NO111-NO120

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NO111. 鏡はなぜ左右反対に映る?

科学に関わる子ども時代の疑問は、宇宙の果ての向こうには何が在る?とか、空はなぜ青い?と言った、そのまま疑問を持ち続ければ、将来 物理や化学の発見につながる物もありますが、身近な事をよく観察することで出て来る疑問もあります。子どもが不思議に思う事に鏡の不思議があります。「鏡に映ったものは左右が反対に映りますが、どうして上下は反対に映らないの?」です。

鏡に映った文字は左右が反対に映って見えます。でも上下は反対ではありません。そこで、鏡に映ると左右が反転すると思うのです。もしこの時、文字を書いたカードを映しているのなら、そのカードを90度傾けて横にしてみたら、何かに気付いたかもしれません。 鏡に映った自分の姿を見ながら手を動かすと、左右の動きが思っているのと逆に動く事があります。やはり左右が反転すると思ってしまいます。鏡に映っている自分の姿を見ると、こちらを向いている自分の姿は、体の左側にあるのは本当の右手、右側にあるのは左手です。やはり左右反転しているのでしょうか?

もう一度よく見てください。自分の目の前に映っている像は、右手の前に映っているのは当然右手、左手の前に映っているのはちゃんと左手です。左右反転はしていません。ただし、頭の中で鏡の中に映っている自分になってみますと、自分の左側にあるのは右手です。この時、左側という定義を変えて、心臓のある側とすると、左手はちゃんと心臓側に映っています。やはり左右反転かと錯覚してしまいそうです。左右反転するならどうして上下は反転しないのでしょう。

実は鏡に映った像は左右が反転などしていないのです。前を向いて鏡に映った自分の像は、反対方向のこちらを向いています。180度回転してこちらを向いた訳ではありません。 それなら右手の前に映るのは左手になってしまいます。鏡に映った像は左右でなく、上下でもなく、前後が反転しているのです。文字が左右逆に見えるのではなく、透明なシートに書いた文字を裏から見た文字なので左右が反転しているのではなく、裏文字になっているのです。もし鏡の代わりに、カメラで写した像を正面にスクリーンで映したら、文字は反転せずにちゃんと映ります。でもスクリーンに映った自分の姿は、右手を上げれば、像も右手を上げますが、その右手は本当の自分から見て左側です。スクリーンの動きは鏡の像とは反転しています。映画館のスクリーンに映った映像を、スクリーンの裏側に回って見ているのが鏡の像です。最近の映像処理では、左右反転を行って鏡に映ったと同じ映像にするアプリもあります。やっぱり鏡は左右反転だと考えないで下さい。ここで画像の左右反転処理をするのは、走査線のスキャン方向を反転しているので、もしカメラを横にして撮影なら 上下反転です。

鏡に映った像が左右反転しているのではなく、裏表が反転している事が、よく観察した結果分かりました。普段何気なく見ているものも、しっかり観察する事で、今までの常識とは違った本当の姿が見えてきます。

まだ黒姫高原になごり雪が残っているうちに、雪の溶け方のおさらいです。冬が終わり始めると、立木の根元にできる雪の溶けた丸い穴、根開きと呼ばれる雪解け穴、英語でスノーホールは、ブログでも植物の生命現象の表れという記載があります。前回、電柱や枯れた樹木にもできる、実験では棒を立てて置いても出来た、と書きました。根開きができるのは積雪が表面から溶けるのが原因としました。

何気なく見ていると、樹木の根の周りに春が近ずくにつれて、雪の溶けた地面が丸く広がっていくと思います。そこから根元から雪が溶けると想像し、植物特有の現象と思います。でもよく観察すると、雪は根の周りだけでなく、積雪面全体の表面も減ってきています。積雪の表面は、地面の反対側、空に向かった面だけではありません。建物や樹木、電柱に積もった積雪は、壁や木の幹と接した横の面も雪の表面です。雪は表面から溶けるのは、上だけでなく横からも溶けます。積雪の表面から溶けていくのは積雪の厚さを測れば分かります。スキー場では毎日、積雪何センチとネットに出ています。除雪してできた雪山が、徐々に全体が小さくなっていくのは観察できますが、根の周りも同じように上も横も減っていきますが、横方向に減る方が目立つので、穴が広がっているように見えるのです。

残念ながら植物の生命活動は雪の下でも始まっていますが、雪を溶かすほど熱は出ません。雪が表面から溶けていくと、やっと水仙や水芭蕉の葉が雪の下で成長していたのが分かります。逆に溶けた雪面に、足跡が溶けずに残っています。積雪時は圧雪されてへこんでいた足跡が、雪解けの今はそこだけ氷のように成って浮き上がって残っています。積雪は表面から溶ける証拠に、雪解けが進むにつれ、今まで埋もれていた落ち葉が現れ、雪面が汚れてきています。灰を撒かなくても黒っぽい汚れのせいで雪解けが進みます。【分類:水】

[ 2016/03/23 ]  『黒姫高原理科教室』 NO111. 鏡はなぜ左右反対に映る?

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NO112. 枯葉作戦

長野県はカラマツの植林が多い県です。黒姫高原でも秋に黄色くなり落葉するカラマツ林が多く在ります。杉やヒノキの造林も在り、冬でも葉が残っていますが、多くは落葉広葉樹とカラマツの林で、冬に成ると風景の見通しが良く成り、夏には見えなかった山の風景が眺められる様になります。

山荘の周りも、広葉樹とカラマツの針のような落葉で毎年、腐葉土が溜まってきます。ところで、他の針葉樹と違って落葉するカラマツは、養分を毎年落葉に持って行かれ、やせないのでしょうか。広葉樹は紅葉のさい、葉に溜まった養分をすべて根に貯めてから落葉するのでしょうか。落葉を繰り返していると養分を貯められないのではという疑問があります。

寒さに強い針葉樹、進化の古い仮導管を持った裸子植物は凍結に強く落葉しませんが、広葉樹は寒冷地では落葉します。広葉樹は熱帯から亜寒帯まで分布しています。熱帯の広葉樹に比べ、寒気や乾燥のある温帯では広葉樹の葉は小さくなったり肉厚になり、常緑広葉樹となり水分を葉から逃がさないように努力しています。寒冷地では水分を逃がさない努力は止めて、落葉で水分を逃がさない方向に進みました。

今から50年も前の話です。アメリカがベトナムで行った戦争で枯葉作戦と言うものがありました。ジャングルに隠れる場所を無くすとか、食料生産を止める為に熱帯ジャングルに強力な枯葉剤を大量散布した作戦です。後になって、枯葉剤の残留農薬の催奇形性や、発がん性、さらに枯葉剤の生産で大儲けした化学薬品メーカーなどの問題が浮き上がっていますが、枯葉作戦が行われた当時、真っ先に科学者、特に生態学の研究者が大反対したのを当時中学生の私も記憶しています。

温帯と亜寒帯の間の黒姫高原では、落ち葉は肥沃な堆肥と成っていますが、熱帯のジャングルでは落ち葉の厚さはどれ程だと思いますか。うっそうとした葉の茂ったジャングルでは、地面にも大量の落ち葉が在るでしょうか。答えは否です。中学の地理で土壌について習います。寒帯のツンドラ、ポドソルに対して、熱帯やサバンナはラテライトと呼ばれる赤土です。温度の高い熱帯では、地面に落ちた木の葉は細菌によって分解される速度が速く、すぐに分解され、また樹木に根から吸収され、腐葉土が貯まりません。わずかに土壌に残った養分はすぐに雨で流されるので、熱帯の土壌は養分が在りません。鉄錆の赤い色のラテライトと呼ばれる赤土です。熱帯の森林では養分は常に樹木の葉に貯めて置かれます。温帯の森では、土壌はたいへん肥沃です。さらに寒冷地では、落ち葉の分解は遅く、厚く層になり貯まります。

熱帯のジャングルで、木の葉を枯らせてしまうと、それまで長年に森が蓄えてきた養分は、雨に流され戻って来ません。一気に森は砂漠化します。アマゾンのジャングルで大規模なプランテーションを作る為伐採するのも同じような砂漠化を起こします。枯葉作戦が始められた当時、まだ後の時代に催奇形性の問題が起こる前から、熱帯でいったん壊した森林はなかなか元に戻らないという生態学者の反対が起きたのです。枯葉作戦を立案した将軍はそんな生態学については分かっていなかったのでしょう。学者の意見を聞かなかったので、熱帯の森が枯葉作戦で消えました。今の原発の立案者のやり方と同じです。熱帯のジャングルの地面は、温帯地方の森の様に肥沃な土では無いという事を考えなかったのです。

温帯の森では、落ち葉はゆっくり堆肥と成り、それらの養分は肥沃な土として保持されます。寒冷地では葉を残して置くより落葉させた方が良いのです。油分を含み表面積の少ない針葉樹に比べ、広葉樹の葉は凍結に弱いので、落葉させた方が良いのです。厚さの薄い葉は数年で堆肥に成ります。一方 カラマツの葉は分解し難い様です。何年もそのままの姿で茶色い針状の葉のまま残りますが、堆肥に成らなくても黒ボク土と混ざれば、ふかふかな土に成ります。堆肥に成りかかった落ち葉の山を掘るとカブトムシの幼虫がたくさん出てきます。【分類:水】

[ 2016/03/23 ] 『黒姫高原理科教室』 NO112. 枯葉作戦

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NO113. 水素燃料電池自動車

 福島原発のあまりのすごさに、それ以前に起きた原発事故、チエルノブイリやその前のスリーマイルが記憶から薄れています。いずれも想定外だったはずなのに、繰り返しています。まもなく事故から30年になるので最近またチエルノブイリ原発の名がニュースに登場しています。事故後原発を埋めた石棺と呼ばれる構造物が劣化してきたので、まだあと100年は閉じ込めておかなければならないのでさらに石棺を覆う巨大な遮蔽物を建設中というニュースが今日の新聞にありました。チエルブイリや福島原発の人災の再発防止策はまだまだ終わらないでしょう。それにしてもチエルノブイリ事故では多くの消防士が犠牲になっています。

日本の原発は、福島も含め、沸騰水型と過圧水型のいう2種類がありますが、いずれも原子炉の冷却と核分裂を制御する中性子の減速材の両方に水を使った軽水炉と呼ばれる原発です。チエルノブイリ型原発は、冷却は水ですが、減速材には石炭に似た炭素の鉱物、グラファイト(黒鉛)を使います。そのためチエルノブイリ事故では福島と同じ水素爆発による放射能汚染以外に可燃性の黒鉛が燃えて大規模な火災が起き、消防士が決死で消火にあたりました。実はこの黒鉛炉は、日本で最近あることに使うため作ろうという話がでています。

チエルノブイリ事故と同じく、アメリカのスペースシャトル、チャレンジャー号の打ち上げ事故も今年で30年になります。こちらは、今では、原発と違って、原因究明がわりとうまくいった例として技術屋の教科書によく教訓として載っています。チャレンジャー号の事故を少し振り返ってみます。30年前の1986年、スペースシャトルが打ち上げられ、上昇を始めて間もなく空中分解してしまいました。それから原因の究明、再発防止策がとられるまで2年間、残ったシャトルの打ち上げは中止になりました。ロケットが打ち上げ直後や再点火後にエンジンが爆発することは、開発中に起こる事故ですがこの時はエンジンに異常はなく、テレビ中継で上昇するシャトルが突然燃料タンク付近が爆発、空中分解し海に落下しました。さっそく原因の調査が始められました。

何か事故が起きると、日本では、まず誰が責任を取るかが問題になりますが、ここだけはアメリカの優れたところ、責任追及よりも再発の防止に力を入れることです。私が水質検査機関で現役のころ、一度検査ミスについて、外部監査で所轄から呼び出しを受けたことがあります。その頃なら、問題を起こすと、始末書、原因の追及、どうやって謝るか、責任を誰が取るかで、わしは知らんぞ、お前行けと成るのですが、当時、役所でもISOが広まって来ていて、その考え方を理解している進んだ公務員も現れてきていてました。従来なら、自分は悪くないと、ミスした本人は知らぬ顔、役員も知らぬ顔で結局私が役所に謝る役目。でもこの時は謝るのではなく、ISOの再発防止策を提出。なんで私が謝らないといけないかと考えるより、再発防止策を立てる方が前向きでやりがいがあります。

チャレンジャー事故でも、アメリカ政府はNASAやメーカーの責任追及はしないから、再発防止のために協力しろということで、調査委員会が作られました。今では航空機事故など、メーカーが協力しないと原因調査は困難で、責任は問わないということで調査は進められているようです。この時の調査委員会には、物理学者のファインマンさんが加わりました。

カリフォルニア大の理論物理学者、ファインマンさんの本はファインマン物理の著者として日本の大学で使われています。それまでの大学の教養課程の物理は、最初に古典物理の計算から習う退屈なものでしたが、ファインマンさんの教科書は、素粒子を含めた物理の原理から入っていきます。10を知って1を教えるといいますが、物理の原理を100ほど広く知っているから書けた教科書です。ファインマンさんはノーベル物理学賞の受賞者でもありますが、たいへん個性的な学者です。趣味が広く演奏やエッセイを書いています。チャレンジャー号の事故調査委員会の話も、『ご冗談でしょうファインマンさん』というエッセイの続編に翻訳され載っています。

日本でも、物理学者の寺田虎彦さんのエッセイは有名ですが、ファインマンさんの方は型破りです。公務員の無駄な管理体制を追及するため金庫破りまでする話があります。事故調査委員会も、元宇宙飛行士やメーカーの技術者もメンバーに入っていますが、ファインマンさんが加わったおかげで、原因の究明が進みました。原因は何かだけなら時間をかければ分かったかもしれませんが、その原因がなぜ放置されたかの追及は、さすがファインマンさんです。事故調査委員会の発表の場でも、勝手に氷水の入ったコップにゴム製の部品をつけて弾性が無くなるのをやって見せ、これが原因ですと話したのは有名です。

これはファインマンさんの本の引用です。シャトルの打ち上げはフロリダ州なので、気温は高い気がしますが、当時、打ち上げは1月でフロリダは珍しい寒波でした。打ち上げ台周辺は前夜からの冷え込みで凍結していました。シャトルの打ち上げは本体に付いているロケットエンジンの他に、両横に固体燃料の補助ロケットが各1台付いています。この補助ロケットも再使用のため何個かの円筒をつないでいます。パーツに分かれるようにした方が、再組み立てや輸送に便利です。円筒といっても直径3メートル程あります。この円筒をつなぐ時、機械的にはしっかり結合できても、ガスが漏れないようにガス漏れ防止のリングが要ります。私たちが普段水道の水栓などに使うのと同じゴムでできたOリングです。ただしゴムの断面は1センチほどでしょうが、直径は3メートルもあります。このOリングが2重にはめてあります。

ご承知のようにゴムは冷えると硬化して役に立ちません。このOリングも取り説で4℃以下の使用は禁止でした。 当日の寒波で気温は氷点下でした。別のトラブルで打ち上げが遅れ、Oリングは硬化していました。打ち上げ後、燃料のガスがリングの隙間から洩れ点火、その熱でさらに穴が広がり噴き出した炎が、横にある本体の燃料タンクに引火し空中爆発しました。

原因はOリングでしたが、取り説を守れば、氷点下での打ち上げはできません。なぜ打ち上げを誰も止めなかったのでしょうか。原因の究明や設計のやり直しはスムーズに進みましたが、なぜ誰も取り説を順守しなかったのでしょうか。ファインマンさんも責任者の追及や再発防止には苦労したように書いてあります。福島原発でも、東京電力が緊急時を想定して作ってある手順書が無視され被害が拡大したようです。手順書を作ったが、苦労してそれを作り、現場をよく理解した技術者ではなく、何も理解していない管理職に決定権があるようです。

その後、シャトルは再度大きな事故を起こし、引退しました。NASAではスペースシャトルの前にも大きな事故がありました。月面着陸のアポロ計画では、映画にもなったアポロ13号の事故です。こちらもトラブル解決をうまく出来た見本となっていますが、結局は事故です。宇宙船の電力源として電池では容量が足りないので、他にも燃料電池を積んでいました。

今の、自動車でリチウムイオン電池の電気自動車の次は水素燃料を使う燃料電池自動車だという、それです。NASAでは、それ以前の2人乗り宇宙船の時代から燃料電池を使っています。バッテリーを積む代わりに、水素と酸素をタンクに積んでおき、化学反応で電気を作ります。宇宙で使う理由は、重さやサイズで値段は問いません。アポロ13号は、事故後の対応をよく問題にされていますが、原因は燃料の爆発です。燃料電池は酸素と水素をそれぞれタンクに入れておきますが、そのタンク内で電線がショートしたのが原因です。水素も酸素もありふれた元素ですが、ありふれたことと、扱い方は別です。

水素燃料電池自動車が登場したころ、宇宙船と違って酸素は空中にあるのを利用するので水素だけを積み込みますが、水素を含む水は地球上に無尽蔵ですということが言われたようです。最近はさすがに見当たりません。水素スタンドも登場していますが、補助金をたっぷりもらえる今でも、燃費はガソリン車より悪いようです。水を電気分解して水素を作り、重い耐圧容器に入れるより、その電気で直接電気自動車に充電したほうが効率は良いのです。ではなぜ水素燃料電池自動車を進めるのでしょう。水素はどうやって作るの?

福島原発に戻ります。原発が大きな被害を出したのは、地震や津波での被害より、手順書を無視した対応で、水素爆発で吹っ飛んだせいです。水蒸気爆発は簡単に起きます。フライパンを熱くして、水を少し入れれば、一気に水蒸気爆発になります。真っ赤に焼けるほど鉄の温度が高ければ、水蒸気はさらに酸素と水素に分解します。これが水素爆発です。日本にある原発は軽水炉で、事故にならなければ水素は発生しませんが、水を使わない黒鉛炉では、運転中に水をかければ水素を発生できます。これが水素の作り方です。

「次の時代は水素時代です。」の裏には、原発で作った水素があり、原発の無い世の中どころか、軽水炉に変わる黒鉛炉やガス炉の計画が進んでいるようです。【分類:化学】

[ 2016/03/28 ] 『黒姫高原理科教室』 NO113. 水素燃料電池自動車

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NO114. BODって何ですか

水質の汚れを示す値に、BODやCODというものがあります。その話です。まずBODです。生物化学的酸素消費量と訳します。排水中に含まれる汚染物質の中の有機物の量を調べるものです。排水などの水に含まれる有機物の汚れを微生物が分解するのにどれだけ酸素を使うかの値です。バクテリアが有機物を分解するときには酸素を消費します。バクテリアは人と同じように、有機物を餌にして酸素を呼吸して生きていくためのエネルギーを作り出すからです。餌となる有機物の量を測る代わりに、消費した酸素の量を測るのです。この値が多いほど有機物の濃度が高いことになります。(BODの単位はmg/Lですが省略します。)

このBODの値を使って、いろいろな排水や食物などを、河川や下水に流した時の汚染の度合いを数字で表すことができます。お役人が作る表に今でもよく次のようなものを見かけます。「食品、洗剤に含まれるBODの値は、牛乳コップ1杯が20000, マヨネーズ大さじ1杯20000, コメのとぎ汁1回1500, サラダ油はてんぷら1回分で何と750000, 洗剤は洗濯1回5000です。これらをBODの環境基準の値まで薄めるには風呂桶いっぱいの水が要りますから、下水にこれらを直接流さないように」

何か違和感があります。BODとは、農薬やカドミウムのように食品に含まれている汚染物質の濃度ではありません。BODという有害成分が排水に含まれているわけではありません。その排水を河川や下水に流した場合に、それを生物が分解するときに消費する酸素の量と有機物の量に相関性があるので、河川に流れ込む排水の汚染度の指標に使っているだけなのです。

BODの測定の歴史をみるとよくわかります。イギリスで始まりました。公害全盛期の日本でも各地で起きていますが、テムズ川でも同じでした。工場排水や家庭排水が川に流れ込み、河川が酸欠状態になってしまいました。有機物が適量河川に流れ込んで来る時は、河川に棲む微生物が汚れを分解してくれます。汚染がひどくなると、微生物が分解に酸素を使い果たし、酸欠状態になり、酸素を使う微生物が死滅し、酸素の無いのを好む微生物による腐敗が始まります。そうした酸欠にならないように、流入して来る排水がどれだけ酸素を消費するかで規制しよと始まったのがBODです。排水中の有害物質の濃度を測っているのではなく、その排水を河川に流すと、河川がどれだけ汚染するかの指標なのです。

では、BODの値の高い排水を下水に流す時はどうすれば良いのでしょうか。風呂桶分の水で薄めれば、水道代はかかるけど環境汚染は防げるのでしょうか。薄めても汚染物質の総量は変わりません。むしろ薄い濃度の排水が大量に下水処理場に流れ込むより、濃い濃度の排水が少量入ってきた方が、処理の効率が良いことがあります。ではBODの値の高い排水は下水に流せないのかというと、その通りです。BODの値の原因成分は、河川で微生物によって分解される成分です。ただ一気に河川に流入すると、河川の微生物では分解しきれないので規制するのです。河川で分解できないのなら、事前に分解して放流すれば良いのです。カドミや鉛などの有害成分と違って、微生物を使って処理すれば分解するのです。そのための処理設備が浄化槽、合併処理槽や工場の排水処理槽です。ここであらかじめ生物処理で有機物を分解して、BODの値が基準値以下になったのを確認して河川に放流すれば良いのです。BODは排水の生物処理の効果を確認する指標として使えば良いのですが、お役人のように、排水に含まれる汚染物質の濃度と思い込むと、高度成長時代の東京湾で、工場排水を排水基準まで薄めて放流し、汚染物質の総量は変わらず東京湾の環境汚染が解決できなかった時代と同じです。

BODの値は、その物質に含まれる成分の濃度ではないという事は、時々プロも忘れてしまいます。BODの実際の測定方法は、BODを測りたいサンプル水、河川水や工場排水、屎尿などをそのままでは濃すぎるので、酸素を飽和させた水で薄め容器に密封し、通常5日間、20℃で放置しその間の酸素の減った量を測定します。この時、塩素滅菌してある排水は微生物が死滅しているので、下水などから採ってきた菌を添加します。こうして工場排水や、浄化槽の放流水のBODが基準値以下に処理されているかの測定を行います。バクテリアによる分解を待つので、5日間も時間がかかります。

時には処理して放流する排水ではなく、これから処理する汚水や原水のBODを測定することもあります。牛乳やサラダ油や薬液のBODもこうして測定します。ここでよくプロでも勘違いすることがあります。今 ある工場内で出た同じ原料から出た廃液で、これから工場内で生物処理をして下水に排水しようというものが AとB 2種類あったとします。排水処理をする前にBODを測ったらAはBOD 10000, BはBOD 5000でした。どちらが処理した排水の環境への有機物汚染が多いでしょうか? BODの値は、そのものに含まれる成分の値ではなく、生物によってこれから分解される量だということを考えてください。

微生物による有機物の分解は、分解を妨害する成分が含まれていたり、有機物の構造が微生物によって分解しにくいとうまく進みません。同じ原料から出発した廃液の場合、BODの値が大きいほうが、これから微生物による処理が進みやすいことになります。この場合はAの方が分解されやすいので、処理の終わった排水は有機物の量が少なくなっています。Bの方は微生物によって分解されない有機物が、そのまま河川に放流されるのです。BODは有機物の全部の量ではなく、微生物によって分解されるものだけを示しています。BODのチエックだけでは、難分解性の有機物が環境に蓄積してしまいます。

BODの測定に関しては、微生物による分解工程にはいろいろなメカニズムがかかわっています。極めるには、溶存酸素や微生物の種類など、化学と生物の分野の知識が必要です。でもBODはもともとテムズ川の酸欠を測る方法ででした。学術的に意味は無いので微生物学会で扱ったりはしません。いつの間にか日本ではBODという成分を測る方法になってしまいました。紛らわしいBODは辞めようという動きもあります。【分類:化学】

[ 2016/03/28 ] 『黒姫高原理科教室』 NO114. BODって何ですか

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NO115. CODって何ですか

BODの測定には、5日もの時間がかかります。また土日は実験室を休むので、5日後が休みの日の月曜、火曜にはサンプルを仕込むことができません。そこでBODに変わって1時間ほどで完了する方法のCODが代わりに使われます。日本訳では化学的酸素消費量です。

有機物を分解する方法にはいくつかあります。生物は食品として食べた有機物を酸素を呼吸で取り込んで、この酸素で有機物を酸化して水と二酸化炭素に分解します。この時エネルギーが発生します。呼吸とは酸素を使って有機物を分解しエネルギーを取り出すことです。この呼吸は微生物でも同じです。これがBODです。有機物に火を付け空中の酸素で燃やしても水と二酸化炭素になります。この時も燃焼熱としてエネルギーが発生します。

食品の栄養を熱量で表わすのはこの反応です。空中で燃やす代わりに、水中で有機物を酸化剤と反応させても同じことです。空中の酸素の代わりに、分子内に酸素を持った酸化剤という化合物と有機物を水中で化学反応させても、水と二酸化炭素になります。BODでは、水中に溶けている酸素の濃度を測りましたが、有機物を分解するのに使った酸化剤の量を測っても同じなのです。これがCOD です。

BODと同じで、排水中にCOD成分というものが含まれるのではなく、化学処理で分解するにはどれだけの酸化剤が必要かを測っているのがCODの値です。BOD同様、分解できない有機物もあり、それは値には含まれません。

最初酸化剤として重クロム酸が使われました。強力な酸化剤で多くの有機物を分解します。CODが使われたのは、BODが時間がかかるので迅速法という意味と、排水中に含まれる有機物の量を出来るだけ全部測りたいので、強力な酸化剤を使いました。BODでは微生物では分解できない、難分解性有機物を測ることはできませんでしたが、重クロム酸を酸化剤に使ったCODでは、含まれている有機物のほぼ全量を測ることができ、BODとは違って、COD値はサンプルに含まれる有機物の量を示す値として使われるようになりました。

ところが、日本では違う方向に進みました。重クロム酸はご承知のように、6価クロムのことです。汚染物質として規制物質になっています。潔癖症の日本では検査のためとはいえ規制物質を使うことを役人は好みません。そのため重クロム酸の代わりに、過マンガン酸という環境への害の少ない酸化剤に変えてしまいました。過マンガン酸の酸化力は重クロム酸の2割ほどしかありません。過マンガン酸で測ったCODでは有機物の2割ほどしか測れません。同じサンプルを二つの方法のCODで測ると、値が5倍ほど違ってきます。

重クロム酸を使ったCODを COD Cr 過マンガン酸のほうは、COD Mnと書きます。多くの国ではCOD Crが主流です。日本ではCOD Mnが公定法に採用され圧倒的です。海外ではCOD Crが主流で論文にもCODとしか書いていないことが多く、外国のデータと比較するときは確認が必要です。外国のCODの値をCOD Crと知らずCOD Mnと思い込み、おかしなことがよく起きます。日本の方が少数派なのを忘れてしまうからです。BODもCODも学術的に意味のある数値ではありません。排水規制のためにこの方法でやれと決めた値です。技術者はこれを分かっていますが、こうした背景の分からない管理職が、もっともらしく、これらの意味のない値をこねくり回すといろいろおかしなことが起きます。

公務員の世界ではいまだに、BOD,CODは使われていますが、現場ではTOC計と言って有機物の濃度を直接機械で全量測ることが簡単にできるようになりました。水道水質基準でも水道水中の有機物の量は,このTOC(全有機炭素)の値で測っています。このTOCの値をBOD、CODの代わりに使えば問題は解決です。

pHを測るのにどんな方法を使うのでしょう。多くの方はpHメータと答えるでしょう。ガラス電極式pH濃度計です。安いものはホームセンタにもあります。私の中学の時に化学で使っていました。pHメーターの前は、pH指示薬(フェノールフタレンやリトマス紙も仲間)でした。水道法でやっとpHメータが採用になったのは10年ほど前です。問題は役人にとって統計が大事なことです。検査方法を変えると統計が不連続になるので明治から続いた指示薬法を変えるに反対でした。BOD,CODもなかなかTOCに変わらないようです。【分類:化学】

[ 2016/03/28 ] 『黒姫高原理科教室』 NO115. CODって何ですか

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NO116. 雪に灰を撒く

雪解けが急に進み、黒姫高原の山小屋の周りには屋根雪が落ちて積もった雪の山がいくつか小さくなって残っているだけになりました。気温は夜間でも氷点下になることはありません。 残った積雪の山を観察すれば、表面に張り付いている落ち葉の量が増えています。積雪の中に層になって埋まっていた落ち葉が、雪の層だけ溶け、葉が残って表面に集まったのです。積雪の底からは、溶けた水が地面の傾斜に沿って流れています。積雪に触れてみると、全体が固まったザラメ雪のようですが、触った掌が濡れるので、雪の表面や内部は水で濡れているのが分かります。日陰の雪山の表面も溶けているので、直射日光ではなく気温で溶けているのが分かります。屋根雪が積もったまま滑り落ちた部分と、屋根の軒先などでいったん雪が溶け透明な氷になった塊が落ちたものや、ツララが落ちたものがあります。雪山にはこうした氷の部分が溶けずに残っています。

こうして観察するだけでも、積雪の溶け方は、表面から蒸発するのでもなく、地熱や地下水の熱、植物の熱で地面から溶けるのでもなく、気温が0℃以上になって風や対流で積雪の表面が温められ、溶けた水が積もった雪の中の結晶の表面を伝って地面に向かって移動する途中に、雪の結晶の細かな六角形の枝を溶かしザラメ雪に変えながら徐々に溶かしていくのが想像できるはずです。さらに実際に実験してみれば確証できます。

昔から、積雪に灰を撒くと早く溶けると言われています。これも実験と観察で検証してみます。灰を撒く時期と、場所をいくつか変えて実験してみました。ネット上では相変わらず諸説あるようです。また灰を撒いた効果は今一のように書かれています。灰で雪が溶ける理は、太陽の光を白い雪面より黒い灰の方が吸収し易いというのが主流のようです。あるブログでは試したところ、あまり効果が見られなかったが、曇った日が続いたせいかとあります。しかし、薪ストーブの灰は、燃え残りの炭の黒い粒が混じってはいますが、色は白いです。黒いものが日光を吸収しやすいのが理由なら、灰より黒ボク土を撒いた方がよいはずです。しかし灰を撒くと雪が早く溶けると言うのはブログの無い昔からの農家の知恵、ブログに多い日光吸収説が間違っているのでしょうか。

灰の成分は何であるかを考えると、答えは想像できます。これも高校の化学で習う内容です。気温が上がり、積雪が溶け始めた時期に灰を表面に撒いてみました。灰は薪ストーブの灰を、ふるいに通して黒い消炭を除いたので、白い色をしています。囲炉裏や火鉢に使う細かな灰です。この灰を雪の表面に撒き、観察をします。まず灰が水分を吸って、色が黒っぽくなるのが分かります。真冬の乾いた雪では、灰は乾いたままです。湿った雪に撒いた灰は、陽のあたる場所でない積雪でも、同じように水分を吸って色が変わります。さらに時間がたつと濡れた灰になります。

信州の高速道路を冬季に走ると、車の表面に白い粉が付きます。融雪剤です。黄色い道路公団の作業車が、夜間に作業中追い越し禁止と点灯して、融雪剤のペレットを撒いて走行するので渋滞するのを経験した事がないですか。無理に追い越すと撒いている融雪剤が車体に当たってパリパリ音がします。

ここで撒いている融雪剤は主に塩化カルシウムです。融雪剤を撒くタイミングを見ていると、まだ積雪の無い時に、明け方冷えて道路が凍結しそうな夜に、少し湿った程度の路面に撒いています。融雪剤ではなく凍結防止剤です。積雪してしまったら除雪車の出番です。凍結防止剤はどんな仕組みで働くのでしょう。

化学の時間に、モル凝固点降下ということを習います。難しい言葉を見てさっそく敬遠されるかもしれませんが、難しいことはありません。池の水は0℃で凍るけれど、海の水は0℃では凍らない理由です。凝固点降下というのは、何も溶けていない真水では、氷になる温度、凝固点は0℃です。ところがこの水に塩分が溶けると、塩分濃度が増えるにつれ凝固点が下がるのです。塩分濃度の高い海水はこのため、池の水の凍る0℃ではまだ凍りません。参考までに海水の塩分濃度は3%余りですが、これによる凝固点降下は-2℃程です。

水に塩を溶かした場合が凝固点降下ですが、水ではなく、氷に塩を混ぜると原理は同じですが、別の現象が起きます。これも小中学校の理科でやります。アイスキャンデー作りです。砕いた氷に大量の食塩を混ぜると温度が0℃以下に下がります。北国では氷の代わりに雪を使って実検します。重要なのは氷と同じ程度の量の食塩を加えることです。このように、氷に混ぜると温度を下げる薬剤を、寒剤と言います。氷と水が混ざった時の温度は0℃で一定です。ここに容器に入ったアイスキャンデーの材料を入れても凍りません。寒材を入れると0℃以下に下がりアイスキャンデーが凍ります。寒剤は氷の溶けるのを促進します。氷が溶ける時には周りから熱を奪うのですが、溶けた水が周りにあるので0℃以下には下がりません。この時水に寒剤が溶けていると凝固点降下で0℃以下に水の温度を下げることができ、アイスキャンデーを凍らせるのです。寒剤と凝固点降下は同じ理屈なのですが、時々正反対に理解することがあります。

湿った雪に、糸をたらしそこに食塩をかけると糸が凍り、くっついた雪を釣り上げれるという実験です。これを寒剤の食塩が水を凍らせていると、凝固点降下の正反対に理解する小学生がいますが、教師の指導不足です。寒剤のせいで雪や氷の溶けるのは早くなるのですが、その水分が食塩に吸収されてしまい気がつかないのです。これらの現象は、実際には他の複雑な反応が関わっています。実験は、何気なく見ているのでは正反対の答えが出ることがあります。観察が重要です。私が若い子に実験をしてもらうときには、「トイレに行きたかったらまず行ってください。後は実験中はよく見て、離れないこと。」と言います。力量の無い指導者が、若い子が実験中に前で立っていると、「何を暇そうに突っ立っている、セットしたら待ち時間中に他の事をやれ」と言うことへのあてつけです。

高速道路の凍結防止剤に戻ります。凍結とは積雪ではなく、水分が夜間、放射冷却で凍って、路面がつるつるになることです。積雪に慣れた雪国でも、凍結した坂道ほど恐ろしいものはありません。塩化カルシウムの結晶を撒いて置くと、道路の水分で溶け、塩分濃度の増えた水は凝固点降下で0℃程度では凍りません。塩分濃度が高いほど効果があります。3%の濃度の海水を撒いても凍結温度は-2℃ですから、実際はもっと濃くしないといけません。冬の雪国の高速走行の後は洗車が必要です。食塩と塩化カルシウム、いずれも海水から取れ安価です。違いは価格ではありません。化学式で書くと、NaClとCaCl2,同じ量では塩化カルシウムの方が塩濃度が高くなります。

さて薪ストーブの灰にやっと戻ります。 薪ストーブのシーズンも終わりかかったので、貯まった灰の処理をしました。落ち葉を燃やした灰の成分は主にカリウムですが、薪を燃やした灰にはカルシウムやリンが含まれます。タケノコやゼンマイのあく抜きに、灰を水に溶かした灰汁を使います。灰の成分は水に溶け、凍結防止剤の役目をします。そのため撒くタイミングが重要です。まだ厳寒期で積雪が乾いている時期や、融雪が始まっている時では効果がないです。気温が0℃付近まで上がったがまだ0℃ではないという時期に、灰を撒いてやると、灰の成分のカリウムやカルシウムが溶け凝固点が下がり氷が溶ける温度が下がるので、融雪が早くなります。まさに融雪剤です。ただ実際に雪を溶かす熱源は気温ですから、融雪剤の役目は溶ける時期を早めるだけです。

溶けた灰の成分には、カリウムやリンが含まれているので、そのまま肥料になります。雪解けを待って、黒姫高原の山荘でもハーブ畑を耕し始めました。そこに残った灰を撒きました。これには肥料以外に目的があります。灰汁は強いアルカリ性です。カリウムやカルシウムが含まれているからです。野菜作りでは、畑を酸性からアルカリ性に戻すのに、石灰を撒きます。灰は石灰の代わりになります。冬の間に貯まった薪ストーブの灰を雪解け前に撒くことはたいへんうまい知恵のようです。都会で薪ストーブを使う人は灰の処理をどうしているでしょう。アルカリ性が強いから下水に流してはいけません。【分類:化学】

[ 2016/04/06 ] 『黒姫高原理科教室』 NO116. 雪に灰を撒く

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NO117.  ソメイヨシノ

毎年この時期になると、おじさん達の会話も、NHKのアナウンサーも同じ話ばかりです。サクラ前線、開花時期、に始まりサクラが散る前に早めに御花見と葉桜の時期まで続きます。日本人はサクラが好きな民族です。ここで言うサクラとは桜全般ではなく、ソメイヨシノを指すようです。 私の住んでいた金沢では、春は兼六園の梅林の開花で始まります。桜については、兼六園には有名な八重桜もありますが、それほど御花見は無かった記憶です。梅と桜の違いはどこにあるのでしょう。積雪が無くなる時期に、梅林で紅白の梅を眺める時、樹木全体と言うより、個々の花を楽しみます。桜のように花の数は多くは無いので、花をひとつづつ眺めます。特に紅梅はあざやかな色です。

一方 ソメイヨシノを見る人は、個々の花を見ていません。樹木全体、時には並木全体を眺めています。ご承知のように、ソメイヨシノは種では増えません。挿し木で増えたクロ―ンです。日本中が同じクローン。それが一斉に開花、そして一斉に散るのはキモクないですか。 ところでソメイヨシノの花の色は、何色ですか。私にはあの灰色がかったピンク、薄墨色と呼ぶ人もいます、が美しいとは思えません。

花の好きな人は植物画を描いてみるとよいでしょう。植物画、ボタニカルアートは美術ではなく生物です。中学の生物で描いたはずです。絵の下手な人でも、よく観察すれば綺麗に描けます。ソメイヨシノを描く時、花弁の色は白です。わずかにピンクですが、色を塗るなら白です。それがなぜ遠くから見るとサクラの木はピンクなのでしょう。私には灰色がかった、くすんだピンクです。もうすぐ信州では、桜よりリンゴの開花時期になり、リンゴの木に白い花が満開になります。ソメイヨシノもリンゴも花弁は白いのに、サクラの木はなぜくすんだピンクに見えるのでしょうか。

最近はパソコンとプリンターの普及で、色の話が楽になりました。昔は中学の美術の時間に、色立体という模型を持ってきて説明でした。今では、光の3原色はパソコンの結晶画面の光っているのをルーペで見れば、色の3原色はインクジェットのインクを見たら分かります。自分から光っている二つの物の色が混ざった時の色は、加算混合という原理で決まります。光の色が混ざるほど明るくなり、3原色全部が混ざると白い光になります。

一方、自分から光っていない物の色、普通の物の色が混ざる時は減算混合という原理です。混ざるほど暗くなり、3原色が全部混ざると黒になります。この減算混合でも、二つの色の混ざった色は、2種類あります。ひとつはコマに2種類の色を塗って回した時の色です。ヒトの目には混合した色に見えます。もうひとつは2種類の色の糸で編んだ布の色です。近くではそれぞれの色の糸が見えますが、離れると布の色は混合した色に見えます。 絵具ではまた別の現象が起きます。中学時代、水彩絵具で絵を描いた後に絵筆を洗った水の色が、全部の絵具の色が混ざって、暗い緑っぽい黒になっていませんでしたか。絵具も混ぜると新しい色が作れますが、混ぜるほど暗くなり、全部混ぜると真黒です。油絵具でも同じです。絵具を混ぜると、色が暗く、くすんでくるので印象派の画家たちは点描法を始めました。絵具を混ぜて新しい色を作らないで、絵具を混ぜずに原色を点状にカンバスに塗り、遠くから眺めて初めて混ざった色に見える技法です。この方法で、くすまない色で光溢れた風景を描くようになりました。

私たちが学校の美術や図工で使った絵具は、泥絵具と言って油絵具と同様に顔料をペーストで練った不透明な絵具です。絵具を重ねると下の色は見えなくなるので、新しい色を出すには先に絵具を混ぜないといけません。点描法はこの問題を解決した技法です。

水彩絵の具には、透明水彩という絵具もあります。この絵具はその名のように絵具を重ねて塗っても下の色が透き通るので、彩度を落とさず色を作れます。花の色素も透明なので、いろいろな花の色も彩度が落ちず鮮やかです。梅の花は鮮やかな紅です。 水彩絵の具の技法には、ポスターカラーという物があります。商品名のことではありません。色が透けないようにすべての色に白を混ぜ、不透明にする技法です。壁の色です。 ソメイヨシノの色は、この点描法とポスターカラーの混ざった結果です。ソメイヨシノの花弁は白色ですが、蕊(しべ)は黒を含む赤色です。ソメイヨシノの木を遠くから見ると、花弁の白と蕊の赤が点描法で混ざってピンクに見えるのです。印象派の点描法では、点々に塗るのは、色がくすまないように原色ですが、ソメイヨシノでは元の色は白と赤なので、ポスターカラーのように彩度が落ちたくすんだ色に成ります。蕊には黒い部分もあり混ざるとさらに灰色が混ざってきます。薄墨色と言うのはこの為です。 やはりサクラは他の鮮やかな花のように、個々の花を眺めるのではなく、遠くから見た錯視を昔から日本人は喜んで見ているのでした。屈折しているように思うのは私だけでしょうか。花はやはり鮮やかな色で、散り際ではなく、咲き誇る方が綺麗です。【分類:化学】

[ 2016/04/06 ] 『黒姫高原理科教室』 NO117.  ソメイヨシノ

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NO118.  魔法瓶

最近 ガラスの魔法瓶をあまり見かけなく成りました。外に持って出るには、ステンレス製の魔法瓶は丈夫で落としても壊れないので大変便利な物です。小型の物は保温性が今一つですが、大きな物は次の日まで保温が続く物もあります。

ここで見かけなく成ったと言うのは、特に家の中で使う物です。家では、朝起きるとヤカンで水を沸かしてガラスの魔法瓶に移し、昼ぐらいまではそれで間にあうのですが、周りを見ると、みなさんが使っているのは魔法瓶ではなく、電気湯沸かしポットでした。それさえ今では、3分で水が沸騰する電気ポットでその都度沸かすように成りました。

黒姫高原の山荘では今でも、ガラスの魔法瓶を使っています。湯を使い切るまでほとんど1日冷めません。上手く作ったガラス魔法瓶の保温性は優れています。

魔法瓶はなぜ冷めないかを考えてみます。化学の実験で、液体窒素を入れておく容器のことをデュアー瓶と呼びます。初めて作った人の名前、デュアーさんから来ています。金属やガラスの容器を2重にして、隙間を真空にして作った容器です。僕は最初、保温容器のことをジャーとか、ジャーポットと呼ぶことがあるので、これは日本でデュアーがジャーに訛ったのかと思っていましたが、後になってジャーはちゃんと英語で、日本語ではジョッキーに訛った水差しのことだと分かりました。魔法瓶はデュアー瓶を一般家庭用にしたものでした。

日本では魔法瓶はガラス製からステンレス製に変わりましたが、もともとデュアー瓶は金属製でした。液体窒素を冷えたまま保存できる容器として、熱を伝え難い様に金属の容器を2重にして、さらにその間の隙間の空気を抜いて真空にできる構造にした物です。その後、金属にかわって、ガラスの容器を2重にして、隙間を真空にする前に、内側を鏡にします。鏡にするのは以外と簡単で、ガラス細工で2重にした容器の隙間の空間に、硝酸銀を溶かした液を入れ還元剤を混ぜるとガラス面に銀がメッキされて鏡になります。残った液を捨ててから、真空ポンプで空気を抜きます。今でもガラスの魔法瓶の底には、液の出し入れや空気を抜いたへそが必ず残っています。なぜ詳しいかと言うと、昔は化学科の学生は実験道具を自分で作ったので、デュアー瓶の製作も教わりました。

今、液体窒素の保存容器は、また金属製に戻っています。魔法瓶に比べ、口の部分が白鳥の首のように長くて熱が逃げない様に成っていて、1週間程度は低温を保てます。原理はデュアー瓶も魔法瓶も同じで、僕は仕事で要らなくなったガラス魔法瓶に液体窒素を入れていました。

それでは、魔法瓶は電気を使わないのになぜ保温ができるのでしょうか。熱がどうやって伝わるかを考えます。コップに熱湯を入れて、金属のテーブルの上に置いたものを考えてください。ややこしくなるのでコップには蓋をしておきます。まず熱はお湯からコップを伝い、テーブルや周りの空気に伝わります。この時、コップの材質が金属か、ガラスか、プラスチックかで冷め方が変わります。熱の伝え方が材質によって異なるからです。金属は伝え易く、ガラスやプラスチック、空気は伝え難いのです。こうした熱の伝わり方を伝導と呼びます。伝導に似ている物に対流があります。

コップの表面の熱は、ステンレス製のテーブルに伝導して失われますが、周りの空気にも伝わります。熱の伝導度は金属に比べ、空気は低いのですが、実際の熱は空気を伝って逃げる方が多いのです。それは机の金属を伝わる熱は高い方から低い方に一方向に伝わるだけなのに、空気では対流が起こり、コップの表面には次々と冷えた空気が流れてくるので、効率よく冷えるのです。お湯の入ったコップを水につけても対流は起きます。重力があれば空気や水はモーターが無くても、勝手に対流します。

水自身の熱の伝導は意外なことに、対流がなければ、ガラスやプラスチックと同じように熱を伝え難いのですが、対流があるので、空気や水は熱を伝え易くなります。缶コーヒーの実験があります。自販機から買ったホットコーヒーは手で持てますが、それを振ると熱くて持てなくなります。中のコーヒーの熱は伝導だけでは熱くなかったのが、対流したため大量に缶の表面に伝わったのです。

熱の伝わり方にはもう一つあります。放射です。真空の宇宙の中で太陽の熱が伝わる原理です。熱は光や電波と同じように真空中を赤外線として進みます。

魔法瓶では、容器を2重にして、さらに熱を伝導する空気さえ真空にして熱が伝わるのを防ぐとウイキにありますが、言葉足らずです。真空にすることで、隙間の中で空気が対流して内壁から外壁に熱が伝わるのを防いでいます。ステンレスは金属の中でも熱伝導度の低いものですが、ガラスには負けます。ガラスではさらに内側を鏡面にすることで、赤外線によって放射で失われるのも防いでいます。 この様に、ガラス製魔法瓶は原理からみても、電気を使わないで1日保温できる大変優れた道具です。壊れないと言う理由以外に、ガラス製魔法分がステンレス製に変わった理由が何かあるのでしょうか。さらに世の中、省エネ、節電と言っていますが、本当は電気をもっと使わせたいと考える人がいるのでしょうか。

空気はもともと熱を伝え難い物質です。ところが対流が起きると熱を伝え易く成ってしまいます。家の外壁と内壁の間の隙間にある空気です。ここに断熱材を入れてやるのが建築の方法です。断熱材には発泡スチロールに似た発泡ポリエチレンなどを使います。これらの成分はほとんど空気です。空気を樹脂で泡にして対流しなくすると、断熱材になります。

今シーズンは、黒姫高原の山荘で初めて越冬しました。例年より雪が少なかったから出来ました。それまでは冬季閉鎖でした。閉鎖した時は水道の元栓を閉め、屋内の水道管は、越冬する家では保温ですが、水抜きをして凍結防止をしました。その時、閉鎖中に来た時に水に困らないようにと漬物用の桶に水を入れ、厳重に保温材で撒いておきました。火の気の無い屋内は、室温は冬の間に徐々に外気温と同じに下がります。ヤカンや容器に入れておいた水はすべて凍っていました。バケツの水は上から凍っています。しかし断熱材で厳重に包んだ水は凍りませんでした。

おさらいですが、水も断熱材です。氷は金属と同じように導熱性です。いったん凍ると氷は熱を伝えやすいので氷は増えます。でも水は断熱材なので対流しなければ凍り難いのです。断熱材で包んだ容器の水は、冷え難かったから凍らなかったのではありません。1か月以上放置すれば、温度は伝わります。しかし断熱材のおかげで均一に冷えて対流が起きなかったのです。外気に接していたバケツの水は、外気に接した表面から凍っています。

池の水が凍るのには、水と空気の両方の対流が関わって、池の表面から凍って行きます。積雪が溶ける時も空気の対流で表面から溶けます。熱の伝わり方の3種類、伝導、対流、放射では、圧倒的に対流が大きいのです。風も対流と考えます。伝導や放射は温度の高い方から低い方に進むので、温度差が大きい方が伝わり易いのですが、対流は熱が次から次にとやって来るので、温度差が1℃でもあれば伝わります。だから真冬でも積雪は気温が0℃以上に成って風が吹けば表面から溶けます。温度差は少なくても、熱源は無尽蔵にやって来るのです。【分類:化学】

[ 2016/04/08 ] 『黒姫高原理科教室』 NO118.  魔法瓶
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NO119  寒剤

子供のころ、小学校の理科の実験でアイスキャンデーを作りました。アイスクリームではありません。家の冷蔵庫で作った四角い氷を持ち寄り、(だから1時間目です)。それと同じ程の量の食塩を大量にバケツの中で混ぜ、そこに砂糖水を入れて割り箸を突っ込んだ試験管を差し込んで凍らせました。今から考えると、こうした実験は興味を引くけど原理を深く理解出来たでしょうか。下手な教師の説明だと、かえって間違った知識を持つことになります。この実験は結果さえ記憶できれば、その後、熱力学を学ぶ時にまた考えることができます。

さて、大人に成ってから、卵黄を使ってフリーザーでアイスクリームを作ったりしましたが、時々混ぜないと柔らかくなりません。フリーザーでなく、氷の代わりに雪でもできます。金沢の雪はべた雪で気温も0℃以上ですが、黒姫高原なら材料を入れた容器を雪と食塩を混ぜた丸い大型タッパーに入れて外の雪の上で転がしていたら柔らかいアイスクリームになりそうで今度の冬にやってみます。

先の融雪剤の話では、道路に凍結防止剤を撒くと、凝固点降下が起こって、0℃より低い温度でも道路の凍結が起きなくなる、それでも水が凍る温度が低くなるだけなので、凍結前に撒かないといけないし、凍った路面を溶かすものではないと書きました。路面を凍らせたり、反対に溶かす熱は、空気の温度ですが、対流によって伝わるので、わずかな温度差でも風が強ければ大きいのです。熱エネルギーは対流や風で、ほぼ無尽蔵にやってきます。断熱材は、熱を伝導しないだけでなく、空気の対流によって熱が伝わるのを防いでいます。温度が0℃を少しでも下回ると、軒先の雫は氷になり、冷気は風や対流で次々に供給されるので、朝までに太いツララができます。反対に雪解けでは、気温が0℃を上回れば、まだ真冬でも風さえ吹けば表面から溶け始めます。

一方、対流の無い熱の出入りの無い狭い空間では、話は異なります。風や対流の起きにくい場所では氷のでき方は遅いです。ただし温度は下がっているので、過冷却が起きますので注意が要ります。氷点下の室内の水栓やトイレでは0℃以下でも凍らないことがあります。それが触れた途端一気に氷に変わる現象です。

容器の中に入れた氷と食塩の場合でも容器の外との熱の出入りはありません。ここでは凝固点降下は別の現象を起こします。凍結防止剤では、塩化カルシウムや食塩は水の凍る温度を下げる、凝固点降下の働きをしました。寒剤では、やはり凝固点降下が起きます。さらに周囲との熱の出入りがある環境では、水と氷の混ざった温度は気温で決まりましたが、今回は熱の出入りの無い容器の中なので、容器内で温度変化が起きます。

氷に熱を加えると水になるので、熱の出入りから見ると、氷が水に変わる時、周りから熱を吸収します。ただし通常の水は0℃で凍るので溶けかかった水と氷の混ざった温度は0℃より下がりません。ところが水に食塩が溶けていると0℃以下になっても凍らないので、氷の溶けた水は、氷が溶ける時にうばわれた熱のため温度が下がり、0℃以下に成れます。氷が浮かんだ食塩水は凝固点降下の温度まで冷えます。もう一つ食塩の結晶が水に溶ける時には、溶解熱と言う熱の出入りがあります。

物質を水に溶かすと、成分によって発熱したり、冷えたりします。発熱か冷却かは溶ける物質によります。エチルアルコールを水に溶かすと発熱します。お酒を水で薄めるとわずかに熱が出るのです。食塩は逆に水に溶けると冷えます。食塩水に氷を入れても、凍らない海水の温度程度にしか温度は下がりません。食塩水の濃度によりますが、せいぜいマイナス数℃です。

ところが、砕いた氷と食塩を同量ほど混ぜると、氷の表面では、食塩の結晶が覆っていて、氷の溶けた水を吸収して食塩を溶かします。氷の溶けた時に出る融解熱と、食塩が溶ける時の溶解熱によって一気に温度が下がります。氷の溶けた水はすぐに周りの大量の食塩の結晶に吸収されるので、しばらくは氷と食塩と飽和食塩水の混ざった状態です。この間、温度は下がり続けマイナス20度℃近くまでさがります。アイスクリームの固まる温度です。このとき氷に加える食塩を寒剤と呼びます。

食塩は、道路や積雪に撒くと雪や氷を溶かし、氷に混ぜると温度が下がると言うように現象を見ると正反対なので混乱するでしょうが、前者では熱は食塩からではなく、大気の温度から出ています。後者では氷の溶けることで主に冷えているのです。原理は同じです。【分類:化学】

[ 2016/04/15 ] 『黒姫高原理科教室』 NO119.  寒剤

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NO120  ニガヨモギ

アブサンというお酒があります。野球マンガなどのせいで名前だけはたいへん有名です。もちろん、バーでアブサンを頼めば、透明なリキュールをグラスに入れて出してくれます。アルコール度数の高い酒です。アブサンは度数がアルコール70%程度で高いのが特徴ですが、もうひとつ特徴があります。アルコール度数が高いだけなら、アクアビッツやウオッカなど、火をつけると炎を出して燃える酒は他にもあります。アブサンに水を加えると、白く濁ります。グラスに入れた透明なアブサンに水をたらして白く濁らせる飲み方があります。アブサンはスペインのお酒ですが、似た物にギリシア旅行の土産に日本人がよく買ってくるアニス酒があります。これも透明なアルコール度数の高い酒で、飲む時に水で割って飲みます。水を加えると透明だった酒が真っ白に濁ります。これが面白くて土産に買って来る様です。

アブサンもアニス酒も、リキュールの仲間です。アルコール度数は低いですが、梅酒も同じです。梅酒に使う焼酎は、アルコール度数はそれほど高くはありませんが、蒸留酒です。アルコールの製法が蒸留であるように、蒸留酒には、アクアビッツなどほとんどアルコールだけと言う度数の高いものがあります。この中に薬草を入れたものがリキュールです。日本のヨモギの仲間のニガヨモギを漬けこむとアブサン、アニスという中華料理の材料の八角の仲間を漬ければアニス酒です。アブサンはアメリカで一時期、販売禁止になったようです。薬草成分をアルコールで抽出するわけですから、今の合法ハーブと同じように薬理作用があります。芸術家がアブサンを愛した理由です。今では、成分濃度を制限して売られています。

バ―でカクテルを作るバーテンダーの協会にも、ヨーロッパ式とアメリカ式があるようです。トムクルーズの映画、カクテル、以来 ボトルを振り上げて作る水みたいなものをカクテルと思っている若者が増え、バーテンダーコンクールと称してボトル振り上げ競争が行われる様に成ってしまいましたが、007のボンドが愛したウオッカマテーニなど、カクテルはもともとアルコール度数の高い酒です。バーテンダーの仕事は、アクロバットでは絶対なく、化学者に似た繊細さで、酒を調合することでした。アブサンの場合、グラスに注いだ透明なアブサンの上にティースプーンを渡し、角砂糖に酒をしみ込ませ火をつけ、暗いバーの中では炎がよく見えます。これに水を注ぎ火を消すと、溶けた砂糖と一緒にアブサンが水で薄まり、色が白く変わります。こうした繊細な演技を静かにするのがバーテンダーでした。

薬草の成分は水より油に溶けやすい物があります。とくに香り成分は油に溶けます。ブドウ酒のように、果実を発酵させてアルコールを作る物ではなく、果実をアルコールに漬けて成分を溶かし出したものも、法律ではリキュール酒の製造になり、免許が要ります。今では個人用の梅酒は禁止から除外されていますが、梅酒もリキュール酒です。果実やハーブの成分の、特に香り成分はアルコールに溶けやすく、ニガヨモギの成分もアルコールに溶けます。アルコールに溶けた状態は、無色透明です。これらの成分は水には溶けないので、アルコールでわざわざ抽出するのですから、アブサンに水を加え、アルコールの濃度が下がり水の割合が増すと、それまで溶けていた成分が溶けなくなり、細かな沈殿になって白濁するのです。

先日 車の調子が悪く、上り坂でエンストするので、もしやと思って燃料タンクの水抜き剤を入れてみました。高速の北国のSAのスタンドでは、冬場に給油するとほとんど必ず一緒に水抜き剤を入れませんかと勧められます。たいていは断ります。だってホームセンターで買えば\200くらいのものが\1000近くも取られますから。それと効果が有るかという事です。ガソリンタンクの底に水がたまれば、それは良くないことでしょう。ただし、ガソリンは燃焼すると水と炭酸ガスになり排気口から水蒸気になって出るので、エンジンにとって多少の水分は問題ないでしょう。

ガソリンタンク内で空中の水分が結露してできた水は、水と油の関係で、ガソリンより重い水はタンクの底に貯まります。水抜き剤の成分はイソプロパノールというアルコールです。アルコールは水にもガソリンにも溶けます。水が底に溜まった燃料タンクに水抜き剤を入れると、イソプロパノールは水とガソリン両方に溶けます。水と油は振り混ぜても分離して溶けませんが、イソプロパノールが溶けた水とガソリンは相互に溶けるようになります。エンジンは多少の水分やアルコールが溶けていても燃えます。水だけ吸い上げたらエンストです。

ここまではガソリンスタンドが水抜き剤を勧める理由です。ところが多くの自動車メーカーやディラーは勧めないようです。なぜでしょうか。アブサンの白濁する逆の理由が考えられます。灯油ストーブでも、やはりタンクの底に水が溜まります。この溜まった水を良く見ると、細かな錆や汚れが混じっています。逆にガソリンに溶けない塩分などの汚れは水に溶けるので、この底の水にはいろいろ汚れが溶けているでしょう。せっかく分離して底に沈んでいるものを混ぜてしまわない方が良いと言うのがディラーの意見でしょう。【分類:化学】

[ 2016/04/15 ] 『黒姫高原理科教室』 NO120.  ニガヨモギ

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