NO51-NO60

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NO51. 続、フッ素

フッ素の水道水質基準は0.8mg/Lです。この値以上のフッ素を含む水道水は供給できません。海外では水道水へのフッ素添加は1mg/L以上あり、この数字だけでもフッ素添加は不可能です。水道水以外に日本では、河川などの水質を決めた環境基準、下水や工場排水の基準を決めた水質汚濁防止法の排水基準があります。

フッ素の環境基準は水道水と同じ0.8mg/L,排水基準はその10倍の8mg/Lです。特に排水基準は以前はもっと大きな値でしたが、最近この値に引き下げられました。なぜフッ素の基準はこんなに厳しいのでしょうか。今回は水道水ではなく、排水の側から考えます。水道水の基準についてはすでに、フッ素は健康に問題があると言うことは国が認めており、さらに浄水場での除去ができないことは話しました。

私たちの身の回りでフッ素が使われているものは、フッ素樹脂として、フライパンのフッ素加工などがあります。元素の周期表をご存知の方はフッ素の位置を見てください。表の右から2番目の列の一番上に有ります。この場所は表の中で一番反応性の高い元素なのです。そのため大変特徴のある元素です。自然界ではフッ素は酸素や水素などのように単独でフッ素としては存在しません。他の元素と結合しています。たいていは、またよく登場するカルシウムと結合しています。

蛍石と言う鉱物名を聞いたことがあると思います。たいていはこの蛍石、フッ化カルシウムとして鉱物中にあります。フッ化カルシウムは大変水に溶けにくい安定した物質です。化学薬品を入れても溶けないガラス容器もフッ化水素酸には溶けると言うことをご存知でしょう。これも先に話したフッ素が大変反応性が高い元素と言う性質です。現在ガラスを溶かす作業はスマートフォンなどの液晶パネルを作る工程でなくてはならない内容です。その結果、大量のフッ化水素酸を使いガラス基板を溶かし、大量のフッ素を含む排水が出ます。排水中のフッ素は排水基準以下になるまで処理します。

この処理方法は、フッ化物イオンにカルシウムイオンを加えると水に溶けないフッ化カルシウムになると言う性質を使います。だだし完全には除去できません。少し残ってしまいます。このフッ化カルシウムの沈殿に成らずフッ化物イオンのまま残る濃度が8mg/Lなのです。そのため排水基準は半端な8と言う数字です。環境基準や水道水の基準はこの排水が河川で薄められて10倍に希釈された0.8と言う値です。そのためこの値では、浄水場では原水にカルシウムを加えてもフッ化カルシウムとして除去できません。

[ 2015/09/25 ]  『黒姫高原理科教室』 NO51. 続、フッ素

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NO52. ホウ素とターメリック

黒姫の庭に、昨年に続きサフランの球根を植えました。サフランは春咲くクロッカスと球根や花はそっくりで同じ仲間ですが、ヒガンバナと同様、他の植物が夏が終わり枯れかけると葉を出してくる秋の花です。ご存じのように紫の花の中心に赤い雄しべが数本あり、これをピンセットで抜いて乾燥するとパエリアの色づけに使う黄色の色素になります。サフランの乾燥品を買うと無茶苦茶高価です。黒姫の気候に合うようなので、昨年は1gにもならない収穫でしたので昨年の越冬球根に買い足した球根を加え、倍に増やしました。

実は、日本料理でサツマイモなどを黄色に着色する時に使うクチナシの実の色素とサフランの色素は同じカロチノイドなのです。値段を考えると、パエリヤをクチナシの実で色づけしても良さそうですが、違いが分かるでしょうか。全然違う種の植物の色素が同一なのは面白いです。逆に動物の赤い色素、アスタキサンチンはもともと赤潮の原因にもなる藻類やクロレラ、甲殻類の色素ですが、食物連鎖でこれを餌にした動物が体内に取り込み、鮭やフラミンゴの赤い色もこのせいなのとは対照的です。

ビーフカレーの茶色はフォンドヴォーの色ですが、インドカレーの食欲の出る黄色はターメリックと言う色素です。ウコンの根の黄色い色素がターメリックで、インド料理というか、インドカレーに使うスパイスの一つです。同じ黄色でもサフランとは全く別の化学成分で、成分名をクルクミンと呼びます。

従来水道水中のホウ素の分析には、このクルクミンが使われていました。黄色いクルクミンの色素が、ホウ素と特異的に結合して赤くなる性質があります。水道水にインドカレー色のクルクミン液を加えると、ホウ素が含まれていると液が赤くなります。この赤色の濃さを測り、ホウ素の定量をします。この反応は感度が高いのですが、フッ素などの他の成分でも同じように色が付くので妨害になり、10年程前からICPと言う高温でホウ素の原子を発光させる原理の機器分析に変わりました。

ICPと言う機器は大変感度の高い、他成分の妨害に強い測定方法ですが、実際に分析をしていると、水道水中に無いはずのホウ素が検出されることがあります。ビーカ―だけでなく、ICPの装置にもガラスが使われています。化学で使うガラスはパイレックスと言う商品名の耐熱ガラスと同じ組成の硬質ガラスですが、実は成分はホウ素とケイ素です。ホウケイ酸ガラスといいます。そのため装置自身のホウ素を測ってしまうのです。ホウ素は地質由来以外に、ガラスや釉薬の成分なので排水にかなりの濃度で含まれています。さらに黒姫や野尻湖の鉱泉には火山由来のホウ素が全国的にも高濃度で含まれています。

[ 2015/09/29 ]  『黒姫高原理科教室』 NO52. ホウ素とターメリック

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NO53. ホウ素について

結晶を水に溶かすときの温度について考えます。代表的な結晶、食塩(塩化ナトリウム)の結晶を水に溶かすと室温で35gほど溶けます。(溶解度は100gの水に溶ける結晶の重さで表わすことになっています)普通、温めると溶けやすくなる気がしますが、食塩は100℃のお湯でも溶ける量はあまり変わりません。塩化ナトリウムに似た塩化カリウムでは温水では室温の倍ほど溶けます。温度によって溶ける量が変わらないのが食塩の特徴です。

食塩の容器のラベルがとれて中身が不明の時、安易に舐めるのは危険です。室温で飽和させた底に塩の溜まった液を加熱しても溶けなければ、台所にある結晶ではまず食塩です。暑い時使う市販の吸熱剤(叩くと冷えるやつ)には硝酸アンモニウムの結晶と水が使われています。硝酸アンモニウムの結晶は水に溶けると温度が下がります。反対に苛性ソーダの結晶は水に溶けると激しく発熱します。薬局でホウ酸を買ってきてゴキブリ退治のホウ酸団子を作った方はいませんか。ホウ酸は水に溶けると冷えます。食塩は発熱も吸熱もなしです。この違いは何でしょう。

結晶を水に溶かすには結合したイオンをバラバラにするエネルギーが要ります。このため周りから熱としてエネルギーを使うので、周囲の水は熱を取られて冷えます。これでいけば結晶を水に溶かすとみんな冷えそうですが発熱するのもあります。 溶けたイオンや分子は水の中ではそのままでいるより、水の分子が周りを覆った方が安定です。化学で安定と言うことはエネルギーが少ないということです。余ったエネルギーは熱として出てきます。発熱です。結晶を作る化合物によって、結晶をバラバラする吸熱エネルギーと、水分子と結合する発熱エネルギーの大きさが異なります。前者の方が大きければ水に溶けた時冷え、後者の方が大きければ発熱します。ホウ酸は吸熱、冷える方です。

ホウ酸は溶ける時周りから熱を吸収しますので、熱した方が溶けやすいのです。室温でほとんど水に溶けないホウ酸も温水や熱水では良く溶けます。逆に冷えるとホウ酸の結晶が析出します。再結晶です。火山の温泉にはこうしてホウ酸が含まれています。ホウ酸は水に溶かさなくても、結晶を加熱すると比較的低い温度で溶融します。低いといっても鉄鉱石などより低いと言うだけで800℃程度です。そのためケイ酸と混ぜてガラスや釉薬に使われます。こうした産業からはホウ酸の排水が出ると言うことです。

ホウ素の化合物にホウ酸のほかに硼砂があります。化学式では4ホウ酸ナトリウムです。 硼砂と洗濯のり(ポリビニルアルコール)を混ぜてスライムを作る実験をよく見かけます。ホウ酸はゴキブリ退治に使うように昆虫にとっては毒です。ヒトにはあまり毒ではないようです。スライムの実験を学校で行う時に、ホウ酸の毒性のため子供の健康に問題があると言うHPを見かけます。ホウ素はヒトの代謝に必要ですが、排水でも、水道でも規制があります。水道水の水質基準はホウ素は1mg/Lと結構厳しいです。排水はその10倍が基準。水道の場合基準値を超えた水源は、ホウ素の除去は難しいので水源を変えます。排水のホウ素の除去の方が問題です。

[ 2015/09/29 ]  『黒姫高原理科教室』 NO53. ホウ素について

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NO54. 紅葉とニンジン

前回、植物の黄色い色素の話でしたので、もう少し続けます。今度は植物の赤い色素。間もなく紅葉の季節になります。真っ赤な紅葉は、今まで緑の色素、クロロフィルを作っていた葉が赤い色素、アントシアニンを作るようになるからです。季節が変わって、冬になる前に植物の防衛本能が働き、クロロフィルを作るのをやめて、アントシアニンを作り始めます。そのため緑の色素が消え、赤くなります。

黒姫高原では同じ長野でも上高地などと違って紅葉は少ないです。読み方は同じでも、紅葉は少なく黄葉が多いです。黄葉の仕組みは紅葉とは異なります。植物の葉には光合成のために葉緑素とは別に黄色い色素、カロテンも含まれています。落葉前に葉緑素の緑が消えると後には黄色が残ります

ところでアントシアニンと言うと、黒姫高原では有名な植物があります。ブルーベリーです。この実の紫の色素もアントシアニンです。同じアントシアニンを含む花や実には赤や青があります。pHによって色が赤や青に変わるからです。理科で使ったリトマス試験紙と同じ原理です。ブルーベリーのアントシアニンは視力回復に効果があると言う宣伝があります。ブルーベリーを食べる時、目に良いと思って食べていませんか。宣伝をHPでよく見かけます。

昔はニンジンの嫌いな子供は、目に良いから我慢して食べるように言われませんでしたか。カロテンはニンジンの成分、βカロテン、ビタミンAとして日本薬局方にも載っている薬効成分です。一方アントシアニンは載っていません。医薬品は厚生労働省が厳しく、薬効の無いものは許可されません。一方、栄養強化食品などはあくまで食品です。有害成分が無ければ許可されます。最近は健康志向で、まずくても健康に良いとして無理やり食べさせませんか。水道水でも同じで、分析の神様でなければ成分は飲んだり食べても分かりません。

どうしても宣伝のタレントの笑顔で、健康に良いなら摂るかと言う考えになりませんか。ニンジンも嫌いな子に無理に体に良いから食べろと言いませんか。まずいものは子供だってまずいです。大きくなって甘くて美味しいニンジンを食べれば、ニンジンはおいしかったと分かります。ニンジンのカロテンは油に溶けます。ニンジンを薄くスライスしてスパゲッテイのように料理すれば色もそっくり、栄養もあり子供は喜んで食べます。有害成分の追及は役所の仕事、私たちは水道水も食品もまずおいしいか、不味いかを言いましょう。

硬水で作った料理はまずいと言うHPも見かけますが、前に話したように、化学科の同窓生で硬水、軟水のミネラルウオータの聞き水をしても区別できませんでした。でも温い水や金気のある水はまずいのです。ブルベリーだって薬効ではなく、おいしいから食べるのです。

[ 2015/10/02 ] 『黒姫高原理科教室』 NO54. 紅葉とニンジン

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NO55. アスタキサンチン

植物の赤い色素のアントシアニンに続き、動物の赤い色素のアスタキサンチンの話です。 学校のプールは防火用水に使うなどの理由で、シーズンオフでも水を抜きません。そのため6月のプール開き前になると藻が生えて水が緑色になるので、いったん水を捨て掃除します。ある年の5月は夏のような暑い日が続きました。学校のプールの管理は体育や保健の先生ではなく、学校保健法で地域の薬剤師が指導しています。その薬剤師から、前の日まで緑色だったプールが赤くなったと言う連絡がありました。

藻が生えてプールが緑になることや、塩素消毒に使うイソシアヌール酸カルシウムで白濁する例は、学校薬剤師が持っている文部科学省の学校環境衛生基準と言うマニュアルにもあります。しかし赤くなる例はないので驚き、何か毒でも入れられたかと思った様子です。以前には、空の色が映って、プールが青くなったとかいう報告もあり、サンプルをもらうことにしました。確かにペットボトルに採ってきてもらった水はピンク色でした。

顕微鏡で見ると、単細胞生物の体内にいっぱい、赤い色素を持った粒子が入っているのが見えました。一部は粒子が飛び出しています。これはヘマトコッカスと言う単細胞の藻類です。同じ仲間のボルボクスと言う藻類の名は聞いたことがあるでしょう。その辺の池に普通に居ます。ヘマトコッカスは普段は緑色の葉緑素の入った粒子を体内に持っています。クロレラなどと同じように日光が当たる貯まり水で増殖します。春の間にプールで増えたのです。

ヘマトコッカスは紫外線が強くなると、アスタキサンチンと言う赤い色素を大量に作って防衛します。その年の5月は夏のような日差しの日が急に来たので、増殖していたヘマトコッカスが一斉にアスタキサンチンを体内で作り始め、一晩でプールがピンクになったのです。緑色の藻類の生えていた池や沼が夏に赤くなるのはこれです。海で起きる赤潮は違います。こちらは海水中の栄養分の窒素やリンが増え、水温の上昇と重なりプランクトンの異常発生が起こる、冨栄養化の現象です。アスタキサンチンは健康食品でも売っていますから、害はなく、普通に藻の掃除をしてくださいと話しました。

クロレラや最近ではユーグレナと言う藻類もヘマトコッカス同様、大きな水槽で日光を当てれば大量に増殖できます。栄養素を多く含むので、健康食品として錠剤にして売られています。ただし本当に栄養素として摂取するなら、大豆たんぱくのように加工していっぱい食べないとダメでしょう。子どもの頃見たSF漫画では、宇宙船で1日分の食事として錠剤1個を飲んでいましたが、今のSF映画ではちゃんと食事しています。

アスタキサンチンの食物連鎖は有名です。エビや蟹の甲羅の赤もアスタキサンチンです。 これを食べた白身魚の鮭の身やイクラの色もこの色素です。フラミンゴの色も餌のせいです。こうした食物連鎖は動物でよくあり、フグの毒、テロロドトキシンもフグが自分で作るのではなく、餌の毒を持つプランクトンをヒトデが食べそれをフグが食べると言うのは日本人が発見しました。

[ 2015/10/02 ] 『黒姫高原理科教室』 NO55. アスタキサンチン

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NO56. 蛍石

蛍石と言う鉱物があります。私の持っている標本は、透明な薄い青色で、方解石のような角ばった結晶です。名前の由来は熱すると蛍光を放つことからです。温める程度ではだめで、バーナーで加熱です。実験してみると蛍光を出す前にたいてい割れて細かく崩壊してしまいます。きれいな蛍石はフローライトと呼ばれ薄い青や緑、たまにピンクの透明な宝石です。

蛍石は化学的にはフッ化カルシウムの結晶です。元素の周期表の右上の端っこの方にあるフッ素は、元素の中で一番反応性が高い。(電気陰性度が高い)一方カルシウムは多くの元素と結合すると水に溶けにくい塩を作る。この二つが結合してできたフッ化カルシウムは無機化合物の中で順位を争う水に溶けない難溶性物質です。酸でも溶けません。ただし例外があり、濃硫酸をかけると盛んにフッ化水素のガスの気泡を出して溶けます。鉱物の種類が分からないとき、泡を出さず酸に溶けるものは多いですが、塩酸をかけると気泡が出るものは炭酸塩鉱物、塩酸では気泡が出ないが濃硫酸で気泡が出れば蛍石です。

この反応を使って鉱山から取り出した蛍石からフッ化水素を作ります。フッ素は炭化水素と反応させてテフロンなどのフッ素樹脂を作ったり、ガラスを溶かすフッ化水素酸の原料です。半導体や液晶生産はフッ化水素酸が無いと成り立ちません。中国で蛍石に硫酸をかけて作っているのでしょうか?蛍石の使い道に製鉄があります。

アルミニウムの精錬に、ボーキサイトを電気炉で溶かす時、氷晶石を混ぜると溶けやすいと昔小学校の社会で習いました。氷晶石もフッ素の鉱物です。今は蛍石が使われているようです。製鉄では溶けた鉄とフッ素が結合し流れやすくするため使うようです。フッ素の何とでも結合する性質です。参考までに何とでも結合しやすいフッ素は、プラスチックなどの成分の炭素と結合すると逆に化学的に不活性、物とくっつきにくい性質になります。テフロンのフライパンです。たまにHPで製鉄に蛍石を混ぜるのはこのくっつきにくい性質で流れやすくなると勘違いしているのがあります。鉄鉱石中の酸化鉄の酸素の代わりに鉄とフッ素がくっつきバラバラにするからです。英語のフローライトは流れやすいと言う意味が語源のようです。

このため蛍石の分析方法は、JISでは鉄鉱の分析方法の中にあります。難溶性の蛍石はやはりまず硫酸を加えて溶かします。その後ガラスのフラスコで蒸留するのですが、ガラスが溶けないか心配でしょうが、逆にガラスの成分のケイ酸とフッ素が反応して揮発性の化合物を作る反応を利用しているのです。もちろんそのうちフラスコは薄くなります。

現在の産業で不可欠な蛍石は、天然以外に供給源があります。フッ素の排水を、排水基準をクリアするためにする処理では、石灰、カルシウムを加えフッ化物イオンを水に溶けないフッ化カルシウムにして沈殿させ除去しています。ここで大量の蛍石が資源回収されるのです。レンズなどに使うきれいな蛍石はほとんど人工結晶のようですが、フッ化水素酸も排水から再生できればよいのですが、まだ中国産の方が安いようです。

[ 2015/10/02 ]  『黒姫高原理科教室』 NO56. 蛍石

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NO57. 黒い瞳

ミネラルウオーターにはかなりの硬水があります。水道水の水質基準は硬度300に相当しますから、代表的なヨーロッパ製のミネラルウオーターの、エビアンやヴィッテルは硬度300以上です。さらに発泡性のゲロルシュナイダは1000を超えています。いずれも好きな人が多いです。ただしこのミネラルウオーターでシャンプーしたら、硬度が高すぎ、肌や髪がガサガサです。

水質基準に適合していなくても、飲用できる水があります。飲用泉です。ミネラルウオーターの水質は水道水質基準でなく、食品扱いなのと同様、温泉水を飲用する時は水道水質基準ではなく、温泉法の基準です。同じ入浴でも、プールや公衆浴場は水道水の基準に準じています。(清涼飲料などは、成分の基準以外に、製造に水道水以外を使う場合は原材料水の基準があります。最近改正がありました。)日本の温泉でも湯船の横に「飲めます」と書いた飲用泉がありますが、ヨーロッパの温泉では入浴ではなくもっぱら飲用療法だけのものがあります。

マルチエロマストロヤンニ主演の映画「黒い瞳」では、イタリアから黒海の保養地に温泉療法に出かけた主人公が、温泉地で入浴ではなく、医者に診断、1回に飲む量を処方され温泉の蛇口からグラスに入れた鉱泉水を飲むシーンがあります。飲む表情を見ると、かなりの硬度か、ごくごくとは飲めないようです。この映画はチエホフの小説「子犬を連れた奥さん」の映画化です。小説では、モスクワから単身クリミヤ半島のヤルタに温泉療法に来た主人と、ペテルスブルグから夫より一足早く着いた人妻とのロマンスですが、映画では主人公はイタリアから来ています。マルチエロマストロヤンニの名作「ひまわり」と似ていますがこちらの方が原作者が良いので、よりロマンスがあります。ひまわりでは奥さんが探しに行き、再会、一人で戻りますが、こちらは最後に夫が彼女と再会、でもたぶん奥さんのとこに戻るのでしょう。詳しくは映画を見てください。

同じ小説の映画化にソビエト(久しぶりに使います)で作られたものがあります。「子犬を連れた貴婦人」と言う題でした。こちらの方がチエホフの原作に近いです。ヨーロッパでも、ブタペストとかバーデンバーデンの温泉は有名です。こないだオリンピックがあったソチも温泉地で、いずれも入浴泉ですが、映画のヤルタの温泉は飲むための温泉または鉱泉です。温泉の入浴療法は医師から入浴時間を決められ日本でも行われていますが、映画の温泉保養地は、広い屋外の療養施設の中に、たくさん蛇口の並んだ施設があり、その前で係の女性が処方箋を見て、温泉水の量を測ってグラスに入れてくれるのをテラスでゆっくり飲むのです。そこで主人公が子犬を連れた貴婦人と出会うのです。

マリエンバードというチエコの温泉地も、飲用療法です。こうしたヨーロッパの飲用泉は、日本の温泉の湯船の横の蛇口でなく、専用の白い石作りの建物の中に、湯船でなく水栓が並んでいます。黒い瞳が出たついでに他に温泉がロケ地の映画は無いか思い出すと、アラン・ルネ監督のフランス映画に「去年マリエンバードで」と言う映画があります。これも人妻とのロマンスの美しい映画です。しかしなかなか難解なストーリーで、見終わった後、飲用泉が出てきた記憶がありません。

[ 2015/10/06 ]  『黒姫高原理科教室』 NO57. 黒い瞳

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NO58. 温泉、飲用泉

ここで温泉水の飲用について触れます。その前に温泉とは何でしょう。温泉法では、温泉の定義は簡単です。湧水と区別するため次のいずれかが当てはまれば日本では温泉です。

1・周りより温度の高い水(25℃以上、昔は冷たいものを冷泉とか鉱泉と言いました)
2・1kgの水に1g以上の成分が溶けている

別に火山性の熱水でなくても、地下に貯まった水でも温泉になります。いわゆる火山に近い温泉地でなくても、都会の地下を深く掘っても温泉は出ます。石炭、石油同様に古い時代に地下に貯まった化石水をくみ上げ、たいていはコーラのような色ですが、うちは水道でなく天然温泉ですという都会のスーパー銭湯が結構あります。温泉の場合、自分の土地にかってに温泉が湧き出しているのを個人が楽しむのは自由ですが、通常掘削許可が要ります。さらに浴場として営業する場合の許可が要ります。

公衆浴場の場合、水道水を原水とする場合以外は原水の水質基準があります。さらに浴槽水には別の基準があります。いずれもヒトが飲む可能性かあるからです。温泉の場合はこのほかに、飲用泉の水質基準があります。温泉を営業する場合、温泉水の分析が必要です。温泉に行ったときに、脱衣場に張ってある分析表です。

井戸水を飲めるか検査をしたい時、逆に役所に出す書類に検査証明書を添付する時、どこに検査を依頼すればよいかわかりますか。以前は所轄の保健所に行けば、検査をしていましたが、最近は統廃合で小さな保健所は、保健健康センターなどと名前が変わり、検査も自前でなく外注です。飲料水の検査は、水道水なら厚生労働省の登録検査機関、井戸水なら保健所に登録しているビル管理法の検査機関、河川水なら県に登録している計量証明機関、喫茶店の水なら食品衛生法の検査機関と窓口が分かれています。水質基準の基になる法令が異なるためそれぞれの監督省庁の登録検査機関の検査成績書でないと無効なのです。温泉水の場合は水質検査結果だけではだめで、効能書が要ります。これは医師でないと書けないので、また温泉法の登録検査機関があります。温泉に張ってある分析表にある、リューマチに効くとかいう効能書きです。

温泉水は飲料水に比べ、溶解している成分の濃度が高いことによる性質があります。生理的食塩水と言うものをご存知ですか。浸透圧に関係します。体液と同じ濃度の液体で、これより薄い液に細胞を浸すと細胞内に水分が入り膨張、逆に濃い液に細胞を浸すと脱水します。体液と同じ濃度の液を等張液と言って細胞は安定です。0.9%の食塩水がこれに相当し、生理的食塩水と呼んでいます。水道水は通常、浸透圧は生理的食塩水より低いですが、温泉水では塩分が多く浸透圧が高いものがあります。浸透圧は料理でも働いています。野菜や魚に塩をふると、浸透圧で水分が抜けます。真水で塩抜きをするのも同じです。これと同じことが温泉に入った時にも起きます。温泉の分析表をよく見ると浸透圧が高いか低いか記載しています。料理の味付けと同様に、成分の濃い温泉に長く浸かると、温泉成分が体にしみ込み、湯あたりしたりします。

生理的食塩水は目に浸みたりしないので重宝しますし、コンタクトレンズの洗浄液の代わりになりますが、薬局では買えません。これは日本薬局方では生理的食塩水は注射薬を溶かすのに使うので、処方箋が無いと買えません。うがいに使うだけなら0.9gの食塩を100mlの水道水に溶かせばよいです。ところでこの生理的食塩水は辛いでしょうか。参考に海水の濃度は約3%です。生理的食塩水はポカリスエットと同じ濃度ですから辛くはありません。

[ 2015/10/06 ]  『黒姫高原理科教室』 NO58. 温泉、飲用泉

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NO59. ジェネリック医薬品

厚生労働省は、増え続ける医療費削減の為、ジェネリック医薬品の利用を進めてきました。ジェネリック医薬品の安全性については問題視する方もいます。最近TPP交渉で、医薬品の保護期間の延長がアメリカ合州国から求められています。これによってジェネリック医薬品が伸びなく成る可能性があります。若いころ、後発医薬品メーカーの試験室に居た経験も有りジェネリック医薬品について、よく理解されていない部分もあるのでここで考えます。

医薬品の開発、製造、販売には大変お金がかかります。宣伝費もすごいですが、開発には莫大な費用が要ります。学生時代、国立大の予算の少ない実験室ではビーカーの代わりにワンカップ酒の容器を使ったとこもあるようですが、教官から製薬会社の実験室では開発実験が終わると器具は全部捨てると言う話を聞き感心したものです。

その後、世の中では器具の使い捨ては当然になりましたが、医薬品の開発は何万もの化合物を合成、薬効を試験しても当たるのはたったひとつ、それも後から副作用で中止かもしれません。とにかく費用がかかるので、医薬品として販売できた商品は、開発費用と宣伝費がほとんどです。

新薬には特許があります。日本ではこの特許の有効期間は20年です。20年と言うと長いようですが、新薬の開発では、新しい化合物を見つけると、まず他社に真似されないように特許を取ります。まだ薬効の試験も、申請も始まっていないうちからです。その後、国への申請と審査が終わり始めて販売されるまでに10年以上かかることもあります。そのため、日本では医薬品の特許は5年延長できます。この期間が終わった医薬品は、後発医薬品メーカーが安くジェネリック医薬品を作ることができます。先発メーカーの製造承認書は公開されていますので、後発メーカーは開発費なしで同じ成分の医薬品を作ることができます。ただ成分は同じでも、錠剤をそっくり同じにコピーできません。

医薬品の錠剤は、有効成分(これは自社で合成しなくても試薬屋さんから購入できます)以外に固めるためにでんぷんや、糊のような成分が入っています。これらを均一に混ぜて圧力をかけプレスして固める打錠という行程があります。この行程の技術次第で、すぐに崩れてしまったり、逆に胃でも溶けない錠剤になってしまいます。トイレで錠剤がそのまま出てきたという話があります。そこで錠剤は、溶ける時間が決められています。

私の若いころは、後発医薬品の承認のためには、ウサギに投与して、血中濃度の変化を新薬と比較する吸収排泄試験をしました。最近では、動物を使わない溶出試験を行います。胃液に似た液体を体温と同じにして、錠剤を入れて攪拌して液体に溶け出してくる成分の濃度を測り、時間経過での濃度変化が先発医薬品と同じカーブかを試験します。胃の中で溶けて血中に吸収されるのをシュミレーションするのです。これがなかなか微妙な実験です。

錠剤を液の入ったビーカーに落としたらストップウオッチをスタートするのですが、この時、錠剤に泡が付くと、そこだけ溶けずに残ったりします。先発医薬品を、かりに副作用が有ってもそれを含めすべてコピーするので、差が出るのはこの溶出試験です。売れ筋の医薬品は多くの後発メーカーからジェネリックが出ますが、中には溶けない錠剤もあります。こうしたジェネリック医薬品のデータはオレンジブックと言う資料に掲載されています。薬剤師さんなら教えてくれるはずです。

 今TPP交渉で話されている医薬品の保護期間とは、特許の有効期間とは別の話で、この間は先発メーカーは外部にデータを出さないので後発メーカーはジェネリックを作ることができません。

[ 2015/10/09 ] 『黒姫高原理科教室』 NO59. ジェネリック医薬品

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NO60. 続、ジェネリック医薬品

ジェネリックは不安だといったHPを見かけます。私は医者にかかる時は、処方箋に医薬品名でなく成分名を書いてもらいます。この処方箋を薬局に持っていけば、先発品でもジェネリックでも自分で選べます。先発医薬品と差が無ければ、安いジェネリックを選ぶべきです。政府の医療費削減の方針と同じ方向なのは嫌ですが。安心してジェネリックを選択できるために、もう少し先発医薬品、後発医薬品の違いを考えます。

医薬品は大きく分けると、OTC(オーバーザカウンター、店頭品)と呼ばれる薬局、薬店で自由に買える一般用医薬品と、医師の処方箋が要る医療用医薬品になります。ジェネリックがあるのは後者です。先発メーカーは、あらたに開発した医薬品を商品化するには、厚生労働省に製造承認書を出します。この中では、単に成分や配合だけではなく、成分の分析方法も、実際の検査ではたとえば島津製作所のLC-20と言うHPLC装置を使って、Shodex製の何と言うカラムを使って行うと言うように具体的に書きます。また成分以外の配合成分も全部記載します。ただし錠剤を作る時にどれほどの圧力でプレスしたかといったノウハウは書きません。

これらの製造承認書は必要があればメーカーに言えば取り寄せできます。昔は医薬品の検査は厚生労働省の指定検査機関が行っていましたが、規制緩和によって登録を受ければどこでもできます。流通している医薬品の検査は必要に応じて行いますが、単にカフェインの量がどれだけと測るのではダメで、メーカーの製造承認書に書かれている方法で行わなければ、検査結果がおかしいとメーカーに言っても納得してもらえません。

ジェネリック医薬品が、先発品と同等だと言うことは単に成分を定量して同じというのではダメです。それでは薬をビーカ―で溶かして濃度が同じというだけです。薬は飲んでたとえば胃から同じように吸収しなければ同等と言えません。これを生物学的同等性と言います。ジェネリック医薬品は先発メーカーの医薬品をコピーするわけですが、製造承認書には、錠剤を作る細かいノウハウは書かれていません。

錠剤を作る時には、プレスで高い圧力をかけ固めます。固まりやすいように糊になる成分を加えます。圧力で熱が出て、成分が分解することもあります。にぎりずしやおにぎりを握るのとは違い、圧力をかけすぎれば石のようになり、胃の中で溶けなくなります。

製薬会社のCMなどで、錠剤を機械で液につけシエイクして崩壊するのを見たことがありませんか。崩壊試験と言い、古くからあった試験です。これは錠剤が早く崩れてしまわないかなどを試験しているのです。生物学的同等性はこれでは無く、溶出試験ということで測ります。胃と同じような温度、成分の液の入ったビーカーに錠剤を入れ、ゆっくり攪拌して、錠剤の見た目が溶ける時間でなく、実際の成分濃度を測定して、溶ける時間を測ります。この溶ける速度と濃度を先発品と比較して、初めて同等であることが言えます。製剤によって溶けるのにかかる時間は異なり、この試験は結構大変です。ゆっくり溶ける製剤の試験では1日以上測定を続けます。

コピーと言っても、すべての先発メーカーのデーターが分かっているのではないので、後発メーカーの力量も現れます。同じ先発のジェネリックでも差が出てきます。こうしたデーターは公開されていますので、ジェネリック医薬品を選ぶときには薬局で薬剤師に相談するのが良いでしょう。

[ 2015/10/09 ] 『黒姫高原理科教室』 NO60. 続、ジェネリック医薬品

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