戦です。ベトナムの森林に大規模に農薬の除草剤を空中散布したのです。農薬を大きく分けると、除草剤、殺虫剤、殺菌剤があります。除草剤には水田で稲以外の雑草だけを枯らす選択性のある物と、植物なら全て枯らす物があります。枯葉作戦では後者の強力なものが使われ、撒かれた者だけでなく、空中散布をした者にも薬害による深刻な後遺症が起きています。

農業では、一般にこうした薬害などの二次災害が問題にされ、農薬の使用自体は農業の生産性のため仕方がないとされていますが、枯葉作戦では除草剤の散布自体が犯罪なのです。枯葉作戦の目的は、議会などでの書類上の目的は病原菌の除去等と成っていますが、農薬の殺菌剤、殺虫剤でなく除草剤の使用から、これは誰でも嘘と分かります。一般にはジャングルの樹木の下や、湿地帯の植物の陰に隠れた敵から味方の軍隊を守る為に森から葉を落して、航空機からの見通しを良くすると言う戦術的な目的が信じられています。これも嘘です。

本当の目的は、非占領地帯の農業生産が出来ない様にして、北ベトナム側やゲリラ側の食料生産を断つ事が目的の、戦略的な作戦です。隠れる為の森の葉を無くすのなら焼く事も出来ますし、水田の収穫を止めるにも他に方法はあります。農薬散布は一見、非軍事的な行為に見えます。自国の軍隊の安全確保の為という嘘も通り易いでしょう。しかしこの農薬の大量散布は実は爆弾やナパーム弾での 破壊以上に狡猾で永久的な農業生産を破壊する方法なのです。

ベトナムの熱帯雨林や温帯モンスーン地帯の森林は、常緑広葉樹です。一年中葉が落ちません。もちろん数年周期で落葉はしますが、落ちた葉は高温の熱帯の土壌ではすぐに菌類、細菌が分解してすぐに根から吸収再生されます。この地域の土壌は腐植の層がありません。腐植層が無いので土壌の保水性もありません。落葉樹の森では、植物の栄養の循環は土壌の腐食に蓄えられています。気温の低い地方に行くほど土壌中の腐植の分解速度は遅くなり、腐植層は厚く成っていきます。逆に熱い地域では土壌の腐植層は無くなります。この地域では、森林の栄養循環のサイクルは、1年中着いている常緑広葉樹のよく茂った分厚い葉の中に森林全体の栄養が蓄えられているのです。この常緑広葉樹の葉を一気に枯らすと、一度に落ちた葉は保水力の無い表土では分解しても根から吸収される前に 雨水で流されていまします。もしこれが落葉樹の森なら、まだ土壌には次の成長の為の栄養を含んだ腐食が残っていますが、常緑樹の森ではもう土壌に栄養は蓄えられていません。森林の終わりです。

除草剤を撒く事で、森林や水田を砂漠化して食糧生産を永久に出来なくする知恵を軍人に教えた科学者がいたのでしょうか。枯葉作戦については、除草剤の後遺症や、除草剤を製造したメーカーが儲けたとか、余った除草剤の処分などが問題にされていますが、少なくとも農薬は使い方の良し悪しはありますが、農業生産を上げる為の物の筈です。それを軍事作戦と騙って一国の農業生産を破壊する事は犯罪です。この時代は世界的に公害が問題に成って来た時代で、公害研究も盛んで、生態学という分野もできてきて、枯葉作戦に反対する科学者もいました。枯葉作戦で得をするのは誰でしょう。農薬メーカーか食料生産国でしょうか。今のTPPで儲かる国と変わらない様です。【分類:植物】

[ 2016/12/30 ] 『黒姫高原理科教室』NO.158 薪ストーブの煙突掃除

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NO.159 グローエンジン


山小屋で使っているチエンソーや草刈り機はメンテの楽な2サイクルです。音の静かな自動車と同じ4サイクルエンジンもありますが、自分で分解点検を行うには2サイクルエンジンの方が良いです。2サイクルのガソリンエンジンは、自動車の様にエンジンオイルをクランクケースに入れておけ無いのでガソリンに予め加えた混合ガソリンを使います。その為シーズンオフに燃料を入れたままにして置くと、キャブレター部分の燃料が、揮発性の高いガソリン成分だけ蒸発して、粘性の高い潤滑油は蒸発しないので残り、キャブレターが詰まってしまい、来シーズンに使え無く成ります。そこでシーズンオフに成ると、エンジンの空運転をします。燃料タンクの中の混合ガソリンを抜いておき、配管内に残った燃料だけで動かし、燃料切れで止まるまで運転します。これでキャブレターの中の燃料が空に成り、残った燃料中のオイルが詰まって来シーズンになって動か無く成る事はありません。別に分解掃除をする訳で無く、止まるまで動かして置くだけなので、面倒ではありません。

チエンソーや草刈り機のエンジンは、自動車のエンジンと排気量が異なるだけで同じ構造のガソリンエンジンです。ガソリンエンジンは 内部で燃料に点火してピストンを動かすシリンダーに空気を吸い込む側と、燃焼の終わったガスを排気する側にバルブのある音の静かな4サイクルとバルブの無い構造の簡単な2サイクルがあります。4サイクルは自動車に、バリバリと音のうるさい2サイクルは原付自転車に使われています。

排気量というのはこのピストンの上下に動くシリンダーの容積です。バイクでは50立法センチ(CC)程度ですが、草刈り機では20ccの物もあります。チエンソーでは、バイクと同じサイズのエンジンを使っている訳です。ガソリンエンジンでは、燃料をあらかじめ空気と混ぜて混合気を作るキャブレター、混合気に点火する点火プラグと、その為の電気を作る発電機(マグネトー)、燃料ポンプが小型でも付いています。2サイクルのガソリンエンジンでは、バルブやカムシャフト、消音器(マフラー)は省いていますが、これらは省けないのでこれ以上小さなエンジンは一般用には作れません。

最近の模型飛行機というより、模型ヘリコプターやドローンは、モーターとバッテリーで動いています。私の子供時代に使われていたマブチモーターとマンガン電池では、パワー不足でせいぜい模型自動車を動かすだけでした。当時の模型少年は、中学生になるとモーターで動かす模型自動車から、エンジンで動かす模型飛行機に進みます。燃料で動かすグローエンジンです。排気量で言えば1cc程度の小さな模型用エンジンです。

長野県では発動機マニアが結構います。JAのイベントがあると、県内からエンジンを持って来て集まり運転の公開をよくやられています。ここで言う発動機とは、石油発動機です。ガソリンエンジンの燃料を灯油に置き換えた、あとはガソリンエンジンと変わりません。古い農家の写真資料を見ると、発動機に付いた動輪に平らなベルトを掛け、横に置いた脱穀機などを回している風景があります。はずみ車を兼ねた丸い大きな動輪と、平らな布製のベルトで駆動するのが特徴です。燃料がガソリンではなく、燃え難い灯油なので、エンジンの始動が厄介で、馬力もありません。

古く成って農家の納屋に放置されている発動機を修理、復元するのがマニアの楽しみの様です。黒姫高原でも、黒姫駅に行く途中の道具屋に展示しているので、私もやってみたいです。ガソリンエンジンと同じ キャブレター、点火プラグが付いていますが、灯油はガソリンに比べ気化し難いので点火し難く、エンジンの起動の時はガソリンを使い、動き出したら燃料を灯油に変える構造もあります。

いわゆる昔のエンジンにはこの他に焼玉エンジンがあります。こちらは農家でなく漁船用です。燃料には灯油より更に引火点が高く点火し難い軽油を使います。点火プラグでは無く、焼玉という真っ赤に焼けた鉄で燃料に点火します。燃焼が遅いので、エンジンの音ものんびりしています。歌にもあるポンポン船とかポンポン蒸気というのはこのエンジン音です。この焼玉エンジンの始動方法も独特です。エンジンのシリンダーの上に付いている焼玉(玉といっても球ではなく、中が空洞の球がシリンダーの上部に向けて開いています)をガスバーナーで真っ赤になるまで加熱します。

こうして余熱しておけば、燃料はこの焼玉の熱で点火します。いったんエンジンが始動すれば約玉は燃料の燃える熱で焼けた状態が続きます。余談ですが、最近のキャンプでは携帯用のコンロにガス入りカセットを使った物が多いですが、昔からのコールマンの白ガソリンのコンロでは、先に燃料をバーナーに垂らして火を付け、バーナーを余熱してから燃料バルブを開き、点火します。この焼玉エンジンは燃料を直接焼玉の中にポンプで送るので、混合気を作るキャブレターが在りません。点火プラグもキャブレターも無い、石油発動機より更に簡単な構造です。

ネットでポンポン舟を検索した方は別の玩具の舟が出ませんでしたか?。昔、縁日の露店で売っていた玩具の舟も同じ名前です。こちらは蝋燭の火で小さなボイラーを加熱してその水蒸気の反動で動く玩具の舟です。この玩具もよく考えた理屈で、パルスジェットエンジンの原理と共通で教材にも成っています。

さてグローエンジンはこの焼玉エンジンを物凄く小さくした様な物です。焼玉エンジンと違って混合気を使いますので、小さなキャブレターが付いています。焼玉の代わりにニクロム線を着けた点火プラグの様な物をシリンダーの上部に取り付けて在ります。点火方法はこのニクロム線に電流を流し、赤く焼いてその熱で燃料に点火します。始動したらバッテリーの電線を外します。後は燃焼の熱でニクロム線の温度が保たれます。子どもの掌に載るほどのサイズでしたが、モーターに比べ、パワーがありました。

中学生に成った模型飛行機少年は、まだ大人のやる無線操縦のラジコン飛行機は手が出ないし、ゴム動力の模型飛行機の動力だけエンジンに変えたフリー飛行模型はどこに飛んで行くか分からないので、ピアノ線で模型をつなぎ手で持って飛ばすUコントロールという模型を作って飛ばしていました。片方の翼の先端にピアノ線をつなぎ、もう一方の端を持って、円の中心に自分が立ち、遠心力での軽飛行機を円周上を回し続けるだけで、手の角度を変えると、上昇、降下をします。これならピアノ線の長さの半径分の円の収まる空き地があれば飛ばせます。当時は学校の校庭を使えました。グローエンジンはパワーがあるので、合板を切っただけの主翼でも、十分に揚力が出て、あまり上手でない模型でも飛ばせました。

模型少年は、エンジン付き模型と、点火用の中古のバイクのバッテリーと、燃料を持って、空き地に行きます。燃料はメタノールで、2サイクルのガソリンエンジン同様、予め潤滑油を混ぜておきます。オイルにはひまし油を使っていました。エンジンの頭に付いているプラグと、エンジンの金属部分に、予め家で自作のセレン整流器で充電しておいた鉛蓄電池をつないで、プラグの内部のニクロム線(高級なエンジンは白金線を使っているので切れ難い様ですが、子供は安物)を加熱し、プロペラを数回手で回して、燃料を吸い込ませます。その後、手でプロペラを弾いて始動します。この時、気をつけないと指を怪我します。2サイクルのチエンソーより凄い排気音です。

後、排気ガスの独特のオイルの焼けた臭いや排煙も凄いです。2サイクルのチエーンソー同様、公道を走る自動車では無く、山の中で使うのだからまあ良いか!です。バイクの暴走族と同じで、この爆音がいかにもエンジンで飛ばしていると言う快感でした。後は燃料の無く成るまで円周上を回すだけです。上級者に成ると燃料に色々な混ぜ物を入れていました。今から考えるとガソリンの添加剤と同じです。燃料に揮発性の高いガソリンを使わなかったのは、墜落した時に模型が引火して燃えてしまわない様にでしょうか。本物の自動車レースでも、インデイカーレースでは事故で引火しない様にガソリンでは無くメタノールを燃料に使います。

この模型用のグローエンジンは、メタノールだけで動きますが、性能を上げる為にニトロメタンという薬品を燃料に混ぜます。自動車ガソリンで言う添加剤です。中には、メタノールの代わりにガソリンを入れる人も出てきます。でもガソリンを使うとエンジンが焼けてしまいます。ガソリン自動車の燃料に、ガソリン以外の灯油などを使うと、エンジンが焼けたりして壊れ、指定以外の燃料なのでメーカーに怒られるどころか、燃料税が絡み法律違反に成りますが、チエンソーなら壊れるだけですからやってみませんか?

ガソリンにメタノールを混ぜても動く筈です。但しパワーが落ちるでしょう。灯油では点火しない筈です。ガソリンを燃料とする自動車のエンジンと、軽油を燃料とする船のエンジンや、石油発動機を比べると、ガソリンエンジンは小型です。他の燃料に比べガソリンはパワーが有ります。化学の言葉でいえば、同じ量の燃料で発熱量が大きいと言う事です。ガソリンで動かすエンジンにメタノールを入れたら、もしちゃんと点火したとしたら、発熱量(カロりー)が少ないのでパワーが出ません。逆にメタノールで動くエンジンにガソリンを入れたらエンジンが真っ赤に焼けてしまいます。このあたり、薪ストーブの針葉樹と広葉樹に似ていませんか?。

間違い易いのはハイオクガソリンです。レギュラーガソリン仕様の車に、プレミアガソリンを使うと、何か良い事が起きそう!と思っていませんか?。ハイオク(プレミア)ガソリンとレギュラーガソリンの差はオクタン価です。オクタン価の値が高いほど、エンジンの異常燃焼(ノッキング)を起こしにくいのです。ノッキングを起こしにくい代表的な石油炭化水素のイソオクタンの値を100、逆にノッキングを起こし易い炭化水素のノルマルヘプタンを0としてノッキングのし難さを比べた指標です。

化学を勉強された方はお分かりでしょう。イソオクタンとノルマルヘプタンの分子の違いは分子の構造です。イソと付く化合物は炭化水素が枝状に繋がっているのに対して、ノルマルの方は、分子が直線状に伸びています。混合ガスに点火した時に、燃焼の伝わる速さがノルマルの方が速いのです。ガソリンエンジンの様な、予め燃料と空気を混合しておき、点火プラグで燃焼させる場合は、燃焼速度が遅い方が異常燃焼を起こし難いのです。オクタン価の高い、燃焼速度の遅い燃料の方がより高い圧縮比でエンジンを動かせるので高性能エンジンにはオクタン価の高いハイオクガソリンを、普通のエンジンにはオクタン価の低いレギュラーガソリンを使い分けるのです。

ところでメタノールはと言うと、ガソリンより燃焼速度が遅いのです。そこでガソリンエンジンの燃料にメタノールを混ぜても動くのです。但し、メタノールはガソリンほど発熱量が無いので、同じパワーを出すには燃料を多く使います。メタノールエンジンの自動車を作れば、燃料タンクの容積を倍ほどにしなければなりません。もしメタノールの価格がガソリンより安いとか、資源として豊富にあれば、ガソリンにメタノールを加え、水増し(アルコール増し)すれば良いのです。

20世紀終わりからガソリンにメタノールやエタノールを加えることが行われています。これには幾つか問題があります。まず税金の問題。燃料には複雑な税金が掛っています。更にエタノールは酒税があります。それ以外に炭酸ガス排出の問題です。以前、日本でもガソリンに天然ガスから作ったメタノールを混ぜて売った事がありました。これは税金の問題で消えましたが、原油から作るガソリンも、天然ガスから作るメタノールも化石燃料で炭酸ガス放出源に成ります。植物からバイオ技術で作ったエタノールをガソリンに加える事がその後始まっていますが、植物は再生可能なので炭酸ガス排出源には成りませんが、トウモロコシから作ったエタノールは、トウモロコシを牛の飼料にするのと同じで、トウモロコシを直接食料にした方が良いのではないでしょうか?

ガソリンエンジンと並ぶ物にディーゼルエンジンが在ります。日本では排気ガスを出すと嫌われていますが、ヨーロッパでは人気です。ガソリンエンジンは燃料と空気を予め混合して置き、点火プラグで引火させて燃焼させますが、ディーゼルエンジンでは、ピストンを圧縮した中に燃料を霧状にポンプで入れます。化学で習った様に空気を圧縮すると温度が上がります。圧縮比が高いディーゼルエンジンでは燃料が自然発火する温度に成ります。点火プラグを使わないでも発火するのです。この時はオクタン価の高いガソリンは使えません。オクタン価はむしろ着火し難い指標でした。軽油の様な物の方が着火し易いのです。使い終わった天ぷら油を再生してバスの燃料に使う話があります。ガソリンと違い、軽油は天ぷら油に分子構造が近いです。

フランスで、パリからリヨンに移動するTGVの車窓から、黄色い畑がずっと続いていました。カメラで撮った画像をあとで拡大してみると、菜の花でした。ヨーロッパでは、菜種油を食用ではなく、バイオディーゼル燃料として軽油に混ぜて使っている様です。バイオガソリンよりバイオディーゼルの方が良さそうに思います。【分類:化学】

[ 2016/12/30 ] 『黒姫高原理科教室』NO.159 グローエンジン

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NO.160  シャベルとラッセル


北陸の冬の道路での運転で一番怖いのは積雪より路面の凍結です。道路に積もった雪が日中に溶け、夜間に冷えて凍り、路面が凍結した場合です。こうした路面は積雪のある路面と違って、夜間は普通の露出した路面にしか見えません。カーブや交差点が凍結していると、スタッドレスタイヤでもかなり性能の良いものを付けていないと、滑ってしまいます。こうした路面の凍結は雪の降らない晴れた日の夜間に、放射冷却で路面が冷えて凍るので、雪の降っている時の方が路面に雪が積もりタイヤに食い込んでくれるので安心です。

今の時期、雪国の高速道路を走ると、特に夜間には融雪剤を散布する道路公団の作業車に出あいます。いったん路面の積雪が起きてしまうと、スノウプラウなどの除雪車が出て、この間は高速道路は通行止めです。これは納得がいくのでしょう。一方、融雪剤の散布作業は一般車両の通行をしながらなので、この先低速作業車注意の表示を見ると、作業車は追い越し禁止の表示があったり、無理に追い越すと、散布中の融雪剤のペレットが車に当ったりします。雪に慣れていない都会人は、まだ路面に積雪も無いのに、道路が追い越し禁止に成ったり、追い越すと車の塗装が傷つくとか、窓から融雪剤が入るとかの苦情をブログで見かけます。

雪国に暮らす者から見ると融雪剤の散布は、天候の変化や場所を考え、絶妙のタイミングで散布しているのが分かります。融雪剤の働きは、まだ乾いた路面に予め撒いて置き、降った雪が一端溶けて水に成り、夜間の放射冷却でまた凍って凍結路面に成るのを防ぐ物です。融雪剤の成分の塩化ナトリウムや塩化カルシウムが、雪が溶けた水に溶けると、こうした塩分の溶けた水の凍る温度は何も溶けていない水の凍る温度よりも低く成るので、気温が0℃以下になっても凍りません。塩化ナトリウムより塩化カルシウムの方が凍る温度は低いので、−10℃以下になる長野では塩化カルシウムが良いでしょうが、値段は塩化ナトリウムの方がはるかに安いです。ブログの苦情には、雪も積もっていないのに融雪剤というより凍結防止剤と言った方が良いかもしれません。もちろん積雪に散布しても効果はあります。(このあたりは過去の記事になっています)

以前は高速道路の凍結防止剤散布車はタンクに薬剤のペレットを積んだホッパ車で、追い越した時にペレットが車に当るのは仕方がないですが、撒いたペレットが乾いた路面にすぐに固着しないので風で飛んで行ってしまいましたが、最近の散布車は水タンクを備えていて、あらかじめ湿らせた薬剤を撒いて行く様に変わってきた様です。塩化カルシウムは乾燥剤ですから、水分を吸収して固まってしまうので、密封して保存が必要です。散布の時も早くから水分を加えると固まるので、散布直前に霧状の水を加えている筈です。

凍結防止剤散布に苦情は言えませんが、冬の雪国の高速を運転した後は、車に塩化カルシウムや塩化ナトリウムの塩が付着しています。海水が付着したのと同じですから、車を大事にする人は洗車が気に成るでしょう。塩化ナトリウムなどの塩化物イオンは、鉄の腐食の原因にも成りますが、コンクリートのひび割れを拡大する原因にも成ります。配管を設計する時には、海水を流す時はステンレスやコンクリートは使わず、樹脂製の配管やタンクを使います。高速道路の凍結防止剤散布でも、橋の部分はこうした構造物の劣化を防ぐ為散布しないのかと考えましたが、逆に橋の部分は凍結し易いので散布が必要です。

北陸の国道などの道路では、地下水を道路のセンターライン部分から1mほどの間隔で設置したノズルから散水して、路面の雪を溶かして側溝に流す融雪装置が活躍します。これには大量の地下水を使うので、地盤沈下が問題に成り、側溝に溜まった融雪水を再循環させる方法も検討されています。こんなことができるのも北陸の気候の特徴で、気温が0℃より高く、雪も水分の多いシャーベット状で、水を加えてやれば完全に溶けて水に成らなくても、流動化するので出来るのです。長野などの寒冷地でこの融雪を行ったら、道路がスケートリンクに成ってしまいます。積雪量が多いが、気温が0℃以上で湿った雪の北陸では、このほか市街地のバス停留所付近などの消雪には、路石の下に地下水を循環させる融雪パイプや電気ヒータが在ります。地下水資源とエネルギーを考えなければ理想的な消雪方法です。雪国の高速道路ではやはり、スノウプラウ式の除雪車で路面の雪を除き、路面を露出させるのと、性能の良いスタッドレスタイヤの組み合わせが良い様です。黒姫高原の道路でも同じです。融雪剤を使うより、雪を削り取るのが一番です。

最近、高速道路を走っていると、散水区間ですと言う表示が在ります。散水と言っても北陸の市街地の様に、道路に地下水を絶えず散水して、路面が凍結しない様にするのでは無い様です。路面状態を監視して、路片から融雪剤を溶かした水をノズルで自動的に散水する装置が設置してある様です。海水のシャワーを浴びる様な物で、雪を知らない都会人から又、苦情が出るかもしれません。融雪剤、凍結防止剤は、塩化ナトリウムで無くても、水に溶ける塩(えん)ならば値段を考えなければ化学的には同じ効果があります。塩化物イオンを含まない、酢酸ナトリウム等を使っていると思います。また車の走っていないタイミングを検知して道路に散布すれば、後はタイヤが薬剤を延ばして行ってくれます。

金沢の冬は、鉛色の瓦屋根の上に積もった雪景色がよくあります。瓦屋根には、雪止めと言う出っ張りが付いていて、積もった雪が滑って落下しない様に成っています。ただでさえ重い日本海沿岸の湿った雪を屋根から落ちないようにするには理由があります。屋根雪を落とす場所が無いからです。それでも積雪が多く成れば、北陸特有の丈夫な家の構造でも屋根雪を降ろさないと家が壊れます。金沢での除雪は、雪かきだけではなく、雪をどこに捨てるかが問題です。黒姫高原での除雪は、車や人の通り道にある雪を除けば良いので、除雪機で遠くに飛ばせば良いのですが、金沢では飛ばす場所がありません。そこでどこへ雪を捨てるかと言うと、用水路です。家と道路の間の側溝、道路の横の用水路には、冬季には雪の溶けた水で水位が増えています。この時期には側溝のふたを開け、雪捨て場にします。そこまで雪を運ぶのが手押しのスノウダンプです。金沢ではママさんダンプと呼んでいます。昔は豪雪で、屋根雪降ろしにもスノウダンプを使っていましたが、ここ数年は屋根雪を降ろす程の積雪はありません。町内で一斉に除雪を行っても、側溝が詰まって溢れる事はありませんでした。シャーべット状の雪と水の混合物の溶解熱より、水温と気温の熱量の方が多いのです。一方、道路に積もった雪の除雪は、除雪車で行い、ダンプカーで河原に捨てます。河川敷には冬の終わりには大きな雪山が幾つか出来ています。こちらは、河川に捨てる訳にはいきません。河川の水温では溶かしきれず雪のダムができ洪水に成ります。

黒姫高原で、家から道路の間の除雪に便利な道具に、ホームセンターではラッセルと言う名前で売っている物があります。シャベルに似た道具です。シャベルやスコップは手前から前方に向かってすくう道具。反対に鍬(ホー)は手前に向かってすくう道具です。これは機械でも同じで、NHKのアナウンサーがシャベルカーと呼んでいるユンボは、手前にすくうので英語ではバックホー(鍬)です。除雪にも使うシャベルローダーは前方にすくうのでやはりシャベルです。シャベルとスコップは大きさの違いで、土木用がシャベル、園芸用がスコップと思います。シャベルでも鍬でも無い物に犂(すき)が在ります。(同じ読みの鋤ではありません。鋤は鍬の仲間)馬に曳かせて耕す道具です。英語でプラウです。除雪車はブルトーザーではなくスノウプラウです。ラッセル(英語で雪かき)という道具はプラウの仲間です。スコップの様にすくい上げるのではなく、駐車場に積もった雪をこれで押しのけたり、投げ飛ばすのに便利です。出来ればポリカーボネート(ポリカ)製の物が頑丈でひび割れし難いです。鉄製のシャベルには、先端が平らな物と尖った物がありますが、除雪用には平らな方が良さそうですが、重くて、1回にすくう量が少なく役に立ちません。むしろ先端のとがったシャベルは玄関先の地面の雪が溶けて再び凍った厚い氷を叩き割るのに便利です。軽いアルミのシャベルでは曲がってしまいます。

僕は道具の名前にはこだわる様で、道具の出来た経過と名称は一体と思っていますが、実際はシャベルとスコップの区別はあまり重要ではありません。しかし自分の土俵である化学ではかなり名称にはこだわっています。酸性、アルカリ性を表わすpHの読みかたはペーハーではなくピーエイチであるのは以前の記事で書きました。最近スーパーマーケットやコンビニでよく見かける水素水の名称も気に入りません。炭酸水と言う物があり、炭酸ガス入り水では無く、炭酸水で通用しているので、水素水も水素ガス入り水だろうと推測できます。一方塩素についてはどうでしょうか。水中の塩素濃度と言うと何の事でしょうか。塩化ナトリウムの成分の塩素については塩化物イオンと呼びます。塩素ガスが溶けたものは残留塩素と呼びます。気体は塩素ガスと呼び、塩素だけではどれを指すのかあいまいです。昔は水道の世界では塩化物イオンも塩素イオンと呼んでいましたので、残留塩素の濃度(水道水では0.1mg/l程度)と塩化物イオンの濃度(水道水では数10mg/l)をごっちゃにして教える中学教師もいました。化学の名称の付け方は、こうした曖昧さを排除しなければいけません。

水素水はもともと、ある超大手家電メーカーが洗浄用に使う水に水素ガスを溶かしておくと、水素ガスは水にあまり溶けないので溶けても細かな気泡で残っています、これが半導体の洗浄に使うと良い(ママ)と言うのです。これがいつの間にか人が飲むと病気が治ると成って伝わった様です。水はもともと酸素と水素で出来ています。水素はイオンと成って水中に大量に存在しています。又、活性酸素や活性水素と言う物が在り、これが人の代謝と関係がある様です。でもここで言う水素水の水素はこれらとは別の水に溶けた水素ガスの気泡の事です。

又、高速道路の話ですが、サービスエリアのトイレに最近、このトイレはマイクロバブル水を使って洗浄しました、と言う表示を見かけます。或いは強酸性水を使いましたと言う表示も在ります。マイクロバブル水や強酸性水の効能はここでは問いません。洗剤を使わないので環境に優しいと言いたいのでしょうか。隣のレストランで洗剤を使っていませんか。塩素系洗剤を嫌う都会人がいるので、使っていないと言いたいのでしょうか。それなら水道水に必ず含まれている残留塩素はどうなのですか、水洗いはしないの?

水素水も同様に、人の健康には影響がない物を何か凄い物の様に錯覚させていませんか。水素についてはもっと上手があります。水素エネルギーです。大昔、原子力は今のウランを使う核分裂の次は核融合で、核融合の燃料は海に無尽蔵にある水素が燃料ですと言ったとんでもない詐欺を役人がしましたが、今だ核融合は出来ません。今度はまた無尽蔵にある水の成分の水素を使って発電して車を動かそうと言うのです。この話しは次回に回します。【分類:化学】

[ 2017/01/25 ] 『黒姫高原理科教室』NO.160  シャベルとラッセル

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